愛知県蟹江町母子3人殺傷事件|中国人留学生が日本で死刑に

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林振華/愛知県蟹江町母子3人殺傷事件日本の凶悪事件

「愛知県蟹江町母子3人殺傷事件」概要

中国から来た留学生の林振華は、何度も万引きで捕まったために、罰金20万円を払わないと労役場行きになると宣告された。
「そうなれば自分の人生は終わってしまう」と考えた林は、強盗することを思いつく。2009年5月1日、愛知県蟹江町の民家に侵入した林は、部屋を物色中、住人に見つかり2人殺害してしまう。だが、警察のミスのおかげで彼は逃走に成功した。
その後、日本で就職して結婚も考え始めた2012年10月、盗み癖の抜けない林は、盗難車に乗っていて逮捕される。その際のDNA型鑑定により、3年前の殺人事件の犯人であることが発覚。裁判で死刑確定となった林は、2度と故郷 ”中国” に帰ることは叶わなくなった。

事件データ

犯人林振華(当時25歳)
読み:りん・しんか/リン・ジェンホア
犯行種別強盗殺人事件
犯行日2009年5月1日
発生場所愛知県海部郡蟹江町
被害者数2人死亡
判決死刑:名古屋拘置所に収監中
動機万引きの罰金20万円が必要だった
キーワード中国人、留学生

「愛知県蟹江町母子3人殺傷事件」の経緯

林振華は、中国から留学目的で来日した三重大学の学生だった。この留学では、学費や生活費は自費で、生活に困窮した林は、来日直後から万引きなどの窃盗事件を繰り返していた。

2008年12月31日、大学3年生の林は、高級食材を万引きする窃盗事件を起こす。彼は三重県警・津警察署に摘発され、20万円の罰金刑を受けた。これに加え、翌2009年2月8日にはセーラー服のコスチュームを万引きしようとした窃盗未遂事件を起こして検挙された。

林は2009年4月27日、各事件について検察庁で取調べを受けた。その際に検察官から罰金刑を科される見込みであることを説明され、罰金を納めない場合には ”労役場に留置” される可能性があると言われる。

労役場留置

労役場留置」とは、刑事裁判で確定した罰金や科料を納付できないときに留置され、強制的に労働をさせられること。罰金額(科料額)に達するまでの期間、「労役場」で所定の作業をしなければならない。
※ 「労役場」は、全国の刑務所や拘置所の中に併設されている
※ 「罰金」は1万円以上、「科料」は1000円以上1万円未満をいう

そうなってしまうと大学を退学処分になり、「自分の人生が終わってしまう。日本留学のために経済的負担をかけた、両親の期待も裏切ってしまう」と考えた。

林は罰金を支払う資金を作るため、名古屋で通行人から金品を奪う路上強盗を思い付く。そして相手から追跡された場合は、逃げ切るため「武器を使って相手を脅したり、殴ったりしよう」と考えた。

事件当日

2009年5月1日、林振華(当時25歳)は自宅からモンキーレンチ、クラフトナイフをカバンに入れたうえで、パーカーやマスクで顔を隠して名古屋駅周辺に出かけた。そして路上強盗の標的を探したが、見つけることができなかったために犯行を断念する。

いったんは諦め、近鉄名古屋駅から帰りの急行電車に乗った林だったが、電車内で乗客の女性に目をつける。そして、その女性と同じ近鉄蟹江駅で降りて後を追うが、女性が乗用車で立ち去ったため、犯行は失敗する。

その後も標的を見つけられなかったので、林は「空き巣」に切り替えることにした。そして駅周辺の住宅エリアを物色して歩いた。

玄関の開いた家に侵入

愛知県蟹江町母子3人殺傷事件
現場となった家

空き巣に入る家を探していた林は、午後9時30分~10時頃、ある1軒の家に飼い猫が少し開いた玄関ドアから家に入るのを見た。近付いて様子をうかがうと、リビングには照明やテレビが点いていたが、玄関の照明は消えており、中に人影は見えなかった。
林は「この家で金品を盗ってやろう」と考え、土足で玄関ドアからこの家に侵入した。


照明の点いていない和室に入ると、室内のコートのポケットを調べるなどして金品を物色した。すると、背後からこの家の住人・山田喜保子さん(当時57歳)に「誰やお前」と声をかけられた。驚いた林は玄関から逃走しようとしたが、喜保子さんに服をつかまれてしまう。

林は捕まるわけにはいかないと、モンキーレンチで執拗に殴りかかった。しかし途中で、騒ぎに気付いた喜保子さんの次男・雅樹さん(当時26歳)に飛び掛かられる。そのまま約1時間にわたり、2人はリビングや和室で揉み合いとなったが、林は雅樹さんに頭突きしたことで優勢となった。

林は雅樹さんの両手を近くにあった電気コードで縛り上げた。揉み合いの最中、林はマスクが外れたため、「顔を見られたから、殺すしかない」と考え、台所にあった包丁で雅樹さんを刺殺した。
殴られた喜保子さんもすでに息絶えていて、林は母子2人を殺害してしまったのである。

予想外の三男の帰宅

その後、林は床の血痕や足跡を拭き取ったり、血の着いた服を洗濯したりして証拠隠滅を図った。しかし、その途中(翌2日午前2時25分頃)、三男(当時25歳)が帰宅してきた。予想外のことに林は驚いたが、玄関に座ってブーツを脱いでいた三男を背後から襲った

林は三男の首周辺をクラフトナイフで数回刺したが、「殺さないでくれ」と命乞いをされ、顔を見られていなかったことから殺害を思い留まった。しかし、三男は林を取り押さえようとして揉み合いになった。両者はクラフトナイフを奪い合い、林は三男に足を刺されてしまった。

やがて揉み合いは沈静化し、林はクラフトナイフを離れた場所に投げ捨てた。三男は林に出ていくよう迫ったが、林は証拠隠滅を続ける必要があり、これを拒否。負傷している三男の手首を電気コードで縛り上げ、頭をパーカーやガムテープで包んで目隠しをして、抵抗不能な状態にした。
そして金品を物色して現金約20万円・腕時計1個を強取した。

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来訪者が相次ぐ

夜が明けると(5月2日早朝)、喜保子さんの知人が山田家を訪れてきた。林は、玄関インターホンに応対しようとする三男を制止した。

さらに午後12時20分頃、雅樹さんの勤務先の上司が無断欠勤を不審に思い、愛知県警・蟹江警察署員とともに山田家を訪ねた。警察官の呼びかけに、負傷した三男は、そばに林の気配がないことに気付き、両手首を縛られた状態のまま、玄関の鍵を開けた。

警察のミスで林は逃走

愛知県蟹江町母子3人殺傷事件

一方、林は玄関でうずくまっていたが、蟹江署員は林を被害者だと思い込んでしまう。その後、署員が2分ほど無線で連絡を取っている間に、林は隙を見て勝手口から逃走した。

警察は、1階の和室で次男の雅樹さんの遺体を発見。この和室の押し入れには喜保子さんの遺体が入れられていたが、警察は中を確認しなかったため、この日は発見に至らなかった。

特捜本部は翌3日朝から改めて現場検証を行い、和室の押し入れ下段から喜保子さんの遺体を発見。また、洗濯機には血液の付いた衣服、室内からはパーカー・凶器・手袋・マスクといった遺留品がみつかった。
そして、侵入するきっかけとなった飼い猫の死体も発見された。

三男は、「パーカーで視界をさえぎられたので、犯人の顔はわからなかった。海部地域とは違うイントネーションの日本語だった」と証言。また、遺留物からは家族以外のDNA型血液型が検出された。しかし犯人の指紋は発見されなかった。

林は、血痕を拭き取るなどの「証拠隠滅や現場偽装」を入念に図ったようにみえる一方、凶器や自身の着ていたパーカーを現場に残すなどの杜撰な面も確認された。
警察は「犯人は犯行後、証拠隠滅を図ったが、息子たちが相次いで帰宅した上、最後に警察官が来たため、中途半端なまま逃走した可能性が高い」と説明している。

初動捜査ミス

本事件では、初動捜査時に以下のような不手際が指摘された。一連の初動捜査ミスは、愛知県民からの信頼が揺らぐこととなった。

  • 山田喜保子さんの遺体は、毛布をかけられた状態で押し入れに隠されていたが、事件発覚当日に現場に入った捜査員は、押し入れを開けたものの、毛布をめくり上げるなどせず目視にとどめたため、遺体を発見できなかった。そのため、当初の警察発表では「行方不明」と発表されていた。
  • 犯人の林は、警察の不手際により現場から逃走していたが、県警は約1週間にわたりこの事実を公表しなかった。その後、捜査の進め方に不信感を抱いた捜査関係者が「中日新聞」の取材でこの事実を証言し、同紙がスクープしたことで判明した。
  • 警察は事件当初、「顔見知りの犯行」として初動捜査に当たったが、途中から「見ず知らずの何者かによる犯行」と見方を変えたため、捜査は後手に回った。
  • 5月3日に現場検証を行った際、「現場に土足痕は確認されなかった」と発表していたが、その後改めて現場検証を行った結果、1階廊下など複数個所から犯人のものと思われる土足痕が発見された。
  • 特捜本部が犯人の遺留品とみられる上着を一般に公開したのは、事件発生から約2週間後だった。

中日新聞は、「犯人逃走はすぐ地元に知らせる必要があったし、住民の記憶が薄れた時期の証拠品公開は効果が薄い。埋もれた有益な情報を引き出すには、情報公開で大勢の目を事件に向けさせ、理解・協力を得ることが不可欠だ。『情報を選別した上で、捜査に重大な支障が出るもの以外は迅速に公開する』という姿勢が県警には欠けていた」と指摘した。(記者:藤沢有哉・伊藤隆平)

その後の捜査は難航

さまざまな不手際で捜査が後手に回ったことにより、事件発生から1か月経っても犯人像・犯行目的は絞り込み切れず、捜査は難航した。事件から半年が経過した2009年11月2日までに、特捜本部には約300件の情報提供があり、捜査対象者は約5400人に上ったが、いずれも犯人の特定には結びつかなかった。

警察庁は2009年12月8日付で、本事件を「捜査特別報奨金制度対象事件」に指定し、犯人逮捕に結びつく有力情報の提供者に最高300万円の懸賞金を支払うことを決めた。

一方で林は、犯行後も万引きなどの軽犯罪を繰り返しつつも、2011年3月には5年間在学した三重大学を卒業。2011年4月に新卒で三重県亀山市の自動車部品メーカーに就職し、部品検査・組み立てなどの部署で勤務しながら、研修生の通訳を担当していた。
また、腎臓病の治療や婚約者の女性に会うために、度々中国に帰国しており、多い年は3回も帰っていた。

当時の勤務態度は真面目で、同じ中国人研修生の同僚とも良好な関係を築いていた。休日は若手社員とフットサルを楽しみ、婚約者を中国から日本に呼び寄せ、結婚する計画を立てていた。

2012年春、林は「結婚するので昇給してほしい」と会社に相談し、同僚たちに転職をほのめかした。結局、林は上司らの慰留を断り、6月に会社を退職。より高給職を求めて三重県外の建設関係会社に転職するも、その仕事もすぐに辞めた。

8月には名古屋市内で放置自転車を盗んで乗っていたところを、警察官に職務質問される。しかし被害が軽微だったため、県警は身元確認はしたものの、逮捕・書類送検などの刑事手続きや、DNA型の採取などは行わず、警察内部だけで処理する「微罪処分」に処した。

窃盗で逮捕、DNA型が一致

2012年10月18日午後2時40分頃、林はかつて在学していた三重大学の第一体育館・男子更衣室で、携帯電話(約6万円)を盗難。10月19日には、津市栗真町屋町の駐車場で乗用車(約160万円)を盗んで鈴鹿市内で運転していたところ、三重県警・鈴鹿警察署員に発見され、窃盗容疑で逮捕された。

捜査員は、林に前科があったので念のためDNA型を採取したが、これが本事件解決のきっかけとなる。2012年11月下旬、採取したDNA型を警察庁のデータベースに照合した結果、約3年前の殺人事件(蟹江町母子3人殺傷事件)の遺留品から検出されていたDNA型と一致することが判明した。

これを受け、愛知県警・蟹江署が林を取り調べたところ、林は強盗殺人容疑を認める供述をしたため、特捜本部は12月7日、強盗殺人・同未遂容疑で林を逮捕した。

林は犯行動機について「万引きの罰金を支払うために金が必要だった。(家人に)見つかったら殺すつもりだった」「凶器のモンキーレンチ以外に、手袋・マスクを用意して現場に押し入った」と供述した。

名古屋地検は12月28日、強盗殺人・強盗殺人未遂・住居侵入の各罪状で林振華を名古屋地方裁判所に起訴した。

林振華の生い立ち

林振華/愛知県蟹江町母子3人殺傷事件

林振華は1983年7月、中国の山東省済南で生まれた。
父親は地方公務員で、経済的に不自由のない中流家庭で育った。林は読書好きな少年で、成績も優秀。地元の大学にも合格していたが、父親から日本で先進技術を学ぶことを勧められ、留学することにした。

2003年10月に留学目的で来日。四年制大学への進学をめざし、語学学校の1年6か月コースに入学して寮生活を送っていた。だが在学中の2004年4月と8月、京都府京都市内で2度にわたって万引きをして、窃盗容疑で逮捕されている。(不起訴処分となった)

語学学校を卒業後の2005年4月、コンピューター専門学校(2年課程)に入学。その後、三重大学に合格したため1年で中退し、2006年4月からは三重大学に通い、地域文化論を学ぶようになった。

当時、林は三重県津市内の三重大学キャンパス付近のアパートにひとり暮らしをしていた。林は、国の支援を受けない「私費留学生」のため、年間約34万円の授業料を払う必要があり、さらに生活費もかかることから金銭的に余裕のない暮らしだった。

三重大学時代の2008年~2010年度には学費や家賃滞納を繰り返すようになり、度々支払いの督促を受けていた。成績も悪く、授業に来ないことも多かったが、最終的には2011年3月に卒業することができた。

「毎日新聞」記者・永野航太との面会で「来日した当初は日中間の懸け橋になることを夢見ていたが、生活が困窮したことから万引きを繰り返すようになった」と述べている。

在日外国人の犯罪者数

在日外国人2019年2018年2017年
1位韓国(2301)韓国(2520)韓国(2673)
2位中国(1204)中国(1365)中国(1361)
3位ブラジル(463)ブラジル(419)フィリピン(489)
在日外国人の検挙人員()は人数
来日外国人2019年2018年2017年
1位ベトナム(3365)中国(3221)中国(3374)
2位中国(3162)ベトナム(2924)ベトナム(2549)
3位フィリピン(746)フィリピン(771)フィリピン(784)
来日外国人の検挙人員()は人数

警察庁によると、2018年の刑法犯は全検挙数206,094人で、そのうち在日外国人は約2.0%、来日外国人は約3%だそうです。

 

2012年~2019年の国別検挙人員数は、8年連続で1位が韓国2位が中国となっています。これは単純に人数の多さで見たもので、やはり韓国・中国から日本に移住する人の絶対数が多いということでしょう。

 

これを「10万人当たりの検挙人員(2012年~2017年)」でみると、1位の韓国は変わらないのですが、2位はブラジルになります。(中国は年によって3位または4位)

 

とはいえ、どの国の人も犯罪を犯すのはごく一部の人です。こういった統計の数字をみて、「○〇人は危険」と決めつけないようにしましょう。

裁判

蟹江町母子3人殺傷事件

起訴後の林振華被告は、収監先の名古屋拘置所で壁に頭を打ち付けたり、睡眠剤を大量服用するなどの自殺未遂自傷行為をくり返した。やがて林被告は、心身ともに変調をきたして外部の病院で治療を受けるようになる。

弁護人は「林被告には刑事責任能力・訴訟能力がない」と主張し、公判前整理手続中の2013年には名古屋地裁に精神鑑定を申請した。

名古屋地裁はこれを認め「精神鑑定」が実施されたが、その結果は、「責任能力・訴訟能力に問題はない」とするものだった。

第一審

2015年1月19日、名古屋地方裁判所で林振華被告の初公判が「裁判員裁判」で開かれた。

検察側は冒頭陳述で「強盗の意図があった」と指摘、「金品を取る障害となる2人を殺害した行為は、強盗殺人罪が成立する」と主張した。

弁護側は冒頭陳述で「空き巣目的で入っただけで、強盗の意図はなかった。被害者2人に発見されてパニックになり、とっさに殴った。強盗殺人罪の成立は認められず、三男への暴行も傷害罪に留まる」と反論した。しかし林被告は「被害者らを殺意を持って死亡させた事実は合っていますか」という質問に対し「合っている」と答えた。

第2回公判(1月21日)では、被害に遭った三男が出廷。「亡くなった2人のためにも、林被告には死刑を望む」と訴えた。
また、第3回公判(1月23日)には、死亡した雅樹さんの婚約者が「死刑でも死刑でなくても、林被告にはできればずっと自分の犯した罪を反省して償ってほしい」と訴えた。

1月26日の公判で、林被告の父親が出廷。これまで何度も「金に困っていないか」と電話していたが、林被告は「努力して自分で何とかする」と答えていたこと話し、「息子を信じていたが、このようなことになってしまったことには親として責任を感じる」と、被害者遺族への謝罪の言葉も述べた。

2015年2月6日の第10回公判で論告求刑が行われ、検察側は死刑を求刑した。検察官は「人がいると分かったうえで、住宅に凶器を持って侵入したのは、攻撃を想定していたからだ。金品を奪う目的だったのは明らかで、典型的な強盗殺人。3回にわたる殺害行為は強盗殺人の中でも特に悪質で、刑事責任は極めて重く、被害者遺族も極刑を望んでいる」と主張した。

最終弁論で弁護側は、「窃盗目的で偶然被害者宅に侵入し、家人に見つかってパニックになって暴行を加えた。殺害した2人に対しては当初、強盗殺人の犯意はなかった」と主張し、死刑回避を求めた。

一審は死刑判決

2015年2月20日に判決公判が開かれ、名古屋地裁は求刑通り、林被告に死刑を言い渡した

裁判長は「林被告は山田喜保子さんに見つかった際、顔をマスクで隠しており、口封じをする必要性も薄かった。そして逃げようと思えば逃げられたのに、あえて逃げずに激しい暴行を加えた」と指摘した。続けて「その後に金品を奪っているため、喜保子さんに遭遇した時点で強盗を行うことを決意したと認められる」と強盗殺人罪の成立を認めた。

弁護側の「喜保子さんに警察に通報されそうになったことでパニックになり、2人の殺害行為に及んだ」との主張には「雅樹さん刺殺の際には、わざわざ台所まで行って包丁を持ち出しており、パニックに陥っていたとは考えられない」と指摘。

「三男には途中で攻撃をやめており、殺意はなかった」との主張にも「既に殺害に十分な暴行を加えたと判断して攻撃をやめたにすぎない。結果的には致命傷にはならなかったが、これは偶然にもわずかに急所を外れたにすぎず、攻撃を中止した後も救護活動などは行っていない」と指弾した。

そして、量刑の理由として以下の説明をした。

  • 母国の両親に打ち明け、資金の援助を求めることもできたのに、自己のプライドからそれをせず犯行におよんでおり、動機は自己中心的で身勝手
  • 当初から武器を使用したひったくりを計画して、凶器を携行していた
  • 「家人がいる」とわかったうえで侵入していて、「予期しない家人の在宅で、焦って突発的に殺害におよんだ場合」とは異なる
  • 「計画性がない点を重視して、死刑が回避された事案」と、本事件を同列に考えることはできない

そして「林被告は、本事件後も同じ過ちを繰り返す恐れのある行動(※1)を取っている。捜査段階では供述を二転三転させ、公判でも不合理な弁解を繰り返すなど、常に自己保身を考えている様子がうかがえ、真摯な反省は認められない。事件当時、『前科がなかったこと』や、『両親が被害弁償のために500万円を工面したこと』など、被告にとって有利な情状を最大限に考慮しても、死刑を回避すべき特別な事情があるとはいえない」と結論付けた。

(※1)林被告は2012年10月に逮捕された際、窃盗の被害者に捕まらないよう、凶器となりえる6本のナイフを持ち歩いていた。

弁護側は、「死刑ありきとも受け取れる判決は容認できない」と判決への不服を訴え、2015年2月25日付で名古屋高等裁判所に控訴した。

控訴・上告ともに棄却、死刑確定

控訴審でも、「強盗殺人罪成立の是非」が争点となった。

2015年7月27日に名古屋高等裁判所で控訴審初公判が開かれ、即日結審した。弁護側は「被害者に暴行を加えたのは強盗のためではなく、山田喜保子さんに大声を出されたため」として、死刑判決の破棄を訴えた。

2015年10月14日、名古屋高裁は控訴を棄却する判決を言い渡した。
裁判長は「林被告は被害者宅に侵入した際、家人と遭遇して騒がれることを予想しており、実際に見つかったことで確定的な強盗の犯意が生じた。被害者が抵抗しなくなっても繰り返し暴行を加えるなど、犯行の態様は執拗で残酷」と述べ、死刑を選択した第一審判決を支持した。

弁護側は判決を不服として、最高裁判所へ上告した。

最高裁で死刑確定

上告審でも弁護側は、「強盗の計画性」や「林被告の訴訟能力」を否定し、死刑回避を主張した。

2018年9月6日に上告審判決公判が開かれ、最高裁は被告側の上告を棄却。これにより、林被告の死刑判決が確定した。

現在は、名古屋拘置所に収監中である。

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