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岩手県洋野町母娘強盗殺人事件|大嘘で死刑回避を試みた男

日本の凶悪事件
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岩手県洋野町母娘強盗殺人事件

仕事もないのにパチスロに明け暮れ、多額の借金を作った若林一行
滞納した家賃を払うため、面識のない母娘の家に侵入。襲撃時にもみ合い、目出し帽を取られ顔を見られてしまう。そのため、2人を殺害してわずかな金品を奪った。
目撃情報などから逮捕となった若林だが、裁判では「別組織の犯行」と荒唐無稽な主張を始める。しかし、これは通用せず、死刑判決が下った。

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事件データ

犯人若林一行(当時29歳)
事件種別殺人事件
発生日2006年7月19日
場所岩手県洋野町
被害者数2人
判決死刑
2015年12月18日執行(39歳没)
動機強盗・強姦
キーワード万年三太郎
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事件の経緯

岩手県洋野町母娘強盗殺人事件
事件の起こった周辺

2006年7月19日午後3時頃、若林一行(当時29歳)は、岩手県洋野町種市にある一軒の民家に忍び込んだ。目的は窃盗強姦で、前日にもこの付近を下見に来ていた。

前日に室内を物色した時、女性だけの所帯であることに気づき、この家に決めたのだ。若林は「ロープで縛り上げて金のある場所を聞き出し、乱暴もしてやろう」と考えていた。

運転してきた軽トラックは茂みに隠し、覆面や軍手を着用して家に侵入した。CDやゲーム機など、売って金に換えられそう物を物色した後、凶器のすりこ木を用意し、息を潜めて待ち伏せを開始した。すりこ木には滑らないよう輪ゴムを何重にも巻きつけた。

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覆面が取れて・・・

午後5時10分頃、この家に住む上野紀子さん(52歳)が仕事を終え、帰宅してきた。紀子さんが玄関で飼っている猫を呼んでいる時、若林は背後から忍び寄る。そして、すりこ木で頭部を強打した。しかし、紀子さんは激しく抵抗してきたため、若林の覆面は取れてしまう。これに若林は逆上、頭部を何度も殴り付け、最後には馬乗りになり首を絞めて紀子さんを殺害した。

午後6時頃になると、次女の友紀さん(24歳)が勤務先から帰ってきた。若林は、和室前の廊下で頭を殴り、両手で首を絞めて友紀さんも殺害した。
すでにひとり、紀子さんを殺害したあとだったこともあり、若林は「どうせなら徹底的にやってやる」という気持ちになっていた。そのため、友紀さんに対しては、初めから殺意を持って襲い掛かった。

それから室内や2人の車の中を物色、現金2万2000円と、テレビゲーム機や音楽CDなど77点(約45000円相当)を奪った。さらに、2人の遺体を南西の方角に約5kmの山林の雑草の中に遺棄した。

帰り道、若林はパチンコ店に立ち寄った。彼はパチスロにハマったあげく借金を重ね、金に困って今日の犯行におよんのだ。そして、2人の人間を殺害したあとでも、それはやめられなかった。

若林は、犯行の4日後に遺棄現場に戻り、遺体の上にトタンをかぶせて隠ぺい工作を図っている。

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事件の発覚

岩手県洋野町母娘強盗殺人事件・現場
犯行現場となった上野さん宅

事件の発覚は、親戚の通報によるものだった。
22日午後、上野さん母娘と連絡が取れないことを不審に思った親戚が、久慈署に通報した。駆け付けた久慈署員が家に入ったところ、家は無人だったが1階和室に血痕があるのを発見した。

紀子さんの車は自宅前に、友紀さんの車は自宅近くの空地に置かれたままだった。上野さん母娘には家出の理由もなく、現場の状況から判断して、警察は2人が何者かに連れ去られた可能性が高いとみて捜査を開始した。

近隣住民からは、19日に上野さん方の近くで「不審な軽トラックを目撃した」という情報が寄せられていた。捜査本部は、車のナンバーから持ち主の若林を割り出し、24日、八戸市内にいるところを任意同行を求めた。

若林は、当初は否認していたが、夜になって殺害をほのめかす供述を始める。そして、翌25日未明、若林は2人の殺害を自供したため、緊急逮捕した。
その後、供述の場所に立ち会わせて捜索したところ、2人の遺体が発見された。


謎の火災

事件後、上野さん宅は無人となっていたが、11月5日午前5時半頃に出火している。そのため、木造2階建て約100平方メートルが全焼した。

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被害者母娘について

上野友紀さん

上野友紀さんは、近く結婚を考えていて、友人らにメールなどで伝えていた。
友紀さんは、彼氏と行った山形県の街が気に入り、そこで始める新婚生活に胸を躍らせていた。
母親の紀子さんも「優しくて人当たりの良い人」と慕われていた。

友紀さんは、地元の県立高校を卒業後、盛岡市に引越した。夜間のコンビニなどでアルバイトをしていたが、1ヶ月前に実家に戻り、隣町の久慈市内の缶詰工場でアルバイトをしていた。
知人によると「美人でおとなしい子。とてもトラブルに巻き込まれる人とは思えない」と話した。

紀子さんは、夫を約7年前に病気で亡くし、友紀さんと2人暮らし。長男と長女は独立している。洋野町の自動車部品工場に20年以上勤務し、仕事帰りに温泉に入ることが楽しみだった。

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若林一行の生い立ち

若林一行

若林一行は1976年、青森県五戸町で生まれた。

地元の小中学校を経て、1995年に県立高校を卒業している。卒業後は、電気機器製造会社に就職した。この会社を1999年5月に退職し、その後は、五所川原市内の自動車販売店などに転職。2000年7月に建築関連会社に就職し、見習いで塗装の仕事を始めた。

会社関係者によると「仕事場では目立たないが、勤務態度は真面目、仲間内でのトラブルもなかった。社内に友人はいないようだったが、子供のことは聞かなくても、向こうから話しかけてきた」と言う。
2005年9月、会社が脱税するという問題が起こり、それが原因で退職して独立する。自営で塗装業を始めたが、ほとんど仕事がなかった。その一方でパチスロや釣りにのめりこみ、多額の借金を抱え、2005年春頃から空き巣を繰り返すようになった。

若林は、子供の養育費にまで手を付けるほどパチスロにのめり込み、事件直前の借金は約400万円。家賃も2ヶ月滞納し、大家には20日までに払うと約束していた。そのため、金の工面に困り、2006年7月19日に本事件を起こして死刑が確定する。

事件当時は、青森県八戸市沢里で妻と子供2人の家族4人で住んでいた。(事件後に離婚
近所の人によると、若林は子供を連れて散歩するなど、感じの良い父親に見えたという。意外なことに、家庭的な父親としてみられていたのだ。

2015年12月18日、仙台拘置支所にて死刑執行。享年39歳。

若林死刑囚の獄中での活動

若林一行は、死刑囚となり2015年12月18日に執行されるまでの約4年間に、獄中でいろいろ活動をしていました。
死刑囚の権利についての訴訟が2件ありましたが、特筆すべきは絵の才能です。プロ並みかどうかはわかりませんが、かなりのものではないでしょうか?

この才能を活かせるような「まともな人生」を歩んでほしかったです。

 

やはり、「ギャンブルは身を滅ぼす」というのは本当ですね。武富士弘前支店・強盗放火殺人事件も犯行のきっかけはギャンブルで作った借金でした。

 

それにしても、死刑囚が描いた絵に感動していいものかどうか、ちょっと考えてしまいました。

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獄中で作品を制作

若林一行・元死刑囚の作品
若林一行・作
若林一行・元死刑囚の作品
ユニテ通信「希望」表紙絵/若林一行
若林一行死刑囚の作品
「合縁奇縁」若林一行
獄ちゅう物語/万年三太郎(若林一行)
獄ちゅう物語/万年三太郎(若林一行
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若林が獄中で起こした訴訟

死刑囚となった若林は、2つの訴訟を起こしている。

内容】弁護士と面会する際、仙台拘置支所職員が立ち会うのは、刑事訴訟法が定める接見交通権侵害する行為だとして、国に慰謝料100万円の支払いを求める訴訟を、2013年6月24日付で仙台地裁に起こした。
判決】情報なし

内容】仙台拘置支所で差し入れの機関誌を無断で墨塗りにされ、精神的苦痛を受けたなどとして、国に100万円の損害賠償を求めた。
判決】仙台地裁は2014年12月18日付で、国に6万円を支払うよう命じた。
理由】新聞や雑誌の墨塗りには同意していたが、機関誌はその対象に入っていない。名古屋拘置所の職員が2008年12月、若林死刑囚と収容者との手紙のやりとりの日付を、別の収容者に漏らしたことも、違法と認定。

裁判

裁判は、公判前整理手続きが適用された。そのため、弁護側は起訴事実を争わず、当時借金で生活に困っていた事情などを訴えた。

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第一審:盛岡地裁

2007年3月5日の初公判で、若林被告は起訴事実を全面的に認めた。
3月22日に論告求刑が開かれた。
検察側は「仕事はしたくないが金は欲しいという動機は、身勝手極まりない。落ち度のない命を一方的に奪っており、極刑に処するほかない」「自己中心的で卑劣な犯行。遺族の処罰感情も強い」として死刑を求刑した。

また、若林被告が犯行前日に女性方に侵入し、女性の2人暮らしを確認した上で待ち伏せして犯行に及んだとして、計画性を指摘。相次いで帰宅した2人を殺害し、犯行の発覚を逃れようと遺体を遺棄した悪質さを強調した。

弁護側は起訴事実を認めた上で「殺すつもりはなかった」と主張。強盗の動機となった借金のきっかけに同情の余地があることや、殺害動機は目出し帽の中の顔を見られたためで「強盗の意思はあったが、殺害は計画的でない」「被告は罪を認め、死刑を覚悟するほど反省している」と述べたほか、死刑制度自体に問題があるとして無期懲役を求めた。

判決で裁判長は「女性の2人暮らしであることを犯行前日に知り、金などを奪おうと帰宅を待ち伏せした。犯意は強固で執拗だ」と計画性を指摘。「パチスロなどで借金をつくり、生活費などに窮して犯行に及んだ動機に酌量の余地はない」「被害者の抵抗をまったく意に介さず、棒で強打するなどの行為を重ねており、犯行完遂に向けた意思は異様なほど強固」と述べた。

さらに裁判長は「2人の恐怖、無念などは筆舌に尽くしがたく、遺体を遺棄されるなど死後も苦痛を被った。遺族の悲痛落胆は極めて深い」と被害者感情にも言及。「殺害は顔を見られたことによる突発的なものだった」とする弁護側主張を「事前に計画したものではないが、抵抗抑圧や発覚防止のためだった」と退けた。

勤務先の脱税が原因で、独立して塗装業を営むに至った経緯については「若干、同情すべき点がある」としたが、現実逃避のためにパチスロや釣りに興じるなどして借金が膨らんでいったことや、発覚防止のために2人を殺害したことは「酌量すべき点は全くない」と断罪した。

最後に裁判長は「死刑の適用には慎重を期さなければならないことを考慮しても、極刑をもって臨むほかはない」とし、死刑以外の選択肢はありえないことを強調した。 

一弁護人は、量刑不当と事実誤認を訴え控訴した。 

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真犯人説を唱えた控訴審

2008年3月17日、仙台高裁で控訴審初公判が行われた。弁護人は一審から代わり、照井克洋弁護士になった。
弁護側は、起訴事実を認めた一審の主張を一転させ、犯行は別グループによるもの、との主張を始めた。

これによると、実行犯産業廃棄物処理業の組織で、若林被告は彼らと以前から付き合いがあった、と前置きをしたうえで、無実である理由を以下のように説明した。

  • 若林被告は事件発生時、産廃を山中に捨てており殺害現場にいなかった
  • 組織にだまされたが、真実を話せば妻子に危害がおよぶと思い、言えなかった
  • これまでの自白は、自分が体験していないことを想像で組み立てて話した
  • 被害者宅への住居侵入は、キヨカワと名乗るメンバーに”ここはおれの家”と言われて入った

そして、死体遺棄は「キヨカワが遺棄したとみられる」とし、事件から約4ヶ月後に発生した被害者宅の火災も「グループが証拠隠滅のため放火した可能性がある」と主張した。

これに対し検察側は、「弁護側の主張には理由がない」と控訴棄却を求めた。

一審の時とは違う被告側の照井克洋弁護士は閉廷後、一審の態度を翻した理由を「接見の中で被告に”事実を話すべきだ”と諭した。ただし、キヨカワらのグループについては特定していない」「被告は前からこれらの事実を話していたが、警察に聴いてもらえなかったうえ、暴行まで受けたようだ」とした。また、被害者方から盗まれた物を、若林被告が持っていたことについては「キヨカワから渡されたらしい」と述べた。

5月13日の第2回公判、若林被告は被告人質問で、新たな主張である「事件の真相」を話した。

若林の主張する「事件の真相」

犯行のあった2006年7月19日、産業廃棄物処理業の組織から「産廃の仕事がある」と言われ、洋野町に自分も含め4人の男が集まった。うち、ひとりの男から”投げたい物がある”と、投棄に都合のいい場所を尋ねられ、のちに2人の遺体が見つかった山林を案内した。

組織は、青森県暴力団と関係があり、投棄場所を尋ねた男も組織関係者。自分が所有する軽トラックは、当日、男に一時預けており、逮捕時に「被害者のが付いた軍手目出し帽」などが見つかったと聞かされた時、”はめられた”と思った。

組織が家族に報復するのが怖かったので、これらの話を一審では明かさなかった。さらに捜査段階で「やっていない」と否認した際、岩手県警の取調官から顔を殴られるなどの暴行を受けた。

罪を認めていた「一審までの取り調べ」については、推理小説のストーリーに沿って供述した。凶器や証拠など本と食い違う部分は、遺体の負傷の状況をよく覚えておき、世間の情報などを基に話を作った

若林被告は、この説明を終えたあと、あらためて無罪を主張した。

11月5日の最終弁論で、弁護側は起訴事実のうち、強盗殺人などについては「犯行の事実はない」と主張。犯行は、産業廃棄物処理業の組織の「キヨカワ」という人物らによるものだとした。
「組織の報復を恐れて事実を話せず、虚偽の自白で罪をかぶった」と、一審までの供述の不自然性を訴えた。
また、「取り調べで暴行を受けた話など、新供述は迫真に富み信用できる」とした。さらに、事実誤認が認められない場合でも、「若林被告に前科や犯行の計画はなく、死刑は重きに失して不当」と死刑回避を求めた。

これに対し検察側は、「犯罪組織が母娘を殺害して、山中に遺棄する」というのは、労力やリスク、経済的な面からして何ら合理性がないこと、若林被告が主張する組織活動実態などに具体性がない点を指摘。そして「妻子への報復を危惧したとしても、黙秘否認をすれば足りる。極刑が見込まれる事件で、一審まで虚偽の自白を維持し、罪をかぶる理由はない」と不自然さを主張した。

続けて「若林被告の弁解は、裏付ける客観的証拠が皆無で、真犯人の人物像など具体性を欠く」と控訴審での供述の信用性の乏しさを指摘した。そして「一審までの自白は、動機や経緯、犯行状況など、犯人でなければ語り得ない内容で信頼できる。荒唐無稽な弁解に終始し、遺族の心情を逆なでするような態度に出ており、死刑を回避する余地は皆無」として控訴棄却を求めた。

判決は死刑

判決で裁判長は、被告側の無罪主張を「弁解は極めて不自然不合理。一審までの供述は、犯人しか知り得ないはずの”血痕の付着状況”や、”死体の遺棄場所”という秘密の暴露を含んでおり、信用性がある」と退けた。
そのうえで「仕事がないのにパチスロにふけって金銭に困り、性的な欲求不満を解消しようとした犯行で、身勝手極まりない動機に、酌むべき点はない」と指摘。「遺族が極刑を求めるのも当然」と述べ「刑事責任は重大極まりなく、一審の死刑が不当とはいえない」と結論づけた。 

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最高裁で死刑確定

12月8日の最高裁弁論で、弁護側は「産業廃棄物の不法投棄グループに、犯人に仕立て上げられた」と改めて無罪を主張。検察側は「荒唐無稽な弁解で、遺族の被害感情を逆なでしている。死刑の判断は妥当」と上告棄却を求めた。

判決で裁判長は、「犯行の道具を用意するなど、計画性の高い犯行。生命の尊厳や死者に対する畏怖の念が感じられず、冷酷残虐。被害者はいずれも幸福な日々を過ごしていたのに、被告によって理不尽に生命を絶たれた」と指摘。「遺族らの処罰感情が峻烈であるのも当然」と述べた。

これにより、上告は棄却され、若林一行の死刑が確定した。

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