飯能市家族3人殺害事件|ご近所トラブルから一家皆殺し事件に

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斎藤淳/飯能市家族3人殺害事件 日本の凶悪事件

「飯能市家族3人殺害事件」の概要

2022年12月25日、クリスマスの早朝に事件は起こった。埼玉県飯能市美杉台の閑静な住宅街で一家3人が殺され、防犯カメラなどから近所に住む斎藤淳(当時40歳)が逮捕された。斎藤は小学1年の時に家族で引っ越してきたが、事件当時はひとりで暮らしていた。

被害者家族との間には以前からトラブルがあり、斎藤は被害者の車を傷付けるなどして逮捕されたが不起訴となっていた。本事件においても斎藤は犯行を認めておらず、検察は精神鑑定を実施して責任能力の有無を判断する。2023年2月13日に始まった鑑定留置は数回の延長をくり返し、11月10日に終了する予定である。

事件データ

犯人斎藤淳(当時40歳)
犯行種別殺人事件
犯行日2022年12月25日
発生場所埼玉県飯能市美杉台
被害者数3人死亡
判決(現在、裁判前)
動機不明
キーワード近隣トラブル

事件の経緯

2022年12月25日、クリスマスの日の午前7時15分頃、埼玉県飯能市美杉台の住宅で「大声で口論になっている」「2階から火が出ている」といった110番通報が複数あった。埼玉県警飯能署員が駆け付けると、民家の敷地内で男女3人が上半身から血を流して倒れており、その場で死亡が確認された

この住宅では室内の一部が燃えていることが確認されたが、午前9時前に火は消し止められた。

ウィリアム・ビショップさん・森田泉さん・森田ソフィアナ恵さん/飯能家族3人殺害事件

亡くなっていたのは、この家の住人でアメリカ国籍のビショップ・ウィリアム・ロス・ジュニアさん(当時69)と妻の森田泉さん(当時68)、娘の森田ソフィアナ恵さん(当時32)の家族3人。遺体には鈍器で殴られたような痕があり、腕などに抵抗した際にできる傷が複数あったことから、家族は何者かに殺害されたものとみられた。娘の恵さんは別の家に住んでいて、この日はクリスマスで実家に帰っていて被害に遭った。

現場の防犯カメラには、凶器を持った男が家族に襲い掛かる映像が映っていた。男は被害者宅の玄関から侵入し、家の中にいた3人を襲ったとみられた。さらに屋外に逃げた被害者を追い回して、ハンマーのような鈍器で殴りつけて殺害していた。

斎藤淳を逮捕

斎藤淳/飯能市家族3人殺害事件
斎藤淳

警察は、現場から逃走した男を近所に住む斎藤淳(当時40)と特定し、事件当日の夜に自宅2階の部屋で身柄を確保。その際、斎藤はドアが開かないよう内側に物を置いて抵抗したが、約10分後、警察官が無理やり開けて取り押さえた。自宅からは凶器とみられる複数の鈍器が押収された。

斎藤は、過去にビショップさんとトラブルを起こしていた。
ビショップさんは2021年8月から12月にかけて計6回、「車や自宅の門を傷付けられた」と被害届を出していた。これに対し、警察は近所に住む斎藤を ”ビショップさんの車に石を投げて壊した疑い” で現行犯逮捕した。斎藤は器物損壊容疑で計3回逮捕されたが、いずれも不起訴となっている。だが、それ以降の9か月間は、警察にビショップさんからの相談は寄せられていなかった。

被害者と加害者は近所同士

飯能家族3人殺害事件現場

斎藤の自宅からは、複数の鈍器や血のついた服のほかに、血の付いた手袋も見つかった。血痕のついた複数の衣類を鑑定した結果、被害者3人のDNA型と一致。斎藤は凶器などを事前に準備し、犯行時は指紋を残さないように手袋をしていたとみられている。

斎藤の家とビショップさんの家は、直線距離で約60m、徒歩1分程度の距離。斎藤は30年ほど前から家族で暮らしていたが、2008年頃からは斎藤がひとりで生活していた。生活費などは母親の仕送りに頼っていて、数年前から働いていなかった。

斎藤は逮捕された当初から「言いたくありません」と供述を拒んでいたが、その後、ビショップさんの殺人容疑について「私はやっていません。身に覚えのない話です」などと容疑を否認している。

斎藤淳の生い立ち

斎藤淳/飯能市家族3人殺害事件
若い頃の斎藤淳

斎藤淳は1981年生まれ。小学1年生の時、埼玉県飯能市美杉台の住宅に引っ越してきた。当時、家族は両親と2歳年上の姉の4人に加え、祖母も一緒に住んでいた。

子供の頃の斎藤は、明るく活発な性格だった。サッカーが得意で人気もあり、トランスフォーマーのようなロボットものが好きな普通の少年だった。小学校卒業後は全寮制の私立中学校に進んだが、中学3年で中退して地元の公立中学校に転校。数か月の在校だったが、ほとんど登校せず卒業を迎えた。

公立中学の同級生は、斎藤の印象について「他の男子生徒よりも髪も長くてかっこいい人だと思った」と振り返る。性格は比較的おとなしく、積極的に発言をするタイプではなかった。逮捕時の映像を見た感想は「骨格は変わっていないけど様子が大きく変わっていたので、本当にあの斎藤くんなのかと驚きました」と話した。

その後、地元の私立高校に進学。1999年、斎藤が高校3年(18歳)の時に両親が離婚して父親は家を出た。

才能ある若き映画監督だった

斎藤淳・映画作品/飯能市家族3人殺害事件
濱口竜介監督とともに受賞していた

高校を卒業すると、埼玉を離れて大阪府の大阪芸術大学に入学した。大学では映画製作を学び、映画監督を目指した。2005年には「第2回 仙台短編映画祭」の推薦作品に選ばれ、受賞も果たすなど才能の片鱗をみせている。

「手紙」 2005 16mm 16min
・仙台短編映画祭2005 「新しい才能プログラム」上映
・TIROL Short Film Contest審査員特別賞
・第三回シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビジョンオープンコンペ部門最優秀賞

この時、選ばれた4人の中には、第94回アカデミー賞(2021年)作品賞・脚色賞を含む計4部門にノミネートされ国際長編映画賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督も名を連ねている。

映画「ギフト」の制作風景(赤丸が斎藤淳)

2007年には映画祭出品に向けて、HIV陽性者を題材にした映画「ギフト」の制作を始め、クランクアップまでこぎつけたものの、斎藤は編集中に突然周りと連絡を絶ってしまう。関係者が話し合いのため飯能市の家に2度訪れたが、結局はお蔵入りとなってしまった。

ビショップさんとトラブル

飯能市一家3人殺害事件・被害者宅の車
ビショップさんの車

斎藤は30歳になったころから、母親と姉に暴力を振るうようになった。そのため母親と姉が相次いで家を出て、それから斎藤はひとりで暮らすようになった。

一方、斎藤はビショップさんとの間でトラブルがあった。2021年夏、ビショップさんの高級外車の側面1周がドライバーのようなものでえぐられる事件があり、器物損壊の疑いで逮捕されたのが斎藤だった。ほかにも、ビショップさん宅に石を投げつけるなどの嫌がらせで、斎藤には複数の逮捕歴がある。しかし、いずれも証拠不十分で不起訴となっていた。

近所に住む男性(80代)は、斎藤について「比較的無口で、最後に話したのは(事件のあった年の)4月か5月頃で、変わった様子はなかった。最近は庭に花やシソの実を植えたり手入れをしたりしているのを見た」と話した。

別の近隣女性(70代)も「ここ数年では買い物袋を提げて帰宅する様子を何度か見かけたくらい。寂しそうだなと感じた」と斎藤についての印象を語った。

被害者のビショップさんについて

ビショップ・ウィリアム・ロス・ジュニアさん/飯能市家族3人殺害事件
William Ross Bishop Jr.

ビショップ・ウィリアム・ロス・ジュニアさん(William Ross Bishop Jr.)は、1953年アメリカ・サウスダコタ州で生まれた。

ビショップさんは1974年に来日し、上智大学で国際関係について学んだ。1981年の卒業後は、米フィラデルフィアのテンプル大学で映像人類学の修士課程を修め、その後は日本を中心にシンガポール、ソウルなど東アジア各地で暮らした。こうした活動をするなかで、日本人の森田泉さんと結婚し、娘のさんが生まれた。

日本語が堪能で、日米の架け橋となる仕事を長年続けたビショップさん。はじめは日本にある米国州政府の出先機関、その後は米国の製薬会社、医療品会社に勤め、2016年に退職。一線を退く直前の6年前、妻・森田泉さんと東京都内から飯能市に転居したばかりだった。

山中伸弥教授(左)とビショップさん(右)

ビショップさんは、在日米国商工会議所(ACCJ)でヘルスケア委員会の委員長を務めていた関係で、山中伸弥教授(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)と一緒に写っている写真もみつかっている。

都内にあるテンプル大学日本校の理事・金子みどりさんは、ビショップさんについて「常に明るく穏やかで、すごくユーモアのセンスがある方でした。いつも日本のことを考えていて、日本とアメリカの橋渡しになっていました」と話した。

また、ビショップさんは作家としても活動していた。

裁判

斎藤は逮捕された当初から「言いたくありません」と供述を拒んでいたが、その後、ビショップさんの殺人容疑について「私はやっていません。身に覚えのない話です」と容疑を否認している。

2023年2月13日、さいたま地検は斎藤淳容疑者の当時の精神状態を詳しく調べるため、鑑定留置を開始した。期間は6月13日までの4か月間の予定だったが、その後2度の延長を経て8月4日に終了。しかし、さいたま地検は8月10日から11月10日までの3か月間、担当医師を変えて再び鑑定留置することを決定した。

鑑定留置の最終日とされていた2023年11月10日、検察は翌12月15日まで延長することを発表した。

検察は専門家による精神鑑定の結果などを踏まえ、 ”刑事責任を問えるかどうか” を判断する。

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