会津美里夫婦強殺事件|”妻についた嘘”のために強盗殺人

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高橋(横倉)明彦/会津美里夫婦強殺事件日本の凶悪事件

「会津美里夫婦強殺事件」概要

2012年7月26日早朝、会津若松市の農村地帯で、病院勤めの夫婦が殺害される。犯人は現場からわずか130mの空き地で車上生活する横倉明彦だった。(のちに高橋明彦と改名)
横倉は無職であることを妻に隠し、会社勤めしてると嘘をついていた。そして家を購入したいという妻に「会社から資金を借りられる」と言ってしまい、その資金を作るため夫婦宅に強盗に入ったのだ。
裁判員裁判となった公判では死刑が確定。この裁判員の中のひとりの女性が、事件の写真を見たことなどで「急性ストレス障害(ASD)」を発症したとして、国に対して民事訴訟を起こしたことも話題となった。

事件データ

犯人高橋明彦(当時45歳)
事件当時:横倉明彦
犯行種別強盗殺人事件
犯行日2012年7月26日
犯行場所福島県会津美里町
被害者数2人死亡
判決死刑:仙台拘置支所に収監中
動機家購入の資金欲しさの強盗

「会津美里夫婦強殺事件」の経緯

会津美里夫婦強殺事件
横倉夫婦が車上生活していた土地(手前右側・2014年当時、犯行現場は写真左奥)

2011年11月頃、横倉明彦(当時45歳)は都会の暮らしに疲れ、妻と福島県会津若松市に引っ越してきた。仕事はみつからなかったが、横倉は妻に「就職した」と嘘をついて安心させていた。
実際は「外国為替オプション取引」で金を稼ごうとしていたのだが、元手は妻の衣服やかばんを無断で質入れして得た金だった。

このことで口論となり、横倉は当時の(40代)を殺そうとしている。

2012年5月9日午前、横倉は住んでいたアパートがあった会津若松市の水力発電所の近くに、妻を車で連れ出し、拳で頭を殴り、千枚通しで首を刺して殺害しようとしたという。妻は命を取り留めたが、怪我をした。(怪我の程度は不明)

福島県警は、この件を刑事事件として認知している。

しかし、素人が簡単に利益を出せるはずはなかった。やがて生活費に窮するようになり、夫婦は住んでいたアパートを出ていかざるを得なくなる。
横倉は、2012年7月13日頃から、福島県大沼郡の空き家の敷地を無償で借り受け、敷地に駐車した自動車内で妻と生活するようになった。

そのうち、妻は家の購入を望むようになったが、横倉は仕事さえしていないのに「勤め先から家の購入資金をが借りられる」と嘘を重ねる。そのため、横倉は多額の資金が必要となり、いろいろ考えた結果、強盗で金を得ることを決意した。

病院勤めの夫婦宅に侵入

会津美里夫婦強殺事件

7月26日午前5時50分頃、横倉は会津美里町穂馬家廻り乙の遠藤信広さん(55歳)宅に侵入する。遠藤さんは竹田綜合病院の業務部長を務め、同居の妻・幸代さん(56歳)は、同病院の訪問看護ステーション所長だった。
遠藤さん宅と横倉の住む空き地は、わずか130mと目と鼻の先だったが、両者に面識はなかった。

横倉は侵入後、現金1万円が入った財布や、幸代さんのキャッシュカードなどを盗んだ。その後、起きてきた遠藤さんに対し、もっと金を出させようとペティナイフで脅した。

だが、遠藤さんは応じず抵抗したため、横倉はナイフで刺して殺害する。それから近くにいた幸代さんを脅してネックレス等(約1万円)を奪ったが、気付くと幸代さんは119番通報しようとしていた。横倉は電話を阻止し、幸代さんもナイフで殺害してしまう。

遠藤さん宅には遠藤さんの母親も同居していたが、犯行時刻は表に出て草取りをしていた。その際、家の中から悲鳴のような声が聞こえたため家に戻ると、1階で幸代さんが、2階で息子の遠藤さんが倒れているのを発見して通報した。

会津美里夫婦強殺事件
事件現場周辺

福島県警は、現場の状況から殺人事件と断定して、会津若松署に捜査本部を設置、捜査を開始した。その結果、現場近くで「逃げていく男」の目撃情報があり、それを基に捜査を進めたところ、容疑者として横倉が浮上する。

そして同日夜、捜査員が会津美里町内にいた横倉に任意同行を求めた。取り調べで横倉は容疑を認めたため、福島県警は27日、強盗殺人容疑で横倉を逮捕した。
捜査本部によると、横倉は逮捕時、幸代さんのキャッシュカードなどを所持していた。

8月17日、福島地検は、強盗殺人・住居侵入・銃刀法違反罪で横倉明彦を福島地裁に起訴した。

犯人・横倉(高橋)明彦について

高橋明彦/会津美里夫婦強殺事件
高橋明彦の似顔絵(マンガ「獄中面会物語」より)

横倉明彦は、東京で生まれ育った。(現在は改姓して高橋明彦
高校卒業後は警備員として働いた。いくつかの警備会社を渡り歩いたが、給料をもらえないことがあったり、入社してみると条件が違っていたりと、精神的にも次第に疲弊していく。
そんな中、かねてから田舎暮らしへの憧れがあった横倉は、過去に住んだことのある会津地方に妻と移り住んだ。

しかし会津若松市では、仕事は簡単には見つからなかった。そのうち貯金も底をつき、家賃が払えずアパートを出るはめになる。会津若松に来てわずか8カ月で、夫婦は車上生活を余儀なくされた。

だが横倉は、妻に「水道会社に就職できた」と嘘をついていた。そして「給料が出ないから辞めて、別の会社で働くことになった」などと時間稼ぎをし、実際は「外国為替オプション取引」で儲けようとしていた。

しかし素人が簡単に儲けられるわけもなく、横倉はさらに窮していく。そんな中、何も知らない妻から「家を購入したい」と言われ、「会社から住宅購入資金として600万円借りられることになった」という嘘をついたために、追い込まれてしまう。

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そして2012年7月26日早朝、家購入のための資金が必要になった横倉は、本事件を起こした。彼は事件当日夜には身柄を拘束され、翌27日に逮捕される。
裁判では最高裁で死刑が確定、現在は仙台拘置支所に収監されている。

死刑判決後の本人のコメント

横倉は起訴されてから初公判までに養子縁組をして「高橋明彦」と名前が変わっている。

高橋(横倉)は公判前の2013年2月、「河北新報」に手紙を出していた。
手紙には「死刑判決が出たら受け入れる。小さいころ、人の命を奪った者は自分の命で償わなければならないと親に教わった」と記し、この時点では死刑判決を受容する考えを示していた。

しかし、一審の死刑判決後、「死刑判決は重すぎる」と即日控訴。高橋(横倉)は「死刑判決は覚悟していたが、宣告された瞬間、頭が真っ白になり、死が現実味を帯びた。遺族には申し訳ないが、生きたい気持ちは変わらない」と述べた。

また、「死刑を受け入れて早く楽になりたい気持ちがあったが、弁護人に『逃げずに罪に向き合いなさい』と言われ、生きて償おうと考えを改めた」と心境を話した。

被害者を十数回刺したことについては「ひどいことをした。そんなに刺した認識はなかった」と話し、遺族には「謝罪の言葉しか出てこない。極刑を望むのは当然だ」と語った。

裁判【裁判員裁判】

横倉は初公判前に養子縁組をして姓が変わり、「高橋明彦」となっている。
ここからは「高橋姓」で記述することにする。

2013年3月4日、福島地裁で初公判が行われた。
検察側は冒頭陳述で、「高橋明彦被告は自宅の購入資金が必要になり、最初から住民を殺してでも金を得ようと計画した」と主張。被害者宅を選んだことには、「人目につきにくく、貯金があると考えて襲撃した」と指摘した。

一方、弁護側は「具体的な殺害方法は考えておらず、被害者に抵抗されたため殺害した」と訴えた。
高橋被告は「最初は殺意はなかった」と一部否認した。

8日の論告で検察側は、119番の録音記録などをもとに、震える声で命乞いをする妻を高橋被告は殺害したうえ、消防からの折り返し電話に「大丈夫です」と冷静に応えた行為を「大金強奪のため、黙々と事を進めた」と指弾した。

また、公判中に捜査段階と異なる供述をしたことに対し、「真剣に反省しているとは言えない」として、更生する余地がないと強調。事件前の金銭的に困窮した状態は「自らの無責任な行動が招いた」と指摘して死刑を求刑した。

弁護側は最終弁論で「冷静な状態で答えた ”公判の供述” を信用すべき」と訴え、計画性は実際になかったと主張した。また、反省し更生する意思があるとし「死刑判断を軽々しくしてはいけない。生きて罪を償う真人間になれるか吟味する必要がある」として無期懲役を求めた。

2013年3月14日、判決公判で裁判長は、求刑通り死刑を言い渡した
高橋被告が「当時の妻に約束した ”住宅購入の資金” を得るため犯行に及んだ」と認定。「動機は利欲的で、更生の余地を考慮しても死刑が相当」と述べた。
弁護側は即日控訴した。

控訴審

2013年11月28日の控訴審初公判で、弁護側は動機について「妻にホームレス生活をさせないため、家を買う資金が必要だという強迫観念にとらわれていた」と訴え、一審判決で事情が十分に酌まれていなかったと主張。
また、高橋被告が「常識では考えられないことに固執し、場当たり的な判断をする性格」を一審で考慮する必要があったとした。

また、弁護側は一審で裁判員を務めた郡山市の女性(当時63歳)が判決後、「急性ストレス障害(ASD)」と診断されたことを踏まえ、「福島地裁は裁判員を解任・辞退させずに訴訟手続きを進めた」と批判。「訴訟手続きに法令違反がある」と主張した。

検察側は「(一審審理中に)裁判員が罹患した証拠は認められず、手続きは適切」と反論した。

2014年3月18日の最終弁論で弁護側は、「高橋被告は殺害した夫婦のために毎日お経を唱え、死刑になった場合は献体や臓器提供を希望している」と述べ、反省は相当に深まっていると強調した。

検察側は「利欲的で身勝手な犯行。真摯な反省は見られない」と改めて指摘し、控訴棄却を求めた。

2014年6月3日、判決公判で裁判長は、一審の死刑判決を支持し、控訴を棄却した。
裁判長は「騒がれた場合には殺害することを、事前に計画していた」と認定。夫に続き、助けを求めた妻も殺害したことを「冷酷かつ残虐な犯行。死刑の選択を回避する余地があるとは認められない。一審の死刑判決はやむを得ない」と述べた。

裁判長は、一審の裁判員が急性ストレス障害(ASD)と診断されたことについて、「裁判員が心身の不調で職務が困難だったとは認められず、公平誠実に裁判員の職務を全うしたと推認される。違法な点はなかった」と弁護側の主張を退けた。

上告審:死刑確定

2016年3月8日、上告審判決公判で、最高裁は弁護側の上告を棄却し、高橋被告の死刑が確定した。

裁判長は、「多額の金を手に入れる必要に迫られ、民家に押し入って強奪しようと事件を計画した。非情かつ残酷な犯行で、動機にくむべき点はなく、刑事責任は極めて重大。死刑を是認せざるを得ない」と指摘した。

一審の裁判員女性が「急性ストレス障害(ASD)」となったのにそのまま審理を続行したことが「法令違反かどうか」については、上告審でも争点となった。

弁護側は「公正な判断ができなくなった裁判員を解任しなかったのは手続き違反。死刑を取り消すべきだ」と主張。一方、検察側は「裁判員が心身の不調で職務を行うことが困難となった事情は見当たらない」と反論した。
裁判長は、弁護側の手続き違反との主張について「法令違反はない」と退けた。

裁判員による急性ストレス障害(ASD)の民事裁判

本事件で裁判員に選任された福島県郡山市の女性(当時63歳)は、証拠調べで ”被害者の遺体などのカラー写真” や、”被害者が消防署に救助を求める音声” などの影響で、急性ストレス障害(ASD)になったとして2013年5月7日、国に慰謝料など200万円を求める訴えを仙台地裁に起こした。

女性は「嘔吐を繰り返す」「食欲がなくなる」「熟睡できない」「突然、映像や音声がフラッシュバックする」などの症状に苦しむようになったという。精神的に不安定な状態が改善せず、県内の病院で3月22日、「急性ストレス障害」と診断されていた。

2014年9月30日、福島地裁は女性の請求を棄却した。
裁判長は「原告が裁判員を務めたことと、ストレス障害を発症したことには、相当な因果関係があると認められる」としたうえで、裁判員制度について「司法の国民的基盤の強化を図るものであることに照らせば、裁判員法の立法目的は正当」と指摘した。

さらに「裁判員の辞退を弾力的に認め、日当を支給するなど負担軽減の措置が取られており、国民の負担が、合理的な範囲を超えているとはいえない」と、憲法18条が禁じた「意に反する苦役」に当たらないと判断した。

その後、女性側は控訴・上告するも、いずれも棄却されている。

裁判所はこの訴訟をきっかけに、以下の点について運用を改善した。

  • 遺体写真のイラストでの代用を検察に求める
  • 裁判員候補者に衝撃的な証拠が出ることを伝えて辞退も認め
  • 衝撃的な証拠を示す際は裁判員に予告する

深刻な精神的損害を受けたとして、裁判員経験者が裁判員制度の是非をめぐり提訴するのは全国で初めてだった。

 

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