「沼津女子大生ストーカー殺人事件」の概要
若者の間でSNSによるトラブルが問題になる中、殺人にまで発展する事件が起こった。
大学構内で見かけた女子大生に恋心を抱いた堀藍(当時20歳)は、強引にLINEのIDを聞き出し、多数のメッセージを送るようになった。しかし、その内容は常軌を逸していて、下の名前で呼び捨てにしたり、返事が遅いと不満をあらわにするなど、まるで恋人気取りだった。
そんな状況に耐えかねた女子大生は、LINEをブロック。それに激怒した堀は殺害を決意する。2020年6月23日、女子大生がアルバイト先から車で自宅に帰ったところを、包丁でめった刺しにして殺害した。
事件データ
犯人 | 堀藍(当時20歳) 読み:ほり あおい |
犯行種別 | ストーカー殺人事件 |
犯行日 | 2020年6月23日 |
場所 | 静岡県沼津市西浦久蓮 |
被害者数 | 1人死亡 |
判決 | 懲役20年 |
動機 | LINEをブロックされた |
キーワード | ストーカー |
事件の経緯
堀藍(当時20)は2019年4月、三島市の日本大学国際関係学部に進学した。7月、堀は大学構内で学科は違うが同じ学部に通う山田未来さん(当時19)を見かけて好意を抱く。それ以降、堀は山田さんに「LINEのIDを教えて」としつこく迫るようになった。
山田さんは当初は断っていたが、堀の執拗さに負けて10月頃にはIDを教えてしまった。だが、これが地獄の始まりだった。やりとりを始めるとすぐに、堀は山田さんのことを「未来」と下の名前で呼び捨てにし、「来週にでも未来と一緒にご飯行きたいと思ってるけどどう?」などと、たびたび食事の誘いを持ちかけるようになったのだ。
山田さんは、その度にいろいろ理由をつけて断っていた。普通ならそれで気持ちを察してあきらめるところだが、堀には通用しなかった。10月から翌年6月の約9か月間に、堀は551回もLINEでメッセージを送り付けた。
やがて内容は踏み込んだものとなり、過去の恋愛経験や好みのタイプ、さらには家族のことなどプライベートな内容まで聞いてくるようになった。こうした質問に山田さんが返信を躊躇していると、堀は「未来、返信遅い」と不満をあらわにした。遅れた理由を説明すると『そうだったんだ、ごめんね』と一旦は謝るのだが、結局は再び怒り出すのだった。
頼み事を断りきれない性格の山田さんは、こうして堀からのLINEに嫌々ながらも返信を送る日々が続いた。山田さんは友人に「できるならブロックしたいけど、逆上して何されるかわからなくて怖い」と打ち明けていた。
堀とのLINEのやりとりを見せられた山田さんの友人は、「普通じゃない」と異様なものを感じたという。
LINEをブロックされて…
2019年12月頃から、山田さんの電話に公衆電話から無言電話がかかってくるようになった。応答すると電話の相手は、マクドナルドの店内に『電話してください』と書いてあるのを見たのだという。そこには山田さんの電話番号と名前も記されていた。
また、SNS上の質問箱にも山田さんの携帯電話番号が書き込まれてもいたこともわかった。山田さんは警察に相談したが、その際、堀の名前は出さなかった。堀には電話番号を教えていなかったし、証拠もなかったからだ。だが、堀は山田さんの携帯電話番号を入手するため、山田さんが所属していた部活の部室に忍びこみ、名簿をスマホで撮影していたのだ。
2020年4月、ついに山田さんはLINEで「好きじゃない」という気持ちを堀に伝え、拒絶しようとした。しかし堀は引き下がることはなく、拒絶を受け取るどころか相変わらずLINEを送り続け、さらには「一緒にインスタライブやらない?」と誘いを持ちかける始末だった。
山田さんはしかたなく、堀のLINEをブロックした。この時、堀のなかで殺意が芽生えた。堀はこれまでのLINEのやり取りで得た断片的な情報から、山田さんのアルバイト先と自宅、そして車を特定した。
待ち伏せて殺害
2020年6月23日の朝、山田さんは沼津市西浦久蓮の自宅から、車でコンビニのアルバイトに向かい、午後1時に勤務を終えるとそのまま自宅に戻った。しかし、そこには業務用包丁を手にした堀が待ち伏せていた。自宅に着いた山田さんが運転席ドアを開けるやいなや、堀は手にした鶏肉解体用の包丁で山田さんに襲いかかった。
車内でもみ合いになるなか、山田さんは一旦は包丁を奪い取り、車から逃げ出した。そして、近所の家の戸を叩いて助けを求めたが、堀に捕まり包丁を奪い返される。そして、堀は山田さんに馬乗りになって腹部・背部・頸部を何度も突き刺した。
その後、堀は近隣住人の通報で駆け付けた静岡県警・沼津署員により現行犯逮捕となった。山田さんは病院に搬送されたが、2時間後に死亡が確認された。山田さんには49か所もの傷があり、いくら救命が早くても出血多量による死は免れない状況だった。また、傷は柔らかい部位に集中しており、急所を狙って刺したことは明らかだった。
堀は事件の4か月前となる2020年2月に、凶器の包丁をホームセンターで購入。この時点で殺害の準備を始めていた。また、自室で段ボールを山田さんに見立てて包丁で突き刺す“練習”をし、犯行直前にはAmazonでサバイバルナイフも購入していた。
堀は逮捕後、容疑を認めて自供していたため、検察は2020年7月上旬に殺人容疑で起訴した。
堀藍について
堀藍(ほりあおい)は、2000年に山梨県南都留郡富士河口湖町で生まれた。家族は両親と3歳年上の兄の4人家族。堀には心臓に障害があり、小学生の時にペースメーカーを入れていた。そのため激しい運動はできず、体育の授業内容によっては見学になることも多かった。
西武ライオンズのファンだった堀は、中学時代は野球部に入部してマネージャーを務めていた。勉強のほうは中程度の成績。おとなしい性格で、いつも笑顔の堀は周囲から好かれていた。小・中学校の同級生は、「友達の間では愛されキャラでいじられキャラ。先生からも評判がよかった。怒ったりキレたりするところは、一度も見たことない」と語る。
中学卒業後、父親の仕事の都合で茨城県に引っ越す。そして、茨城県内の私立高校に進学して英語部に入部。しかし環境が変化したことで、堀は精神のバランスを崩してしまう。学校にも上手く馴染めず友達もいなかったようで、闇サイトに妙な書き込みをしたり、精神を病んでいる人のツイートをリツイートしたこともあった。
被害者とは同じ大学
2019年3月に高校を卒業すると、4月から日本大学国際関係学部に進学。キャンパスのある静岡県三島市内のアパートで独り暮らしを始めた。堀は飲食店でアルバイトしたり、国際協力部という”国際交流やボランティア活動を行うサークル”に所属して、大学生活を満喫していた。
しかし、周囲からは無口で暗い性格だと認識されており、大学内に友達もいなかった。そのうえサークル仲間の女子学生に、わいせつ画像を見せるトラブルを起こすなどして評判を落としていた。
入学した年の7月に、大学構内で山田未来さんを見かけて一方的な恋心を抱く。友達がいないせいもあったのか、堀は山田さんに対し異常な執着心をみせるようになる。強引にLINEのIDを聞き出すと、付き合ってもいないのに下の名前を呼び捨てにし、行き過ぎた数のメッセージを送り付けた。
2019年10月から事件を起こす2020年6月の間に合計789回のやりとりがあったが、そのうち堀からのLINE送信は551回にもおよんでいる。
愛情を超えた憎しみ
そして2020年6月23日、本事件を起こす。数日前にLINEをブロックされて殺意を持ったとされているが、実際はその4か月前から包丁を購入するなどの準備を始めていた。事件後、堀の部屋から見つかったノートには、山田さんへの”愛情を超えた憎しみ”がびっしりと書かれていた。
未来を殺したい
死ね死ね死ね
殺す殺す殺す
未来は俺を見下している
うざい
俺が見えてないみたいな
行動しやがって
未来に未来なんかない
死だよ
殺される運命が待ってるんだよ
裁判では懲役20年が確定し、現在は服役中である。
被害者の山田未来さん
被害者の山田未来さんは、静岡県沼津市内のみかん農家の長女として生まれた。家族は両親と高校生と中学生の弟が2人、加えて祖父母も一緒に暮らしていた。小学校時代は、読書感想文で賞をとったこともある成績優秀な子供だった。
静岡県三島市内の日本大学国際関係学部のキャンパスには、実家から通っていた。社交的な性格の山田さんは、友人も多かったという。
近所の住民によると、「未来ちゃんはおじいちゃん、おばあちゃんっ子。ここらで若い子は高校を出るとほとんどが都会へ出てしまうが、彼女はほんとに優しい子だったから、自宅を離れなかったんじゃないの。以前は免許がなかったので、お父さんがアルバイト先まで送迎していてね。家族仲もとてもよかった」と話す。
その後、自動車免許を取得した山田さんは、事件当日は母親の車を自身で運転してアルバイトに行っていた。
アルバイト先の同僚は、山田さんの性格を「純粋で誠実、裏表のないとてもいい子。その反面、断りきれず、頼み事を引き受けたり、嫌なことを嫌だと断れず溜め込むことがあった」と振り返った。
裁判
検察側は刑事責任能力の有無を調べるため、鑑定留置を請求。精神鑑定が行われた結果、刑事責任を問えると判断した検察側は起訴に踏み切った。
2021年7月5日、堀藍被告(当時21)の裁判員裁判初公判が静岡地裁で開かれた。堀被告は起訴内容を認めているため、裁判の争点は量刑に絞られた。被告人質問で堀被告は、「(LINEを)ブロックされて自分の存在を拒否されたことに絶望を感じた」と語った。
7月9日、検察側は論告で「単なるストーカー殺人と評価しきれない、危険で非人道的な事案」として無期懲役を求刑。山田さんと堀被告の関係性を「他人同然であり、単に『目に留まった』というだけで理不尽に殺害されたに等しい」と指摘した。
また、刺し傷や切り傷が49か所あったことに触れ、「思い通りにならないと、物を破壊するように刺した」と強調。「殺害を周到に計画し躊躇した形跡もない。将来を奪われた被害者の苦痛と無念さは計り知れない」と訴えた。
一方、弁護側は最終弁論で、堀被告が小学生の時に心臓にペースメーカーを取り付けて以降、野球などのスポーツができなくなったことから、「一方的で身勝手な犯行動機には、手術による挫折体験の影響がある。動機を過度に重視することはできない」と主張。更生の可能性があると指摘し、懲役22年が相当とした。
堀被告は最終陳述で、山田さんの父親を見て、「LINEをブロックしただけで人生を奪われるのは、未来さんは到底理解できないと思う。遺族にも(心の)傷を負わせ、人生を奪い申し訳ありません」と頭を下げた。
懲役20年が確定
7月13日、堀被告に静岡地裁は懲役20年の判決を言い渡した。検察側は2人の関係を「他人同然」としていたが、裁判長はLINEのやりとりなど「一定の交流があった」と指摘。事件前に業務用包丁を購入したり、段ボールを使って刺す練習をしたりしたとして「計画性は高い」と述べた。山田さんにLINEをブロックされ生きがいを奪われたとする動機に関し「あまりに理不尽な逆恨みだ」とした。
一方で「まだ若く更生の余地があり、被告の両親が賠償金を用意している」などとして、検察側の無期懲役の求刑に対し、懲役20年が相当との判断になった。
2023年3月15日の控訴審判決でも、東京高裁は「ストーカー殺人事件の中でも最も罪が重い部類とは言えず、一審の量刑が軽すぎて不当とまでは言えない」として、一審に続いて懲役20年の判決を言い渡した。
裁判長は「2人の関係性は希薄だったとする検察官の指摘は正しいが、事件の経緯について1審の評価に誤りはない」とした。この判決に対し、検察側は「適法な理由が見いだせなかった」として最高裁への上告を断念。上告の期限となっていた3月29日、堀藍被告の懲役20年判決が確定することとなった。