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元厚生事務次官宅連続襲撃事件|愛犬チロの仇討ちだった!?

元厚生事務次官宅連続襲撃事件・小泉毅日本の凶悪事件
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元厚生事務次官宅連続襲撃事件

2008年、元厚生省官僚トップだった2人の自宅が相次いで襲われた。この事件で1件目の元官僚夫婦が死亡、2件目は未遂に終わったが元官僚の妻が重症となった。
警察は前年から問題になっていた「年金記録問題」が動機の「年金テロ」と考えて捜査を開始するも、手がかりはまったくなかった。
そんな中、ひとりの男が自首する。男の名前は小泉毅、事件を起こした理由は、なんと少年時代に愛犬を殺処分された”仇討ち”だという。
34年間持ち続けた犯行計画をついに実行した小泉。彼に下った判決は死刑だった。

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事件データ

犯人小泉毅(当時46歳)
犯行種別殺人事件
犯行日2008年11月17日~11月18日
犯行場所埼玉県さいたま市
東京都中野区上鷺宮
被害者数2人死亡、重傷者1人
判決死刑:東京拘置所に収監中
動機犬を殺処分された恨み
キーワード仇討ち、チロ
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事件の経緯

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山口剛彦宅襲撃事件

山口
山口剛彦さんと妻の美知子さん

2008年11月17日夕方、埼玉県さいたま市南区別所の山口剛彦さん(66歳)宅が襲撃された。
翌11月18日午前10時20分頃、近所の人が玄関のドア付近にが流れているのを発見。不審に思ってドアをあけたところ、山口さんと妻の美知子さん(61歳)が亡くなっていたという。玄関は無施錠だった。山口さん宅前の路上には約50mにわたって血痕の付いた足跡が残されていた。

2人の遺体は玄関の土間で仰向けに並んでいて、服の上から胸を刃物のようなもので刺されていた。さらに山口さんの腕には犯人と争った際にできたとみられる傷があった。他に室内には目立った血痕はないため、玄関で殺害された可能性が高かった。

山口剛彦さんは東京都出身。1965年4月に厚生省に入省。1988年会計課長、1992年年金局長、1994年官房長、1996年保険局長を歴任後、1996年11月に事務次官に就任した。
1999年8月に同省を退任、2000年1月に社会福祉・医療事業団に入り、2001年2月に同事業団理事長に就き、2008年3月に辞職した。

1998年に発覚した大蔵省を舞台とした汚職事件(通称・ノーパンしゃぶしゃぶ事件)でも名前が取り沙汰された。

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吉原健二宅襲撃事件

吉原健二さんは不在のため無事だった

11月18日の夜には、東京都中野区上鷺宮の吉原健二さん(当時78歳)方に「宅配便」を名乗る男が訪れる。妻・靖子さん(当時73歳)が玄関のドアを開けると、男がいきなり刃物のようなもので切りかかってきた。吉原さん方は夫婦と長男の3人暮らしだが、この時は家には靖子さんひとりだった。

靖子さんの証言によると、犯人の男はカムフラージュのためか大きな段ボールを抱えていたという。身長は160cmくらいで中肉、つば付き帽子をかぶり作業着を着ていた。年齢は30歳ぐらいにみえたという。男はバイクで来て、バイクで去っていったそうだ。

靖子さんは重症を負ったものの、命に別条はなかった。 

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2人の共通点

山口剛彦さん宅
事件のあった山口剛彦さん宅

この2件の事件には共通点があった。

  • 被害者宅の夫は2人とも元厚生事務次官
  • 凶器は2件とも刃物
  • 襲撃場所が2件とも自宅玄関

これらのことから警察は「連続テロの可能性がある」とみていた。

山口さんも吉原さんも「基礎年金制度」や、「サラリーマンの妻も、年金の被保険者となる仕組み」を導入した”年金改革”に取り組んだという共通点もあった。前年の2007年には杜撰な年金管理が大問題となった「年金記録問題」が発覚、この事件との関連を視野に捜査は開始された。

また、厚労省からの要請を受け、歴代事務次官経験者などの身辺警戒を強化する事態となった。

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犯人・小泉毅が自首

「年金記録問題」を念頭に置き、厚生行政を狙った連続テロを視野に進めた捜査では何も進展がなかった。そんな中、11月22日午後9時半頃、なんと犯人が警視庁に出頭して自首してきた。最初の犯行から5日後のことだった。

男が乗ってきたレンタカーには、血のついた刃物2本や、犯行時に使ったとみられる物証があった。警察は11月23日午前2時、銃刀法違反で男を逮捕した。

男は無職・小泉毅(当時46歳)。彼は出頭する直前、新聞社やテレビ局などに対し、以下の内容の声明文を掲示板に書き込んでいた。

元厚生次官宅襲撃事件について。今回の決起は年金テロではなく、34年前に保健所に飼い犬を殺された仇討ちである。最初から逃げる気は無いので今から自首する

被害者の住所については、国会図書館などで古い名簿を閲覧して入手。犯行時、宅配便を装うために箱に伝票を張りつけ、差出人欄に「日本赤十字社」と記載するなどの細工もしていた。

小泉は出頭する5時間ほど前(午後4時半頃)、山口県柳井市の実家に電話をしている。
10年振りに聞く息子の声に父親(当時77歳)は喜んだが、「手紙を送った」、「明日の昼頃着く」という短い会話のみ。それでも嬉しかったが、夜になって息子が犯人であることをテレビ報道で知ったという。
手紙の内容については、明かされていない。

犯行計画は他にもあった

小泉の犯行計画は、事件を起こした2件だけではなかった。小泉は元厚生事務次官4人と元社会保険庁長官1人計5人を標的に決めていたのだ。しかし2件目の事件以降、警備が強化されたため断念したと供述している。実際11月19日には、元社会保険庁長官で元最高裁判所判事の横尾和子さん宅まで行ったが、警備の厳しさを見て犯行を中止した。

12月4日、凶器の刃物に付いた血痕がDNA鑑定で被害者のものと一致したため、小泉は殺人殺人未遂で再逮捕、2009年3月26日に起訴された。

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小泉毅の生い立ち

元厚生事務次官宅連続襲撃事件・小泉毅(28歳の頃)
小泉毅(28歳当時)

小泉毅は1962年1月26日、山口県柳井市で雑貨商を営む家の長男として生まれた。家族は4人、3歳年下の妹がいる。

小泉は小学生の頃から成績が良く、特に数学が得意だった。
父親によれば、友達ともよく遊び、動物好きの優しい子だったという。活発で明るい性格だったが、乱暴なことは嫌いで、運動は苦手。反抗期らしい反抗期もなかった。

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事件の布石となる出来事

小泉毅・愛犬チロ

12歳の時、飼っていた(雑種・チロ)を保健所に殺処分される。このことが本事件の犯行動機である。

チロは小泉が拾ってきた雑種犬。ある日、小泉が学校から帰るとチロがいなかった。
父親が言うには「妹が散歩させている途中、逃げてしまって保健所に連れて行かれた」とのこと。(実際は、「あまりにも吠えて近所迷惑だったので、保健所に電話して連れて行ってもらった」と逮捕後の取材で父親は話している)

小泉があわてて保健所に行くと、チロはすでに殺処分されていた。チロは予防接種もしてちゃんと首輪も付けていたそうだ。
小泉はこの時、いつか仇討ちをすると心に決めたという。

高校時代は将棋部に所属。数学が好きで、帰宅後はずっと数学の勉強をしているような子だった。
高校卒業後は国立の佐賀大学理工学部に現役入学するも、2年になってから留年をくり返すようになり中退。その後、神奈川県横浜市にあるコンピュータソフト関連の会社に勤めた。

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いつしかトラブルメーカーに

この時期から近隣住民とのトラブルを起こすようになっていく。当時住んでいたアパートの前にある寺に「寺の鐘がうるさい」と怒鳴り込んだことがあるという。

会社は3年で退職し、1994年3月からは両親のコネで、広島県広島市にある食品卸売会社に転職。アイスクリームのルート営業に就いた。

転居先のアパートでは、以前にも増してトラブルを起こしている。隣の部屋でテレビを付けたり電話で話しただけでも壁をドンドン叩いたり、インターホンを連続して鳴らしたりした。1995年の3月には、同じアパートの女子大生に刃物をちらつかせて、大家に退去させられた。迷惑行為が始まったのは、退去を命じられる半年ほど前からだったという。

アパート退去を機に山口営業所に転勤するも、1995年9月には退職させられた。理由は駐車違反の罰金を払わないと言い張って、営業所と揉めたからである。

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事件時のアパートに転居

その後、1998年8月に埼玉県さいたま市のアパートに引っ越した。そして東京都内のコンピュータ関連会社で働くようになっている。このアパートには、犯行時まで住んでいた。
この頃から実家とは音信不通になっている。

当時の会社の同僚は「親切にわかりやすく仕事を教えてくれた。みんなとも仲良くやっていた」と話す。社内ではリーダー的なポジションだったそうだ。一方でキレやすい一面もあり、上司と激しく言い合う場面を何度か見たという。

近隣とのトラブルは相変わらずで、アパートの2階から住民にそうめんの食べかすを投げつけたり、郵便配達員や新聞販売員に対して声を荒げる姿が何度も目撃されている。近隣住民の小泉に対する印象は「いつも怒ってる人」というものだった。

2005年12月にはタクシー会社と揉めた。横断歩道を渡り終えた小泉は、停車していたタクシーに対し、「いま、当たったろ」とわめき始めたという。小泉は「3000円を払って土下座しろ」と主張。結局、この件は人身事故扱いとなり、損害保険会社から治療費が支払われた。小泉は毎日のようにタクシー会社に電話をして、乗車料金をタクシー会社負担にして病院に通った。

この少し前、小泉は会社をクビになっている。それ以降は無職だったが、家賃の滞納はなかった。のちの調べでは、株取引で生活していた可能性があるという。(逮捕後、アカウントがみつかっている)
しかし、逮捕後の預金通帳の残高は数千円、複数の消費者金融からの借金は数百万円におよんでいた。

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決起:34年後の仇討ち

小泉毅の手記
小泉毅の手記

小泉は愛犬・チロの仇討ちを12歳の時に決心したが、実行に移したのは46歳、34年もの年月が経っている。

彼と長年面会を続ける桐蔭横浜大学教授・阿部憲仁氏によると、「決起は50歳ぐらいで、それまでは人生を楽しむ計画」だったという。(事件を起こすことを小泉は「決起」と呼んでいる)
しかし交通事故で足を悪くしたので、少し時期を早めたと説明している。

こうして34年間持ち続けた恨みを、小泉は ”間違った形で” 晴らした。
自分の主張に自信たっぷりの彼は、逮捕から公判終了までいつも堂々とした態度をみせている。

小泉は事件の5日前、パソコンや家財道具をリサイクルショップに引き取ってもらっています。店員には「引っ越しではないが、要らなくなった」という内容のことを話したそうです。

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小泉毅の現在

小泉毅

小泉毅は2014年6月13日、最高裁で死刑が確定し、現在は東京拘置所に収監中である。愛犬・チロを保健所に引き渡し、事件のきっかけを作った父親は一度も面会に来ていないらしい。

彼は獄中で「特殊相対論の修正」というテーマの論文を書いている。(論文の日付は2014年3月7日)彼によると、あの有名なアインシュタインの理論には間違いがあり、「これを立証すれば、ノーベル賞まちがいなし」と息巻いていたという。しかし専門家によると「特殊相対論」というのは、既に多くの人たちによって何度も検証され、正しいことが実証されているもの。

愛犬の ”殺処分の経緯” についてもそうですが、小泉は一度思い込んだことは「自分が絶対正しい」と信じて疑わない性格のような気がします。

すべてのトラブルの原因は、そういう部分かもしれません。

裁判

公判前整理手続きで、争点は以下の2点に絞られた。

  1. 吉原さんの妻への犯行を途中でやめたことが、刑の減軽や免除を定めた刑法43条の「中止未遂」規定に当てはまるか
  2. 警視庁への自首を理由に刑を減軽すべきか

第一審:さいたま地裁

2009年11月26日、さいたま地裁での初公判で、小泉被告は起訴内容を大筋で認めた

そのうえで小泉は、「あくまで無罪を主張する。私が殺したのは人間ではなく、心の中の邪悪な “魔物“。邪悪な ”魔物” が作った狂犬病予防法という法律が、毎日たくさんの罪のない犬を殺している」と声を荒らげた。

検察側は冒頭陳述で、小泉被告は、愛犬も含めて毎年数十万匹の犬や猫が殺処分されていることを知り、「厚生省が保健所を所管していると思い、恨むようになった」と指摘。「多数の厚生事務次官経験者を殺害して死刑になって人生を終わらせ、動物の命を粗末にすれば自分に返ってくることを思い知らせようとした」と動機を説明した。

12月14日の第2回公判で、精神鑑定を行った医師は「事件当時、精神障害はなかった」と証言。また、「愛犬の殺処分」だけを動機とするのは適切でないと述べた。

この日、吉原健二さんと重症を負った妻・靖子さんが出廷し、極刑を訴えた。12月15日の第3回公判でも、殺害された山口夫婦の息子2人が出廷し、極刑を訴えた。

荒唐無稽な主張

12月16日の第4回公判における被告人質問で、小泉被告は犯行について「飼い犬を殺された仇討ちだった」「私怨によって多くの ”魔物” を殺すことを考えていた」などと供述した。

元厚生事務次官宅を襲撃した理由については、「中学の頃、保健所が厚生省の管轄だと習った記憶があったから」と述べた。判決の見込みを尋ねられると、「1,000%死刑と思っている」と言い、続けて「無罪を主張しているので、無罪以外は上訴します」と答えた。

弁護側は「小泉被告は妄想性障害の可能性があり、起訴前の鑑定は不十分。責任能力を争う」と精神鑑定を請求。しかし当の小泉被告は「私は心身共に正常。精神鑑定は無意味」と反論した。
(精神鑑定は第6回公判で却下)

求刑は死刑

2010年1月13日の論告求刑で、検察側は「人生の最期に大きな達成感を得たかった。自己の正当性を訴え、人生に幕を下ろそうとした無差別殺人。前代未聞の凶悪事件で、命をもって償わせる以外にない」と指摘した。

2月10日の最終弁論で弁護側は「飼い犬の仇討ちという動機は理解できない。妄想性障害のため、心神喪失か心神耗弱だった疑いがある」と主張。自首が成立している点などを強調し「死刑の選択には疑問がある」と訴えた。

小泉被告は最終意見陳述の冒頭で「私は事件当時も今も、心身ともに健康な健常者」と強調。事前に用意したメモを見ながら「官僚は身勝手な理由を付けて動物を虐待する法律を作っており、万死に値する」と、これまでの主張をくり返した。

第一審判決は死刑

2010年3月30日、判決公判が開かれ、小泉被告に死刑が言い渡された。

裁判長は判決理由を次のように説明した。

  • 責任能力:「計画は周到かつ綿密で、違法性を十分認識したうえで合理的に行動した」として完全責任能力を認めた
  • 中止未遂規定(争点1):「放っておけば死に至るほどの重症を負わせており、積極的な防止措置をとらなかった」ことから退けた
  • 自首した点(争点2):「正当性を訴えるため当初から計画されており、社会不安や捜査の必要性は何ら減少していない」として自首による刑の減軽を認めなかった
  • 動機(飼い犬の仇討ち):「論理自体の理解は可能」としたが、「重大事件を起こす事を正当化できない」とした
  • 無罪主張:「殺したのは人ではなく、心の中が邪悪な ”魔物”」とする無罪主張を、「被告独自の見解で採用できない」と退けた

さらに「長期間下調べをし、標的を確実・効率的に殺害するために念入りに計画を立て、公判でも自己の行為の正当性を主張し続けた」と指摘。「被害者らを ”魔物” と呼んで冒涜し、今も元次官らに殺意を持っていると表明しており、更生する意欲は全く見せていない。罪質・計画性・悪質性・社会的影響の大きさなどからすれば、死刑の選択はやむを得ない」と結論づけた。

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控訴審:死刑判決

2011年4月27日、東京高裁控訴審初公判が開かれた。

弁護側は「心神喪失」か「心身耗弱」だったと主張、死刑回避を求め、再度の精神鑑定を請求した。(第4回公判で却下)

10月28日の第5回公判で弁護側は、「愛犬の仇討ち」との動機は理解不能、妄想性障害などの可能性があり、責任能力を認めた一審の判断には誤りがあると主張。そして「利欲目的の犯行ではなく、量刑は不当」と死刑回避を求めて結審した。

12月26日の判決で裁判長は、「妄想性障害があり、責任能力はなかった」との弁護側主張は退けた
動機の「愛犬の仇討ち」については、「主張は筋道において特段飛躍はなく、了解できる」とした。そのうえで「無罪を主張するため、口実として(動機を)脚色した疑いが強く、重視するのは適切でない」と指摘。さらに「行政への不満から元官僚らの殺害を自己目的化し、司法の場で犯行を誇示しようとした」と述べた。

そして「冷酷かつ残虐で、計画性の高さも際立った犯行。遺族らの処罰感情は峻烈を極め、小泉被告には反省や更生の意欲がうかがえない。被害者らを侮辱する言動に終始しており、極刑は回避できない」と指弾した。

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最高裁で死刑が確定

2014年6月13日の判決公判で、裁判長は控訴審判決を支持
「子供の頃に飼い犬が殺処分に遭った『仇討ち』として元官僚への憤りを強めて殺害計画を立てており、犯行の動機や経緯は独善的で酌量の余地がない」と指摘した。

さらに「社会に与えた衝撃も大きく、罰金刑以外の前科がないなど被告のために酌むべき事情を考慮しても、極刑を是認せざるを得ない」と述べた。こうして小泉被告の死刑が確定した。

現在、小泉毅は死刑囚として東京拘置所に収監されている。

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