横浜・深谷連続殺人事件
2010年6月、叔父殺しの容疑で取り調べを受けていた、新井竜太と従兄弟の高橋隆宏。
ある時、高橋が犯行を認めるが、彼はさらにもう1件の殺人について自白を始めた。2人は2008年に、金づるとして利用していた40代女性を「邪魔になった」という理由で殺害、多額の保険金を得ていた。裁判では、新井が主導的立場で、彼が高橋に指示して殺害を実行させたことが明らかにされた。
一審で高橋は無期懲役を言い渡されたが、控訴せず確定。新井は最高裁まで争ったが死刑が確定した。
埼玉県の裁判員裁判で ”初めて死刑が求刑され、死刑判決が出された” 事件だった。
事件データ
主犯 | 新井竜太(当時41歳) 判決:死刑(東京拘置所に収監中) |
共犯 | 高橋隆宏(当時37歳) 判決:無期懲役(宮城刑務所) |
事件種別 | 連続殺人事件 |
発生日 | 2008年3月13日、2009年8月7日 |
場所 | 神奈川県横浜市、埼玉県深谷市 |
被害者数 | 2人 |
動機 | 金銭目的 |
キーワード | 保険金 |
事件の経緯
主犯の新井竜太(当時41歳)と共犯の高橋隆宏(当時37歳)は従兄弟同士で、母親同士が姉妹だった。
新井の実家は建築関係の会社を経営していて、2人はこの会社で働いていた。高橋は新井のことを、”何でもできるすごい人”と思い、ずっと新井について行こうと考えていた。新井の考えたことを、高橋が実行するような関係だった。
新井は、2人の関係を”マジンガーZ”というロボット・アニメに例え、新井が頭で、高橋が体だと言っていたが、高橋はそれに納得していた。
第1の殺人:横浜事件
高橋隆宏と被害者・安川珠枝さん(46歳)は2006年11月8日頃、出会い系サイトで知り合った。安川さんは高橋に惚れ込んでいて、言われるがまま夫に無断で離婚し、高橋の元へとやってきた。
その後、安川さんは、新井と高橋に意のままに操られるようになる。彼女は完全に2人の金づるだった。生活保護費を不正に受給させてそれを取り上げたり、借金を作らされたりしている。高橋は多額の借金があったが、安川さんと養子縁組して名前を変えることで、新たな借金ができるようにもしていた。
さらには安川さんは、無理やり売春させられたあげく、儲けは取り上げられていた。
2007年には通帳詐欺に加担させられ、詐取した金は当然のごとく新井と高橋の2人が取り上げている。罪は安川さんひとりが被り、9月25日に保護観察付き執行猶予の判決を受けた。
それ以後はビジネスホテルや高橋の実家などを転々とし、2008年1月30日から事件発生まで、新井の会社の事務所で寝泊まりしていた。
このように、”金銭を得る道具” として安川さんを利用していたが、次第に利用価値が薄れていくと、2人は彼女を邪魔に感じるようになっていった。
このころ安川さんは、売春させられていることを新井の母親に打ち明け、新井は母親に問い詰められた。新井は否定してやり過ごしたが、このことで安川さんに対し腹を立てていた。
そういった事情が重なり、2007年9月頃、新井は安川さんに保険を掛けて殺害し、保険金を騙し取る計画を立てる。そしてそれを聞かされた高橋は、その考えに感心したという。
万一、保険金が安川さんの子どもに渡った場合のことを考え、彼女に架空の借用書を書かせて回収できるようにもした。これは、安川さんに逃げられないようにするための”縛り”としても機能していた。
安川さんは、2007年12月12日付けの保護観察官宛の手紙に「本当かどうか分かりませんが、500万のお金を使ったり迷惑をかけられたということで借用書と誓約書を書かされ取られています。逃げだしたら実家や子供の所に行ってお金を取り返すとか言われて脅されているので何もできない」と書いている。
また、同月18日に面接した保護観察官に対し、「借用書と誓約書は、新井さんか高橋さんが持っている。アパートを用意するので売春しろと言われて売春した」と伝えていた。
睡眠薬で眠らせて…
2008年3月11日深夜、高橋は、新井から殺害の具体的な計画を聞かされる。彼には借金もあり、欲しい車のために金が欲しかった。それに ”断ると新井に捨てられる” と思い、二つ返事で承諾した。
殺害方法は、まず安川さんに睡眠薬入りの飲み物を飲ませて眠らせる。そのうえで、水を張った浴槽に沈めて溺れさせる、という計画だった。
また、犯行時は新井はアリバイを作るために外出すること、死亡時刻を分からなくするために、風呂を追い炊き状態にすることも決めた。
殺害後の警察などの対応や、保険金請求の手続きは、すべて新井が引き受けることになった。
2008年3月13日未明、睡眠薬15錠ほどを細かく刻み、ドリンク剤2本に分けて入れた。新井は、1本は試し用で1本は本番用だと言った。
午前2時半頃、高橋がそのうちの1本を安川さんに飲ませたところ、彼女は数分で眠った。
安川さんは午前5時から5時半頃、起きてトイレに行ったが、まともに歩けていなかった。トイレから出てきた時、トイレットペーパーを尻尾みたいにひきずっており、皆に笑われたが、全く反応していなかった。そして、彼女はまたすぐに寝てしまった。
午前8時頃、新井と母親は事務所を出発した。高橋は寝ている安川さんを起こし、本番用のドリンク剤を飲ませた。
そして、15分後。軽くたたいたりゆすったりしても安川さんが起きないのを確認して、午前9時頃、計画通り入浴中の事故に見せかけて殺害した。
風呂を追い炊き状態にするなどの偽装工作をしたあと、新井に連絡をして迎えに来てもらった。それから、新井の母親と3人で近くのファミリーレストランに行って朝食を取った。
そして、3人で事務所に戻った時、新井の母親が浴槽内に沈んでいる安川さんを発見した。
通報を受けて駆け付けた神奈川県警は、泥酔して水死したという新井の説明を鵜呑みにし、司法解剖を行なわなかった。後日、保険会社から問い合わせが来た時も再捜査を行わなかった。
そのため2008年7月31日、保険金3600万円が高橋の口座に振り込まれている。
保険金請求の準備や手続きは、ほとんど新井が行っていた。新井と高橋は銀行に行って全額を引き出し、新井は全額を管理した。
高橋は、借金の返済と生活費として600万円、車の購入代金200万円、合計800万円を受け取った。
一方、新井は、約280万円で車を、約52万円で内妻方の各種電化製品をそれぞれ購入。さらに、未払いだった本妻方や内妻方の家賃や光熱費も、保険金から支払った。
ほかにも、滞納していた内妻の治療費合計227万円、内妻あるいは本妻らと旅行して合計30万円余りを使っている。
第2の殺人:深谷事件
新井と高橋の叔父・久保寺幸典さん(64歳)は、埼玉県深谷市でひとり暮らしをしていた。
2009年4月27日、隣家の火災により久保寺さんの家が一部延焼するという出来事があった。これにより久保寺さんには、県民共済から火災共済金946万円余りが振り込まれた。
さらに、別の保険会社から火災保険金825万円を請求する際、新井の助けを借りたのだが、この時の手際の良さに久保寺さんは感心していた。
そこで久保寺さんは、まとまった金額を新井に預け、運用して増やしてもらうことを依頼。新井は、高橋の紹介した人間との間で葬儀屋を立ち上げて儲ける、といったことを考えついた。
新井は、久保寺さんに葬儀屋の計画を話し、久保寺さんは乗り気になっていた。そして、そのための口座を開設し、そこに500万円を振り込んだ。通帳や印鑑は新井に預けた。
2009年7月、久保寺さんは自身の姉のこの件を話したところ、久保寺さん本人の体調が芳しくないことや、葬儀屋は簡単にできる仕事ではないことを理由に反対される。姉の説得に納得した久保寺さんは、新井に通帳等の返還を求めたが、新井は返そうとしなかった。
そのため8月4日、口座を利用停止にして、残高を調べてみたところ2~3万円しかないことが判明。久保寺さんは激怒した。
8月6日、説明のため訪ねてきた新井に対し、「金を返せ。裁判を起こす。弁護士にも言ってある」などと言い放った。それを聞いた新井はかなり焦っている様子だった。
その日の昼頃、新井と高橋は、埼玉県東松山市内のファミリーレストランで会った。
新井が「叔父(久保寺さん)が金を返せと言っている。さらに自分の子供の悪口を言ってきた」などと話し、その後「もう許せねえ、殺してくれないか」と頼んできた。
高橋は、すでにひとり安川さんを殺害していたし、新井が儲かれば自分も儲かるなどと考え、これを承諾。その場で、新井から久保寺さん方の合鍵を渡され、久保寺さんが寝たあとの夜10時以降に決行することになった。
計画では自殺に見せかけるため、久保寺さんの家の包丁を使うことになっていた。しかし、「万一切れる包丁がないと困る」と高橋が言うと、新井もそれに同意して内妻方の包丁を使うことになった。
2人は川崎市内の新井の内妻方に行き、高橋は新井から包丁を手渡された。
叔父の殺害を決行
8月6日午後11時頃、高橋は深谷の久保寺さんの家に到着。家に入ると、予想に反して久保寺さんは起きていた。仕方がないので、高橋は2人で酒を飲みながら話をした。
このとき、高橋は新井に対し「叔父が起きていた。自殺の偽装は無理。もみあった形で殺す方法でもいいか」という内容のメールを送信した。
2人の酒盛りは、日が変わっても続いた。そして7日の早朝、久保寺さんがやっと寝たので、高橋は新井にそのことをメールで報告。高橋はどちらかというと中止にしたい気持ちもあり、それを期待して「近所の人に声を聞かれた」という文言を送った。
しかし、新井からの返事は「状況判断は任せる。今が問題ないと思う」という内容だった。これは、決行しろ、という意味だと高橋は理解した。
高橋は、軍手をはめて準備してきた包丁を取り出し、久保寺さんの胸を刺した。刺し傷は、胸から背中に貫通する深いものだった。殺害が完了すると、新井に対し「終わりました」という内容のメールを送信した。
しばらく待ったが、返信がないので電話をかけた。新井の指示は「戸締まりを確認しろ。もう明るいので、夜まで待て」という内容だった。しかし、高橋は遺体のある家で夜まで待つのは嫌だったので「待てない」と答え、高橋は久保寺さんの家をあとにした。その足で川崎市内の新井の本妻方に行き、新井と合流した。
事件発覚
殺害から2日経った2009年8月9日午後、久保寺さんの家の洗濯物が干されたままになっているのを、不審に思った近隣住民が警察に通報した。そして、駆け付けた警察官が室内で久保寺さんの遺体を発見、包丁が胸から背中にかけて貫通していた。
埼玉県警は当初、遺体に争った形跡がなく、室内も荒らされていなかったことから自殺とみていた。しかし、遺書もなかったため、他殺の可能性も視野に入れて捜査した。
しかし、この時点で捜査の手が新井と高橋におよぶことはなかった。
詐欺事件で逮捕
叔父の久保寺さんを殺害してから、約10カ月が経った2010年6月。
新井と高橋は、別の詐欺事件で逮捕されていた。2人は 2008年年11月4日、ふじみ野市で交通事故を偽装し、保険会社から約85万円を騙し取っていたのだ。
一方、久保寺さん殺害の捜査も、進展をみせていた。埼玉県警は、新井と久保寺さんとの間に「葬儀会社の設立資金500万円をめぐるトラブル」があったことを突き止めていた。
2人はこの件で取り調べを受けるようになっていたが、高橋は犯行を認める供述をする。新井が自分ひとりに罪を着せようとしていることを知ったからだった。
さらに6月20日、高橋は安川さん殺害についても上申書を作成して自首をした。
6月25日には、容疑が強まったとして久保寺さん殺害容疑で2人は再逮捕され、11月4日には安川さん殺害についても新井、高橋は逮捕されることとなった。
さらに2011年1月20日には、安川さん死亡時の保険金を騙し取った容疑についても2人は逮捕された。
神奈川県警は、安川さん殺害について事故死と断定したことについて「関係者の供述を鵜呑みにし、徹底した周辺捜査を怠った」「事件性が低いと判断して解剖もせず、水死の背景を明らかにする機会を失った」として、当時の神奈川県警の初動捜査ミスを認めた。
安川さんの事件については、検視官の臨場や司法解剖も行われず、保険会社の問い合わせがあるまで、保険金の加入状況も把握できていなかったという。
新井は冤罪?
片岡健という記者が、死刑判決が出る前の新井に取材をしている。それによると、新井は高橋にはめられたと主張しているようなのだ。
新井は、「高橋は ”死刑になりたくない一心” で、先に自白して心証を良くしたうえで『新井に従っただけ』という話を警察に信じ込ませた」と話している。
- 高橋は安川さんと出会い系で知り合い金づるにしたが、自分は関与していない
- 高橋は安川さん以外にも、出会い系で知り合った女性を風俗で働かせていた
- 安川さんには「新井の命令」として売春させていたが、それは嘘
また、片岡氏の取材によれば、2人を知る人たちは「主従関係はそれほど強固なものではなかった」と証言している。それどころか、葬儀屋の件で久保寺さんから500万円を預かった経緯も、高橋が知人と裏で糸を引いていたというのだ。
凶悪犯罪者は、基本的に反省もせず嘘も平気でつく。まともな人間の思考とはまったく違うので、この話を鵜呑みにしていいかはわからない。ただ、警察の捜査が杜撰だったことも事実なので、判断が難しいところである。
公判~判決まで
裁判は、新井が無罪を主張、高橋が起訴事実を認めたため、公判は分離された。
一心同体のように悪事を重ねてきた2人だったが、裁判では「どちらが主導的立場だったか」について争い合うことになった。
高橋隆宏の判決
2011年6月27日、さいたま地裁にて初公判が執り行われた。
2011年7月6日、検察側は実行犯である高橋に対し、極めて悪質で動機に酌量の余地は全くないとして死刑を求刑した。
7月9日の最終弁論で、弁護側は「新井が主導的立場であり、高橋は服従する関係にあった」こと、「高橋の自白で、事件の全容が解明できた」として、情状酌量による無期懲役を求めた。
7月20日、さいたま地裁は弁護側の主張をほぼ認め、無期懲役判決を言い渡した。
検察側、弁護側ともに控訴せず、判決は確定した。
高橋は現在、宮城刑務所で服役中である。
新井竜太の判決
2012年1月17日、新井竜太被告の第一審初公判が、さいたま地裁で開かれた。
新井は、安川さん、久保寺さんの両名の殺害について、ともに否認した。
安川さん殺害については「事故死だと思っていた」と説明、死亡保険金3600万円の詐取についても「事故死なので詐欺ではない」と主張した。
検察側は冒頭陳述で、「借金を踏み倒すため、安川さんに養子縁組をくり返させたり、売春させるなど、金づるにしていた」ことを明らかにした。そして、高橋受刑者から「思ったより稼げなくなった」と相談され、保険金殺人を提案したと指摘。さらに、安川さんが売春について新井被告の母親に告げ口したことに怒り「睡眠薬を飲ませて浴槽に沈め、事故に見せかけて殺すよう、高橋に指示した」と主張した。
弁護側は、遺体が司法解剖されていないことから「睡眠薬を飲まされたという証拠はない」と主張。「仮に殺害があったとしても、高橋受刑者の単独犯行」とし、新井被告の指示を否定。「一連の事件で被告人は何もしていない。2人の間に、服従関係はなかった」と訴えた。
2月15日の論告で検察側は、「新井被告が2人の殺害を計画した」と主張した。そして高橋受刑者に2人の殺害方法を指示し、実行させたと指摘。「極めて計画的で残虐な犯行。だまし取った保険金の約8割が新井被告の分け前となったことなどから、新井被告が首謀者であることは明らか。2人の尊い命を金銭的利欲のために奪った犯行の悪質さ、遺族感情などに照らして極刑以外にない」と述べた。
最終弁論で弁護側は、「犯行は高橋受刑者が決断・実行したもの。責任を転嫁された」として改めて無罪を主張した。
最終陳述で新井被告は、「女性が高橋から自立する手助けをした。男性は一番仲の良いおじだった。事実を伝えたい」と、便箋9枚にわたる文面を読み上げた。そして「事実と違う過去を押しつけられ、私は犯人に仕立て上げられた。どうか適切な判断をしてください」と述べた。
判決で裁判長は、「高橋受刑者と交わしたメールと照らしても供述は不自然、不合理で信用できない」と新井被告側の無罪主張を退け、「主導的立場で高橋受刑者を意のままに動かした」と指弾した。そして、「保険金の7割を超える2800万円を受け取っている。命を多額の金銭に換えた、利欲的でおぞましい動機に酌量の余地はない。遺族も極刑を望んでいる。反省や改悛の情もうかがえず、刑事責任は重い」と述べた。
埼玉県内の裁判員裁判では、初の死刑判決となった。2月28日、弁護側は判決を不服として、東京高裁に控訴した。
控訴審
2012年7月31日の控訴審初公判で、弁護側は「殺害は高橋受刑者の単独犯行」と無罪を主張。新井と高橋のメール記録を高裁に証拠申請した。検察側は不要と主張し、高裁は留保、そして2013年3月18日、結審した。
判決で裁判長は、「殺害を認めた一審判決に誤りはない。共犯の高橋受刑者の証言は信用でき、新井被告が主導的立場だったと認められる」と、殺害を指示したと認定。死刑を選択した一審判決について、「判断に誤りはない」と述べた。そして「犯行はいずれも計画性が高く、冷酷で非道。身勝手な動機に酌量の余地はない」と述べた。
2013年6月28日、弁護側は最高裁へ上告した。
上告審
2015年10月23日の最高裁弁論で、弁護側は「共犯である高橋受刑者の供述には、多くの変遷や不自然さがあり、信用できない」などと無罪を主張。検察側は上告棄却を求め、結審した。
2015年12月4日、判決で裁判長は「高橋受刑者の証言は、裏付けがあり信用性が高い一方、新井被告の弁解は不合理だ」と無罪主張を退けた。そして、「共犯者が意のままになることを利用して、冷酷非道な犯行を実行させた。利欲的で身勝手な動機による計画性の高い犯行で、2人の生命が奪われた結果は重大だ。責任は、高橋受刑者に比べ相当に重い」と指摘した。
これにより、新井竜太の死刑が確定した。彼は現在、東京拘置所に収監されている。
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