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香川・坂出3人殺害事件|父親を犯人呼ばわり?マスコミの偏向報道の怖さ

香川坂出3人殺害事件・川崎政則日本の凶悪事件
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香川・坂出3人殺害事件

2007年11月16日、向かいの祖母宅に、孫の姉妹2人が泊まりに行ったきり3人とも行方不明となった。
少しでも事件解決の役に立てば、と取材に応じる姉妹の父親
容疑者が発表されない中、マスコミは粗暴な雰囲気を持つ父親を犯人と決めつけるような報道を開始、世間は「父親が犯人」というムード一色になる。
そして11日後、ある人物が逮捕された。

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事件データ

犯人川崎政則(当時61歳)
犯行種別殺人事件
犯行日2007年11月16日
犯行場所香川県坂出市
被害者数3人死亡
判決死刑(享年68歳)
2014年6月26日執行
動機金銭トラブル
キーワード山下清、画伯
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事件の経緯

香川・坂出3人殺害事件
香川県坂出市林田の事件現場

2007年11月15日夕方頃、香川県坂出市三浦啓子さん(当時58歳)の家に、向かいの家に住む2人の孫、ちゃん(当時5歳)と妹の彩菜ちゃん(当時3歳)が泊まりに来ていた。

午後10時頃、三浦さんの娘で姉妹の母親・山下佐智子(当時34歳)さんが、三浦さん宅におやすみの電話をかけた。この時、電話口からは姉妹の声が聞こえていた。
午後11時頃には姉妹の父親・山下清さん(当時43歳)が、三浦さん宅の明かりが消えている事を確認、さらに日付が変わった午前2時頃トイレに起きた時、2階の窓から三浦さんの自転車が停められているのを見ている。

向かい同士に住んでいるので、ここまではよくある”日常”だった。しかし、異変は翌朝起きてしまう
16日午前7時20分頃、父親の清さんが三浦さん宅の玄関が開閉する音を聞いたので、外に出てみた。しかし誰もおらず、玄関前からは自転車がなくなっていた。その後、母親の佐智子さんが三浦さんに2回電話したが、留守番電話になってしまう。
「変だな」と思い、佐智子さんは午前7時50分頃に向かいの三浦さん宅に様子を見に行った。すると、普段は必ず施錠されているはずの玄関の鍵が開いていた
中に入ってみると、家の中には三浦さんも姉妹もいなかった。

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寝室には血痕が・・・

香川・坂出3人殺害事件

そのまま寝室まで入っていくと、佐智子さんは3人のものと思われる血痕を発見する。
怪我でもしたのかと驚いた佐智子さんは、近所の複数の病院に電話をかけた。しかし、3人はどの病院にも来ていない。血痕は寝室の他にも玄関浴室にも残されており、寝室のカーペットは切り取られ、血が畳の下にまで染み込んでいた。は室内に残されたままだった。

父親の清さんが近所を探したところ、南側の土手で三浦さんの自転車のワイヤー錠が捨てられているのを発見。土手の道は狭く勾配があったため、三浦さんは普段この土手を使っていなかった。清さん夫婦は不審に思い、午前9時頃に坂出警察署に出向き、3人の行方不明届を提出した。

11月17日の午後4時頃、自宅からなくなっていた三浦さんの携帯電話の電波が受信された。しかし、電話をかけても繋がらず、留守番電話サービスに接続されてしまう。午後7時になると、携帯の電波は途絶え、電源が切れた状態になってしまった。

11月18日、香川県警捜査本部を設置、本格的な捜査を開始した。11月19日には、DNA鑑定によって寝室に残されていた血痕が、3人のものであることが判明した。
事件の時間帯の証言も、いくつか出てきた。

  • 午前4時頃から起きていたが、物音などは聞いていない(近隣住人)
  • 午前4時〜5時頃に玄関前を通りかかった時、三浦さんの自転車はなかった(近隣住人)
  • 午前5時過ぎ車のエンジン音を聞いた(近隣住人)
  • 午前6時頃、これまで見た事がない、白い車が玄関前に停まっていた(新聞配達員)
  • 早朝、「はよせんか」という男性の声を聞いた(近隣住人)
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マスコミから犯人扱いされた父親

山下清
強面で荒っぽいイメージからマスコミから犯人のように扱われた山下清さん

この事件は、当初からマスコミの関心が高く、連日報道が盛んに行われていた。
父親のさんは、積極的にテレビの取材に答え「とにかく早く帰ってきてほしい」と訴えた。しかし、数日経っても容疑者すら発表されない状況の中、テレビのワイドショーなどでは父親を犯人と匂わすような報道を開始する。

父親の清さんは強面で、話し方も少し荒っぽい感じだった。さらに行方不明の3人とは血のつながりがないことも、マスコミの思う犯人像に合致したのかもしれない。
清さん自身も事件が解決しないことへの焦りや苛立ちから、テレビカメラの前でつい声を荒げたりしたこともあった。そして日を追うごとに清さんを犯人と決めつけたような報道になり、それを見ている視聴者もそんなムードに支配されていく。

このように過熱するメディアの取材攻勢を受けて、香川県警記者クラブは総会を開き「節度ある取材を確認」する事態となった。

また、画家の山下清同姓同名で、風貌もなんとなく似ていたことから、ネットでは「画伯」と呼ばれていた。

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ついに容疑者が逮捕された

川崎政則・香川坂出3人殺害
知的障害があるとされた川崎政則被告は、責任能力の有無が争点となった

11月27日、香川県警の捜査により、ある人物が逮捕される。

それは、マスコミの予想を裏切り川崎政則(当時61歳)、三浦さんの妹の夫だった。川崎は3人の殺害を認め、動機や遺体の遺棄場所などを供述した。

それによると、川崎は16日午前3時45分頃、三浦さん宅に無施錠の玄関から侵入、持参した包丁で3人を刺して殺害した。その後、3人の遺体をワンボックスカーに積み込み、坂出港の岸壁近くの資材置き場に埋めたという。

動機については「三浦さんの借金を、病死した妻(三浦さんの妹)に肩代わりさせたことに対する恨み」だった。そのため三浦さんを殺害。その騒ぎで姉妹が目を覚まし、泣きながらそばにやってきたため、事件の発覚を恐れて2人も殺害した、と供述した。

翌28日、3人の遺体が坂出港近くの資材置き場に埋められた状態で発見された。その近くからは、切り取られた寝室のカーペットも発見、凶器は山にある墓地から見つかった。
司法解剖の結果、3人の死因はいずれも失血死であることが判明した。

川崎政則の事件後の行動

事件当時は、坂出市内に長男と住んでいた。事件発覚の2日後、川崎は三浦さんの両親宅を訪れ「ニュースを見た。大変なことになったが、力を落とさんように」と気遣っている。
その日の夜、高松市内の短期賃貸型アパートに引っ越す。長男には「友達と仕事に行く。じっちゃんとばっちゃん(三浦さんの両親)には言わんとってくれ」と言い残し、布団などを持って家を出た。そして、その数日後には住民票も移動している。

川崎は坂出市内のパン製造会社に勤めていたが、事件の約1カ月前に辞表を提出している。事件が発覚して数日後からは、職場に姿を見せなくなっていた。

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裁判

2008年7月17日、川崎政則被告の初公判が高松地裁で開かれた。
ここで川崎被告の精神鑑定実施が決定し、以後の公判は一時中断した。川崎は起訴事実を認めていることから、主な争点は川崎の刑事責任能力の有無に絞られた。

再開は翌2009年3月9日だった。この日から4日間の集中審理が行われ、3月12日に結審している。
精神鑑定の結果は、検察側、弁護側ともに「知的能力は低いが、刑事責任能力を完全に認める」という診断内容だった。

検察側は「犯行は計画的で、発覚を防ぐため幼い姉妹も殺害するなど卑劣極まりない。善悪を判断したり、行動を制御する能力に障害はなかった。」と完全責任能力があると主張した。
弁護側は「知的能力が低く、広汎性発達障害の影響もあり、悪いとわかっていても行動を思いとどまることが著しく困難だった」と責任能力が限定的であると主張した。

判決公判は、3月16日に行われた。
犯行の動機については「三浦さんの借金を実妹(病死した川崎被告の)に肩代わりさせたことに対する恨み」、そして「三浦さん殺害後に目を覚ました姉妹を、事件の発覚を恐れて殺害した」と認めた。
さらに、凶器の準備や、現場の下見をするなど計画的で、殺害後も失跡を装うため自転車を持ち去っていると指摘、川崎被告の完全責任能力を認めた。

裁判所は「極めて身勝手で自己中心的。酌量の余地はまったくない」として求刑通り死刑判決を言い渡した。弁護側はこの量刑を不当として、高松高裁へ即日控訴した。

この判決は記録が残る1978年以降、高松地裁で初めて下された死刑判決だった。
裁判は、判決の2ヶ月後に裁判員制度が始まることを見据えて、裁判員裁判と同じ連日開廷方式で行っている。
さらに、結審からわずか4日後に死刑判決が出るという、異例ずくめの裁判であった。

10月14日、高松高裁は控訴を棄却し、一審判決を全面的に支持した。
弁護側は、最高裁判所へ即日上告。しかし、2012年7月12日に最高裁判所は上告を棄却、川崎の死刑が確定した。

死刑確定から1年11ヶ月後の2014年6月26日、大阪拘置所で川崎の死刑が執行された。(享年68歳)

マスコミの大罪

みのもんたは「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系・2007年11月19日放送分)で、父親が怪しいと匂わせる発言をしている。

行方不明が判明してから、通報まで1時間かかったことについて、「普通すぐに電話しない? ー略ー 警察署に行って届け出てる。普通だったらそのまま電話しないかねぇ?」「不思議だねぇ」と被害者の家族をあからさまに犯人扱いするかのような発言を繰り返した。
父親の清さんは取材に対し「みのもんたさんに聞きたかった。オレが殺したんか、と」と怒りを表明した。
当初はみのは沈黙していたが、2008年1月になってみのがTBSの幹部職員と共に被害者家族と対面し謝罪したと報じられている。

また、女優の星野奈津子犯人は父親であるとの憶測や、父親が犯人であってほしいと家族で話していると自身のブログに書き込んだ。
このブログに批判が寄せられ、11月20日に星野は所属事務所から1年間の謹慎処分を受け、問題のブログ記事も削除された。

1年後、芸能活動を再開。しかし一度落ちたイメージが回復することはなく、細々と活動したのち、いつの間にか引退している。

問題のブログの文章

「家族皆でニュースを観ながらあぁだこぅだ言うのが大好きで、
今我が家で1番話題なのが、祖母と3歳5歳の姉妹が行方不明になった事件。
『あれは絶対父親の仕業だよ!』
『父親がいい!あんだけテレビで証言してるけど、実は犯人でしたって捕まるのが見たい!』
とかそんな話で持ち切り!!」

国民がみんな探偵になった事件

当時はどこに行ってもこの話題で持ち切りで、国民がみんな探偵のように犯人を推理していました。
そして話題の中心は、やはり父親の山下清さんでした。
見た目は確かに怖そうなイメージでしたが、インタビューに真摯に答える姿勢からは3人を本当に心配している様子が伝わってきました。
しかしテレビのワイドショーを中心に「父親が怪しい」という空気が広がり、いつの間にか興味の対象は「誰が犯人か?」ではなく「父親の逮捕はいつ?」に変わったように思います。清さんはこの時、心理的に追い詰められ自殺を考えたこともあるそうです。
 
この時感じたのは、もう誰もこの父親のことを「ひとりの個人」として見ていなくて「ドラマの登場人物」並みの扱いになっている、ということです。”普通の一般人”なのに、テレビの中では”キャラクター”になってしまうのです。
「父親が犯人だったらおもしろい」と言って芸能界にいられなくなった女優がいましたが、このぐらいのことは多くの人が言っていたのです。彼女の場合はそれをブログで発表して世間の目にふれたために問題視されたに過ぎません。


2020年5月に女子プロレスラーの木村花さんが、テレビ出演時の言動をもとにバッシングされ、自殺しました。この時もバッシングした側は木村花さんを「キャラクター」のように扱い、傷付く可能性のある「人間」であることを忘れていたように思います。
 
どちらの事象も、原因はテレビだったと言えます。容疑者でもない人を犯人のように印象操作し、タレントの発言をノーチェックで放送したのが悪いのです。
事件以降、テレビは事件関係者の扱いに慎重になりました。バラエティー番組についても変わっていくでしょう。視聴者レベルでも気を付けるべきですが、これはおそらく限界があると思います。群集心理などの人間の本能レベルの部分については、直せるものではないと思うからです。やはり圧倒的影響力を持つテレビ側が問題の発端を作らないようにするしかないと思います。

 

2010年ごろのネット記事で、山下清さんがホームヘルパー2級の資格を取得した、という記事を見ました。「ヘルパー2級の資格があると福祉施設への就職が有利で、持っている大型2種免許も生かして、お年寄りのために介護タクシーを運転したいと考えている」という内容でした。
実際に実現できたかはわかりませんが、是非がんばってほしいと思います。

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