「東名あおり運転事故死事件」の概要
2017年6月5日夜、ゾッとするような交通事故が発生した。東名高速道路の追い越し車線上に停車したワゴン車に大型トラックが追突、ワゴン車に乗った一家のうち両親2人が死亡した。
捜査で判明したのは「ワゴン車は停車させられていた」という事実だった。現場手前の中井パーキングでトラブルとなった石橋和歩(当時25歳)が追跡してきて、悪質なあおり運転をくり返したあげく、被害者は仕方なく停車、そこへトラックが追突したのだ。
「危険運転致死傷罪」が成立するかが争点となった裁判は、2022年6月6日、これが認定され石橋には懲役18年が言い渡された。
事件データ
犯人 | 石橋和歩(当時25歳) 読み:いしばし かずほ |
犯行種別 | 「危険運転致死傷」事件 |
犯行日 | 2017年6月5日 |
発生場所 | 神奈川県大井町「東名高速道路(下り線)」 中井パーキングから1.4km地点 |
被害者数 | 2人死亡、2人負傷 |
判決 | 懲役18年(横浜地裁:控訴中) |
動機 | 非常識な駐車を注意された腹いせ |
キーワード | 危険運転致死傷罪成立 |
「東名あおり運転事故死事件」の経緯
2017年6月5日午後9時過ぎ、萩山さん一家は、東京・台場への旅行から静岡市の自宅に戻る途中、東名高速道路の中井パーキングに立ち寄った。家族は4人で、萩山嘉久さん(45歳)、妻の友香さん(39歳)、長女(15歳)、次女(11歳)がワゴン車に乗っていた。
中井パーキングを出発する時、本来停めてはいけない場所に1台の車が停車していて、通行の妨げになっていた。この迷惑な車の運転手は石橋和歩(当時25歳)。交際女性と旅行中で、この時は車外でタバコを吸っていた。
萩山さん一家の車は妻の友香さんが運転していて、通りすがりに夫の嘉久さんはスライドドアを開け、石橋に「邪魔だ、ボケ!」という言葉を浴びせたという。
この時、長女が「良い人だったらどうするの?」と父親(嘉久さん)に言うと、「あんなところに車を停めてタバコを吸うのは良い人ではない」と答えたという。
ここまではありがちなトラブルだが、このあと萩山さん一家は予期せぬ事態に見舞われる。なんと石橋が「ボケ!」と言われたことに腹を立て、追ってきていたのだ。
石橋は萩山さんのワゴン車の前に割り込んで急減速したり、友香さんが衝突回避のため車線変更するとその直前に車線変更して進路妨害するなど、約700mにわたって妨害行為を計4回繰り返した。
その後、石橋は車を完全に停止させたため、友香さんも仕方なく停車。すると石橋が車を降りてきたので、嘉久さんが2列目のスライドドアを開けて応じた。
石橋は「けんか売っちょんのか」「高速道路に投げ入れるぞ」「殺されたいか」と怒鳴りつけ、嘉久さんの胸ぐらをつかむなど暴行を加えた。嘉久さんは謝ったが、石橋の怒りは収まらず、上半身を車に入れるようにして、嘉久さんの胸ぐらをつかんだ。

この時、同乗の交際女性に「子供がいるからやめて」と諫められた石橋は、暴行をやめて自分の車に戻ろうとした。しかしその途中、大型トラックが萩山さんのワゴン車に追突、続いてワゴン車が石橋の車に玉突きで衝突する大事故となった。(事故発生時刻:午後9時36分頃)
直後に長女は父の親友に連絡をとっている。しかしパニック状態の長女の話を把握するのに時間がかかり、通話は約40分にもおよんだ。事情を呑み込んだ親友は、娘2人に車内にいるように指示、そして警察に連絡して病院に向かった。
この事故により萩山さん夫婦は死亡、夫婦の娘2人も負傷した。石橋自身も重傷を負い入院した。
事故後の捜査

神奈川県警は、事故当時に現場近くを走行していた車両約260台を割り出し「目撃情報」や「ドライブレコーダーの映像」をもとに自動車運転処罰法違反容疑で捜査を行った。その結果、「石橋が、萩山さんの車を強引に高速道路の追い越し車線上に停車させ、事故を誘発した」と断定した。
石橋は逮捕前の事情聴取で「被害者男性から『邪魔だボケ』と言われカッとなって追いかけた」と証言。高速道路上で停車した理由については「夫婦にあおられたり、パッシングされたりしたため」と説明していたが、娘2人の証言と矛盾していたり、目撃情報・ドライブレコーダー映像などを精査した結果、被害者側の車にあおり運転・パッシングなどをした事実は認められなかった。
そのため「加害者(石橋)が虚偽の説明をしている」と断定、2017年10月10日に逮捕となった。
追突したトラック運転手の男性は、2017年10月12日付で神奈川県警から横浜地検に自動車運転過失致死傷容疑で書類送検されたが、横浜地検は2017年12月28日付で不起訴処分とした。

横浜地検は、石橋が萩山さんの車に対し「執拗な割り込み」を繰り返したり、「極端な幅寄せ行為」などをしていたことから、神奈川県警が断念した危険運転致死傷罪を適用することを決めた。
危険運転致死傷罪の適用により、本事件は裁判員制度の対象事件となった。
石橋和歩の生い立ち

石橋和歩は福岡県鞍手郡の旧炭鉱街の出身。兄弟は3人で彼は次男だった。
小学校時代の同級生は「身体は大きかったが大人しい」「とにかく喋らない子」「父親が建設関係の仕事、母親はスーパーのパートをしていた」などと話す。
中学校時代にはあてもなく深夜徘徊していたそうで、卒業後は隣町である中間市内の高校に進学した。
中高でグレる子が多い土地柄だったが、石橋はいわゆる不良というわけではなかった。髪を染めるようなこともなく、あまり目立つタイプでもなかった。高校2年の頃に両親が離婚したが、兄と弟は父親が引き取り、石橋は母親に引き取られている。
事故の数年前から地元の仲間からいじめを受けていた。また、普段は大人しいのに彼女と一緒になると態度が大きくなり、コンビニ店員に対してイキがって声を荒げたりしていたという。
この彼女とは、事故がなければ結婚する予定だったという。
事故当時は建設会社のアルバイトをしていて、母親と二人暮らしだった。事故で石橋も軽傷を負って入院したが、その入院中に会社をクビになっている。
自ら車のトラブルを誘発

石橋和歩は21歳で運転免許を取得してから、交通違反を7回、事故を4回起こしている。
事故の1ヶ月前(5月8日夜)にも、石橋は車のトラブルを起こしている。下関市の一般道で急に時速約10kmまで減速し、追い越した車にクラクションを鳴らすなどした。そして進路をふさいで停車させ、窓をたたいたという。
翌9日早朝も、信号で青に変わっても10秒ほど発車せず、その後も遅めの速度で走行。追い越そうとした車の方へ幅寄せして衝突している。同日には他にも追い越そうとした車の進路を2度にわたって妨害して停車させ、運転席のドアを3回蹴っている。
県警によると、いずれも「石橋がきっかけを作って追い越しを誘った可能性」もあるとみている。
事故後にもあおり運転
さらに驚いたことに、石橋は本事故から2か月後の8月21日、山口市内で懲りもせず同様のあおり運転(強要未遂事件)をしている。この時も追い抜かれたことに腹を立て、停車させて車を降りることを要求した。被害に遭った男性が警察を呼ぶと、石橋は「殺すぞ」「俺は人を殴るために生きている」などと叫んだという。
本死亡事故の際、同乗していた交際女性によれば、2017年4月末から8月末にかけて、交通トラブルが10件以上あったそうである。
また、石橋は別の車を追尾中だったパトカーを「警察のくせに速度を守っていない」と追いかけ、パトカーに急接近するなどの危険運転行為をしていたことも明らかにした。
裁判
裁判は、「車を停車させたことが原因の死亡事故」に対して、危険運転致死傷罪が適用できるかが争点となった。
「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰」に関する法律では、「交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」と定義されている。本事件では石橋被告の車は停止しており、別人の運転するトラックの追突によって被害者が死亡している。
そのため、石橋被告に危険運転致死傷罪を問うことは困難とみられていた。
第一審:横浜地裁
2018年12月3日、横浜地裁で裁判員裁判の初公判が開かれた。石橋和歩被告は罪状認否で、大筋で起訴事実を認めたが、細部に関して起訴内容の誤りを主張した。
弁護側は「停車後に発生した事故に、危険運転致死傷罪は適用できない」として、死亡事故に関して無罪を主張した。
12月5日の第3回公判では、被告人質問が行われた。石橋被告は「被害者の車を強制的に停車させた」事実を認めたうえで、謝罪の言葉を述べた。
検察官から「事故原因は何か」と質問された石橋被告は、「自分が(被害者の車を)停めたこと」と回答、「被害者の体をつかんだ状況で(一家が)車を動かせたと思うか」という質問には「つかんどったら、できんですね」と答えた。
第4回公判(12月6日)では、石橋被告が本事件前後に山口県内で起こした「あおり運転事件3件」が審理された。
石橋被告は、2017年に下関市内で起こした器物損壊事件の起訴事実は認めたが、本死亡事故後に山口市内で起こした強要未遂事件に関しては「相手に文句は言ったが、降車させる意思はなかった」と争う姿勢を示した。※この件で被害者が乗っていた車は、死亡した萩山さん夫婦の車と同型車だった。
12月7日の第5回公判では、石橋被告の元交際相手が証人として出廷し、「(石橋は)逮捕されるまでに交通トラブルを10回以上起こしていた」と証言。石橋被告に対し「罪を反省して償ってほしい」と述べた。
12月10日の論告求刑公判で、検察側は「危険運転致死傷罪が成立する」と主張、石橋被告に懲役23年を求刑した。弁護側は最終弁論で「不運な事情が重なった。刑事責任は器物損壊罪などに留まる」として危険運転致死傷罪について無罪を主張した。
最終意見陳述で、石橋被告は「二度と運転せず一生かけて償っていく」と改めて謝罪した。
12月14日の判決公判で、横浜地裁は「被害者の車両を停車させた行為に関しては危険運転致死傷罪が成立する」と認定、石橋被告に懲役18年の判決を言い渡し「身勝手かつ自己中心的な動機で、常軌を逸した犯行だ」と指弾した。
横浜地裁は「進路妨害を4回もくり返し、被害者を停車させた一連の行為は被害者の死亡と因果関係があるため、危険運転致死傷罪が成立する」と認定をした。
一方、停車後については、「交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」に該当しないため、危険運転致死傷には当たらないという判断となった。
判決を不服とした弁護側は東京高等裁判所に控訴。一方、検察側は控訴しなかった。
控訴審:審理を差し戻す判決
2019年11月6日、東京高裁で控訴審初公判が開かれ、即日結審した。そして12月6日の判決公判で、東京高裁は原判決を破棄、審理を横浜地裁に差し戻す判決を言い渡した。
横浜地裁の裁判官は、公判前整理手続で「危険運転致死傷罪は成立しない」とする暫定的な見解を示していて、弁護側はそれを前提に弁護活動に臨んでいた。しかし、公判ではその見解を翻して同罪の成立を認めたことが指摘された。
東京高裁は「裁判所が事前に見解を表明することは裁判員法に違反する越権行為。改めて裁判員裁判をやり直すべき」と結論付けた。
検察側・弁護側双方とも上告せず、差戻し判決が確定。その後、新たに裁判員を選任し直し、「危険運転致死傷罪の成立があり得る」ことを前提に審理し直すことになった。
差し戻し審
差し戻し審は、2022年1月27日に初公判が開かれた。
石橋被告は一転して「事故になるような危険運転はしていない」と無罪を主張。弁護側も「(石橋被告の)運転は危険運転ではなく、事故の原因はトラック運転手のスピード違反や車間保持義務違反」と主張した。
検察側は、石橋被告による停車直前の「4回の妨害運転」と「一家死傷事故」には因果関係があり、「危険運転致死傷罪が成立する」と改めて主張した。
判決は懲役18年
2022年6月6日の判決公判で、東京高裁は石橋被告に懲役18年を言い渡した。(求刑・懲役18年)
裁判長は「石橋被告が4回にわたって妨害運転を繰り返したことで、事故が起きた」として危険運転致死傷罪を適用できるという判断を示した。
そのうえで「妨害運転は極めて危険で執拗、夫婦が命を絶たれた結果は極めて重大だ。文句を言われて憤慨し、妨害運転を行ったという動機や経緯に酌量の余地はない。真摯に罪に向き合い、反省しているとはいえない」と指摘した。
判決後、石橋被告は「非常におかしい。一方的で、証拠をちゃんと理解してくれていない。自分の述べたことをちゃんと理解されていないのはとても残念だ」と話していて、即日控訴した。