「京都アニメーション放火殺人事件」の概要
2019年7月18日、京都アニメーションで起きた放火殺人事件は、36人が死亡、33人が重軽傷を負う大惨事となった。日本における大量殺人は、これまで1938年に30人を殺害した「津山事件」が最多であったが、本事件はこれを超えてしまった。
犯人の青葉真司(当時41歳)は、勝手な思い込みから京アニに恨みを募らせ、ガソリンをまいて火を点けた。これにより建物内は一気に炎に包まれ、逃げ場を失った社員の約半数が亡くなった。青葉自身も大やけどを負い、一時は瀕死の状態だったが、懸命の治療により回復。予定通りに2023年9月5日、裁判員裁判が開始された。
事件データ
犯人 | 青葉真司(当時41歳) |
犯行種別 | 大量放火殺人事件 |
犯行日 | 2019年7月18日 |
犯行場所 | 京都府京都市伏見区桃山町因幡15-1 「京都アニメーション第1スタジオ」 |
被害者数 | 36人死亡、33人重軽傷 |
判決 | 裁判中 2024年1月25日言い渡しの予定 |
動機 | 思い込みによる逆恨み |
キーワード | 京アニ |
事件の経緯

コンビニ強盗で懲役3年6月を受けた青葉真司(当時37)は、2016年1月、満期で刑務所を出所した。出所後は生活保護を受けながら、さいたま市のアパートで暮らすようになった。
このアパートで青葉は住人と騒音をめぐるトラブルをたびたび起こした。事件の4日前にも、ある住人の部屋に怒鳴り込み、「殺すぞ!こっちはもう余裕ねえんだからな!」とすごんでみせた。少年時代から恵まれない家庭環境で生きてきた青葉は、心までもすさんでいたのだ。
2018年の秋には京都アニメーション(以下、京アニ)に対して「小説をパクられた」「最初から原稿を叩き落として裏切る気だった」「絶対に許さん」などと、インターネット掲示板に一方的に恨みを募らせる書き込みをしていた。青葉はその恨みを晴らすため、2019年7月15日、京アニのある京都へ向かった。
京アニでは、「京都アニメーション大賞」として一般から小説を公募している。受賞作はアニメ化などされることになっており、青葉はこの賞に応募していたが、一次の形式審査で落選していた。

7月18日午前、青葉はガソリンスタンドで携行缶2個分のガソリンを購入し、これとバケツ2個、包丁・ハンマーを持って、京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオに向かった。「京都アニメーション大賞」に応募した作品の内容を盗まれたと思い込んだ青葉は、あろうことかスタジオに放火しようと考えていたのだ。
あだとなった、らせん階段

午前10時31分頃、玄関から入った青葉は、バケツ2個を使って10リットルから15リットルのガソリンを建物1階のらせん階段付近にまいた。そして、仕事中のスタッフ数名に「死ね!」などの暴言を叫びながらライター(点火棒)で着火すると、「ドーン」という爆発音とともに爆燃現象が発生した。
爆発音は2回鳴ったといい、近所は騒然となった。午前10時35分頃から、「京都アニメーションから黒煙が上がっている」という内容の119番通報が複数あり、それは計22件におよんだ。

この建物(地上3階建て)は、玄関を入ってすぐの場所に1~3階をぶち抜くようにらせん階段がある。これが煙突の役割を果たし、炎が一気に3階まで通り抜けたことで被害の拡大を招いた。建物内は、わずか1分ほどで炎に包まれたと考えられている。消火に当たった消防隊員も、テレビの取材に「経験したことのない火災」と表現した。この火災で3階建て約690平方メートルが燃え、出火から約5時間後に鎮圧状態になった。
当時、スタジオには社員が約70人働いており、1階で2人、2階で11人、3階と屋上への階段で20人、計33人が遺体で見つかった。負傷者は35人(うち重傷10人)で、男性18人・女性17人だった。
スタジオはスプリンクラーの設置義務の対象外で設置されていなかったが、消防関係者によると、スプリンクラーや消火栓、消火器などはガソリン火災に対しては何の役にも立たないという。
大やけどを負ったまま逃走

青葉は放火したあと逃走したが、自らも重いやけどを負っていた。その後、助けを求めようとしたのか、スタジオから100mほど離れた一般住宅のインターホンを押している。住人の女性が玄関に出ると、赤いTシャツにジーンズ姿の青葉が倒れていて、はだしの足は血まみれ、髪は焦げ、顔にはすすが付いていた。両腕はひどいやけどで皮がむけ、服には火種がくすぶっていた。
青葉は、現場から逃走した理由を「死にたくなくて逃げた」と供述している。
ほどなくして駆け付けた警察官に取り囲まれた青葉は、「小説を盗まれたのでやった」「(ノズルが長い)多目的ライターを使った」などと説明したという。その後、青葉は京都市内の病院に搬送された。全身の93%に最も重い3度熱傷を負い、大部分は皮下組織にまで達していた。
担当医は、捜査機関から「犠牲者や遺族のためにも、刑事裁判を受けられるまでに回復させ、事実を明らかにしたい」という思いを託されていたが、「正直、助からないと思った」という。だが、懸命の治療により、事件から約1カ月後の8月中旬、青葉は病室で意識を取り戻した。
取り調べを受けられるまでに回復

青葉に施された治療法は「自家培養表皮移植」と呼ばれるもの。やけどを負わなかった腰部のわずかな皮膚の細胞を培養で増やし、シート状に加工して移植。事件から2カ月後の9月中旬までに計5回の移植手術を終えた。
治療のために気管切開した青葉は、9月中旬に発声用のチューブを挿管された。これにより声が出せるようになった時には、感極まって泣いた。そして医療スタッフに対して「こんな自分でも、必死に治療してくれる人がいる」と感謝の言葉を伝えたという。
翌10月上旬には呼吸器を外し、車イスでのリハビリや食事の経口摂取が始められるまでに回復。2020年5月27日の逮捕後は、医療体制の整う大阪拘置所に勾留されながらリハビリを続けた。取り調べは拘置所の居室のベッド上で行われ、容疑については認めている。また、犠牲者の数は「2人ぐらいと思っていた。36人も死ぬと思わなかった」と供述している。
刑事責任が問えると判断
青葉は犯行について「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思った」と供述。動機は、事件前から主張している通り、「小説(応募作品)を盗まれた」と話している。しかし、京都府警が応募作品の内容を確認し、これまでに公開された京アニ作品と比べたところ、いずれも盗作と受け取れるような類似点は見当たらなかったという。
京アニ側も、盗用については明確に否定している。青葉が応募したとみられる作品は、長編と短編の1本ずつで、形式的な不備があったため、京アニ関係者が目にすることなく落選している。
地検は事件当時の精神状態を調べる必要があるとして、2020年6月9日から3カ月間の鑑定留置を実施。さらに3か月延長し、12月11日に終了した。その結果、「刑事責任能力が認められる」と判断され、12月16日に起訴された。その後、弁護側が請求した2度目の精神鑑定も、2022年3月に終了している。
2023年5月12日、京都地裁は裁判員裁判の初公判を、2023年9月5日に開くことを明らかにした。
青葉真司の生い立ち

青葉真司は1978年5月16日生まれで、両親と兄、妹の5人家族だった。父親は再婚で、前妻との間に6人の子どもがいる。母親は幼稚園の教諭をしている時、子供を通じて知り合った父親と不倫関係になり、駆け落ちした末に結婚。やがて青葉を含めた3人の子供が誕生した。
父親は、前妻や前妻の子に対する支援もせず、会いに行くことすらなかった。ハンサムでモテたが、金にも女性関係にもだらしなく、子供たちのことは放ったらかしだった。
青葉が少年の頃、家族は埼玉県さいたま市緑区(旧・浦和市)の古びたアパートで暮らしていた。青葉と同級生の息子を持つ主婦は、「小学校のときは明るい元気な子。うちの子供とも遊び仲間でした」と話した。
駆け落ちまでして結婚した両親だが、青葉が9歳の時に離婚する。母親は長男を引き取り、父親が青葉と妹を引き取って別々に暮らし始めた。やがて、青葉はさいたま市内の中学に入学するが、明るかった性格に変化が訪れる出来事が起こる。
笑顔を奪った私生活

青葉が中学生になった1991年、タクシーの運転手をしていた父親が勤務中に人身事故を起こし大けがを負ってしまう。それが原因で会社はクビ、一時期は仕事もせずにフラフラしていたため、経済状態は厳しくなった。このころからよく親子喧嘩するようになり、その怒鳴り声は近所中に聞こえるほどだった。
中学2年の時、家賃を滞納したことでアパートを追い出され、引っ越しを余儀なくされた。こうした荒れた生活環境は、天真爛漫だった青葉の性格も変えていく。転校した中学校に青葉はなじめず、不登校になった。当時の同級生は「別に挨拶するわけでもなく、ただ黙っていて暗かった」と話す。青葉には、一緒に遊びに行くような友達もいなかった。
だが、中学を卒業して埼玉県内の定時制高校に通いはじめると、同級生で埼玉県庁の文書集配アルバイト仲間でもある2人と仲良くなるなど、一見、平穏な日々を取り戻す。このころの青葉は、鉄道の写真を撮ることを趣味にしていた。
アルバイト先の上司は「とても真面目な好青年で、トラブルもなく仲良く働いていた」と振り返る。このままいけば、まともな大人になりそうだと感じたという。
コンビニ強盗で懲役刑

高校卒業後、青葉は定職には就かず、埼玉県春日部市内で一人暮らしをしながらコンビニのアルバイトなど非正規の職を転々とした。
だが、1999年12月、父親がさいたま市緑区のアパートで自殺。人身事故を起こして以降、人生を立て直すことが出来なかったのだ。さらに、父親の死から5年後の2004年には妹も自殺する。家族2人の自殺が影響したのか、青葉自身も犯罪に手を染めるようになる。
兄も自殺していたことがのちに判明している。また母親は離婚後、別の家庭を持ったため疎遠になっていた。
2006年9月、青葉は春日部市内で女性の下着を盗んで逮捕となり、執行猶予付きの判決を受けた。その後、仕事も派遣切りにあい、2008年12月に茨城県常総市の雇用促進住宅に入居した。
このころから青葉は小説の執筆を始め、2ちゃんねるの掲示板などで、有名な編集者や京アニの女性監督とやりとりをしていると誤解するようになる。そして、やりとりを通じて ”編集者にほめられ、女性監督とは恋愛関係にある” という妄想を抱いた。
また、掲示板に政治的な書き込みをしたあと、偶然ある政治家が死亡したことをきっかけに、「公安から監視されている」との妄想も抱くようになった。
その後、2012年6月には茨城県坂東市内のコンビニに包丁を持って押し入り、現金2万円を強奪。動機について「仕事上で理不尽な扱いを受け、社会で暮らしていくことに嫌気が差した」と供述した。この事件では、懲役3年6月の実刑判決を受けた。
服役中は刑務官にくり返し暴言を吐いたり、騒ぐなどして精神疾患と診断された。
捜査関係者は、「何でも他人のせいにする傾向がある」と、青葉の性格面の問題を指摘している。
京アニに一方的な恨み
2016年1月の出所後は、精神疾患の治療として薬物療法を受けるようになり、一時期、さいたま市浦和区にある更生保護施設に入所した。だが保護施設にいられるのは、働き口の有無を問わず半年と決まっている。2017年頃、青葉は施設を出ると、生活保護を受けながら近所のアパートで暮らすようになった。
このアパートでも、大音量で音楽を流すなどの迷惑行為で住民とトラブルになっていた。昼夜逆転生活を送り、毎夜午前0時4分に目覚ましを鳴らした。このころからネット掲示板への書き込みに執心するようになり、2018年秋頃には「(京アニに)自分の作品をパクられた」「テロを起こす」などの書き込みをしていた。
青葉がパクられたと主張しているのは、「ツルネ」第5話で弓道部員がバーベキューのための安売り肉を買うシーンだという。あらすじには無関係の日常を描いた場面であるが、そもそも青葉の作品は一次の形式審査で落選していて、京アニ関係者が目にすることはなかった。
同じアパートのある住人は、別の部屋の物音を勘違いされて激しいクレームを受けている。青葉は部屋の壁に物を投げたり、ドアのノブをガチャガチャ回したりしてきた。誤解であることを説明をしようとドアを開けると、目が合った途端に胸ぐらをつかまれ「お前、殺すぞ!」とすごんできた。
この時、青葉は「こっちはもう余裕ねえんだからな!」と殺気立っていて、本当にやりかねない感じだった。この4日後に京アニ事件を起こしたことを知った時、住人は恐怖でゾッとしたという。
アパートでの騒動の翌日(15日)、青葉は京都に向かった。そして17日午前にガソリン携行缶を購入、午後には京アニのスタジオを偵察している。その日は野宿して翌日(2019年7月18日)、本事件を起こした。36人が死亡したこの事件は、津山事件(1938年)の犠牲者数30人を超えて、日本犯罪史上、最多の犠牲者数となった。
「京アニ」犠牲になった人たち

「京都アニメーション」は1981年創業で、主にテレビや映画のアニメ作品を手掛けている。アニメ業界は東京一極集中の状態であるなか、地方から作品を発信するユニークな存在としても知られる。
若者のリアルな日常を描き、実写のような背景など高い技術はアニメファンに「京アニクオリティー」と評価される。実在する場所を舞台にした作品も多く、ファンがそうした場所を訪ね歩く「聖地巡礼」はブームとなった。
京アニは、2006年に「涼宮ハルヒの憂鬱」、2007年に「らき☆すた」、2009年に「けいおん!」と立て続けにヒット作品を世に送り出している。(京都アニメーションの作品)
- 大野萌さん(21)京都府木津川市
- 笠間結花さん(22)京都市伏見区
- 時盛友樺さん(22)=京都市下京区
- 兼尾結実さん(22)京都市伏見区
- 大村勇貴さん(23)都府宇治市
- 松浦香奈さん(24)京都市伏見区
- 武地美穂さん(25)京都市左京区
- 松本康二朗さん(25)京都府宇治市
- 大當乃里衣さん(26)京都府宇治市
- 川口聖矢さん(27)京都市伏見区
- 藤田貴久さん(27)京都市左京区
- 森崎志保さん(27)京都市伏見区
- 渡辺紗也加さん(27)奈良県橿原市
- 佐藤宏太さん(28)京都市左京区
- 西川麻衣子さん(29)京都府木津川市
- 明見裕子さん(29)大阪府茨木市
- 鈴木沙奈さん(30)京都府宇治市
- 栗木亜美さん(30)京都市東山区
- 丸子達就さん(31)京都市東山区
- 石田敦志さん(31)京都府宇治市
- 岩崎菜美さん(31)京都府宇治市
- 草野すみれさん(32)京都市伏見区
- 宮地篤史さん(32)京都府宇治市
- 横田圭佑さん(34)京都市伏見区
- 宇田淳一さん(34)京都府宇治市
- 渡辺美希子さん(35)京都府井手町
- 西屋太志さん(37)都府宇治市
- 津田幸恵さん(41)京都市伏見区
- 佐藤綾さん(43)京都市伏見区
- 寺脇晶子さん(44)京都府宇治市
- 武本康弘さん(47)都府宇治市
- 高橋博行さん(48)京都府宇治市
- 石田奈央美さん(49)京都市伏見区
- 村山ちとせさん(49)京都市伏見区
- 木上益治さん(61)京都市伏見区
死因は焼死26人、一酸化炭素中毒死4人、窒息死2人、全身やけど2人。1人は死因がわからなかった。
裁判の行方 ー死刑か?無罪か?ー

2023年9月5日、「京都アニメーション放火殺人事件」の裁判員裁判の初公判が開かれた。京都地裁には35の傍聴席を求めて約500人が集まり、事件への関心の高さをうかがわせた。裁判員裁判は全32回開かれ、結審は12月13日、判決は2024年1月25日の予定である。
開廷直前の午前10時33分、上下青色のジャージを着た青葉真司被告(45)が、刑務官に車椅子を押されて入廷した。青葉被告は殺人や放火など5つの起訴内容について、「私がしたことに間違いありません」と認め、「事件当時はこうするしかないと思ったが、こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった。現在はやりすぎたと思っている」と、弱々しく聞き取りにくい声で話した。
弁護側は「犯行は妄想にとらわれたもので、心神喪失で無罪、または心神耗弱で減刑されるべきだ」と主張。無罪でないとしても、「多くの犠牲が出た原因として、建物の構造に問題があった」との主張を展開した。
そして、弁護側は「青葉被告にとってこの事件は、人生をもてあそぶ『闇の人物』への反撃だった」と説明した。青葉被告は34歳の時にコンビニ強盗事件を起こしたが、このときの刑務所生活において「貸し出しの本やテレビCMなどを通じて、『闇の人物』からさまざまなメッセージを送られるようになった」という妄想に囚われたと述べた。
「京アニ大賞」の落選についても、「闇の人物と京アニが一体となって、嫌がらせをしている」と捉え、「闇の人物と京アニからは逃れられない」と思い込むようになった。やがて、両者を「消滅させたい」と考えるようになり、犯行に及んだと訴えた。
検察側は、妄想があったことは事実としたうえで、「責任能力は本人のパーソナリティーが現れたもので、完全責任能力がある」と指摘した。