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大阪・熊取町7人連続怪死事件|2か月で7人の若者が怪死!

大阪・熊取町7人連続怪死事件日本の凶悪事件
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大阪府熊取町7人連続怪死事件

1992年、大阪府の南部にある熊取町で、不可解な連続死が発生する。それは20歳前後の若者ばかり7人が、わずか2か月ほどの間に死亡するという事件だった。しかも7つの事件が半径1.2km圏内に収まるのだ。
1人目と2人目の間は1ヶ月空いているが、2人目以降は必ず1週間にひとり不審な死に方をしていて、何か意図的なものを感じる人も多い。
死んだ7人のうち数人は、生前怪しい車に追われていた。また、後ろ手に縛られているのに自殺と断定されたり、手が届かない高い位置で首を吊ったりと、自殺とされた5人については、何か腑に落ちない点が必ずあるのだ。

熊取町では2003年5月20日、家まであと400m地点で失踪した吉川友梨さん行方不明事件も発生しており、こちらも未解決事件である。

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事件データ

不審死7人(男性6人、女性1人)
年齢17歳~22歳
発生日1992年4月29日~7月2日
場所大阪府熊取町
警察発表5人自殺、2人事故死
キーワード連続怪死、原発
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事件の経緯

1992年、大阪府熊取町で、わずか2か月の間に7人の若者が相次いで死亡する事件が発生した。

亡くなったのはいずれも町内在住の17歳~22歳の若者で、亡くなった期間は4月29日~7月2日の2か月ちょっと。(66日間)1人目と2人目の間は1ヶ月空いているが、2人目以降は6人は必ず1週間にひとり不審な死に方をしている。(ほとんどが水曜か木曜)

そして驚くのが事件の分布。なんと半径1.2km圏内に7つの怪死事件がすべて収まるのだ。
7人のうち6人は男性で、女性は1人だった。最初の5人には交友関係が認められたが、最後の2人は無関係である。

死因については5人が自殺、2人は事故死として処理されていた。

  • 最初の2人は事故死で間違いないが、自殺の5人には不可解な点がある
  • 生前、4人が「怪しい車」に追われていた
  • 遺書を残した者はひとりもいない
熊取町7人連続怪死事件・相関図
怪死した7人の相関図
1992年死亡者年齢状況(警察発表)
4月29日(木)A(板金工)17歳シンナー吸引後、溜池で遊泳中死亡
5月29日(金)B(無職)17歳シンナー吸引による心不全で死亡
6月4日(木)C(無職)17歳自宅そばのタマネギ小屋で首吊り自殺
6月10日(水)D(土木作業員)18歳かつて住んでいた家の納屋で首吊り自殺
6月17日(水)E(旅館従業員)18歳農作業小屋で首吊り自殺
6月25日(木)F(岸和田市職員)22歳町内の森で首吊り自殺
7月2日(木)G子(女子大生)19歳胸を果物ナイフで刺し自殺

若者たちに一体何が起きたというのだろうか。

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【4月29日】死者1:板金工・A(17歳)

板金工・A(17歳)が、溜池に飛び込み死亡した。
Aは仲間とシンナー遊びをした直後、「泳ぐ」と宣言してひとりで溜池に飛び込み、遊泳中に死亡。心不全だった。

Aは、後述のC、Dの中学校の後輩で、バイク仲間でもあった。

ここからAを含めた7人が連続不審死することになる。

他の死亡者との関係
  • B(無職):中学の同級生
  • C(無職):中学の先輩
  • D(土木作業員):中学の先輩
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【5月29日】死者2:無職・B(17歳)

Aの死から1か月後、Aの中学時代の同級生の無職・B(17歳)が死亡した。

Bは自宅の自分の部屋で、うつぶせになって死んでいるところを母親が発見。シンナーを吸引したための心不全だった。母親はBに対し、以前からシンナーをやめるように言っていたが、Bは聞かなかった。
シンナーを乱用していたせいか肝臓が弱く、ガリガリに痩せていたという。

BはAとは中学の同級生。また、後述のC、Dのバイク仲間で、Dはこの後輩たちの葬儀に参列している。

他の死亡者との関係
  • A(板金工):中学の同級生
  • C(無職):バイク仲間
  • D(土木作業員):バイク仲間
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【6月4日】死者3:無職・C(17歳)

Bの死から6日後無職・C(17歳)が、タマネギ小屋にて首を吊っているのを発見される。
4日午前0時頃、自宅に帰るも午前2時頃に再び外出。その3時間後に遺体で見つかった。警察は自殺と断定している。

Cは生前、「白い車」に追われていたという。

他の死亡者との関係
  • A(板金工):中学の後輩
  • B(無職):中学の後輩、暴走族仲間
  • D(土木作業員):中学の同級生で親友、暴走族仲間、シンナー仲間

自殺の理由も遺書もない…

Cの着衣のポケットに「借金を返して欲しい」という折り込み広告の片隅に書かれたメモがあったが、遺書はなかった。自宅の仏壇にはCが金を借りていた友人2人の名前と金額を書いたメモが残されていた。
Cの先輩は、「金を返すよういわれていたらしいが、そんなことで死ぬとは考えられない」と証言する。

また、「交流のあったAの死にショックを受けたのでは?」という指摘に対して同窓生は「CはAとは別グループ。Aの死はそんなにショックではなかったはず」という。

Cは警察がマークしていた暴走族グループ「風(KAZE)」をDと共に結成。地元では有名な不良だった。

中学3年頃からほとんど学校に顔を見せず、仲間と遊んだり、パチンコなどに興じていた。卒業後は美容師の専門学校に入学するも、1年も経たずに中退。当時は無職だった。
父親が某学会員だそうである。

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【6月10日】死者4:土木作業員・D(18歳)

大阪府熊取町7人連続怪死事件
Dがかつて住んでいて自殺した納屋のあった場所

Cが死んでから6日後、親友の土木作業員・D(18歳)が、恵林寺の参道脇の納屋で首を吊って死亡しているのを発見された。この場所は、Dがかつて住んでいた家の敷地内だという。

当時のDは、交際していた女性の妊娠を機に結婚する予定で、新居も探していた。また前々日には、母親に仕事に持っていく保温式ランチボックスを買っておいてくれるよう頼むなど、自殺するような理由も素振りもまったくなかったため、まわりは不審がった。

親友だったCの葬式でも、「なんで死んだんや」と泣いて憤り、仲間たちに「悩みは相談し合おう。Cのぶんまで俺たちが頑張って生きよう」と訴えかけるなど前向きな姿勢を示していた。

Dは「白い車」にいつも付け回されていたそうだ。母親が聞いたところによると、車種はカローラで、親友のCも集会の時、ふと後ろを見るといつも白い車がいたという。

他の死亡者との関係
  • A(板金工):中学の後輩
  • B(無職):中学の後輩、バイク仲間
  • C(無職):中学の同級生で親友、暴走族仲間、シンナー仲間
  • E(旅館従業員):暴走族仲間、かつて父親の会社の同僚

ヤンチャだが人気があった

Dは、Cと結成した暴走族グループ「風(KAZE)」のリーダーで、C同様に地元では有名な不良だった。シンナー常用者で補導歴もあり、シンナーを吸っている時に公務執行妨害で逮捕されたこともある。

Dは駅前にワンルームマンションを借りており、そこが仲間たちのたまり場になっていた。近隣住民によると、バイクや自転車を盗んだり、自動販売機や公衆電話を破壊するので迷惑していたという。

中学卒業後、旅館従業員・E(翌週に自殺)と共に父親の土建会社を手伝っていたが、1991年に会社が倒産。それと同時に家を手放すことになり、とても悔しがっていたという。Dは「一生懸命働いて、家を買い戻したい」と考えていたそうだ。会社を再建させ、母親を早く楽にしてやりたいと日頃から公言するなど、親孝行な一面もあった。

不良だったが人望は厚く、葬儀には仲間以外のグループからも参列者がつめかけ、400名にもおよんだという。中学時代の教師も「ヤンチャはするが、弱い者いじめはしない。いずれは人の上に立つ人間になるだろう」と話した。

近所でも「きちんと挨拶をする子だった」という。

中学校の校長の証言

中学の校長:「仲間と一緒に校舎の窓ガラスを49枚も割ったり、卒業式にバイクに乗って現れたりということもあったようですが、卒業してからは、仕事帰りに2回ほど遊びに来てくれて、給食室のドアを修理してくれたり、スズメバチの巣をもってきて理科の先生を喜ばせたこともあります。」

遺体を見た母親の証言

母親「肩をいからせて、前のほうを睨むようにして、こぶしをギュッと握りしめとったんですよ。ふつうは体はダラリとなるでしょう。警察の人に私言うたんです。『これでも自殺なんですか』って。『いや最近はこう言うのも多い』とか言われましたけど、首吊った体に最近とか昔とかあるんですかね。
あの夜は(註:息子が亡くなった前日に当たる6月9日)夕方、私と一緒に食事をしたんですよ。友達と何かの約束があって、『あんまり腹一杯やと具合悪い』いうて、御飯も少なめに食べてね。出かけていって、そのまま……普段と全然かわらへんかったし……。」

※「不思議ナックルズ」より引用

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【6月17日】死者5:旅館従業員・E(18歳)

大阪府熊取町7人連続怪死事件・タマネギ小屋
Eが死んでいたタマネギ小屋

旅館従業員・E(18歳)は高知県出身で、野球で有名な私立高校を中退後、大阪に出てきた。

Dの不幸からちょうど1週間後、Eは畑のそばのタマネギ小屋で、首を吊って死んでいた。後ろ手に手を縛られていたにもかかわらず、警察はと断定。警察によると、現場に争った形跡がなく、自分でもできる縛り方だったという理由から自殺と判断した。首吊りの紐をほどかないよう、自分で縛ったものとされている。近所の住民も物音を聞いていない。

C、Dのバイク仲間で暴走族「風(KAZE)」のメンバーだった。事件前年までDの父親が経営していた土建会社でDと一緒に働いていたが、死亡時は三重県鳥羽市の旅館従業員をしていた。

他の死亡者との関係
  • C(無職):暴走族仲間
  • D(土木作業員):暴走族仲間、かつてD父の会社で同僚

予定の日に帰らず・・・

職場には「友達の葬式に出る」という名目で2日間の休暇を取り、Dが自殺した2日後の6月12日に熊取町へ戻ったが、葬儀には間に合わなかった。それから友人宅を泊まり歩いていたが5日後に自殺した。

Eもこの自殺騒動の半年前、「白い車」を目撃していた。15日にDの母親と電話で話した時、「俺とDは見た」と答えたという。

熊取町に戻った13日昼に、職場に「明日帰る」と電話をしていたが、帰らなかった。勤めていた旅館の支配人によれば、勤務態度はまじめで服装もきちんとしており、ヤンキー風のところは全然見られなかったそうだ。

16日昼、半年ぶりに会ったかつての恋人に「近く結婚する」という話を聞かされ、その直後から「ロープはないか」と自殺する素振りを見せていたという話がある。これを自殺の理由と考えることもできるが、「あくまで冗談ぽく言っていた」と周りは証言している。

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【6月25日】死者6:地方公務員・F(22歳)

大阪府熊取町7人連続怪死事件
Fが首を吊った栗の木(事件後切り倒された)

6月25日、熊取町在住の岸和田市職員・F(22歳)が首を吊って死んでいるのが発見された。Eの死からは8日経っていた。場所は熊取町と隣接する貝塚市との境にある山林で、ロープの代わりにピンク色のワイシャツを紐状にしていた。

紐状のワイシャツを掛けた栗の木の枝は高い位置にあり、到底手の届く場所ではなかった。だが警察はFの死を自殺と断定。地元では納得できない人も多かったという。

Fの仕事は粗大ごみの担当で、無断欠勤もなく真面目な好青年だったと同僚は言う。マラソンが趣味で市役所の陸上サークルに所属していた。当日も普段通り、弁当を持って自宅を出ている。

Fは暴走族「風(KAZE)」とのかかわりはなく、連続不審死した他の6人の誰とも交流はなかった。

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【7月2日】死者7:女子大生・G子(19歳)

大阪府熊取町7人連続怪死事件
G子の死亡現場

Fが死んで1週間後の7月2日午後8時40分頃、女子大生・G子(19歳)が下宿近くの町営グラウンド脇で血まみれで発見される。発見時、グラウンド横の側溝に倒れ込んでおり、近くに落ちていた果物ナイフで刺されたものとみられた。

発見直後はまだ息があり、しきりに「違う、違う」と訴えていたという。病院へ緊急搬送されたが、日付の変わった3日午前2時10分、出血多量で死亡した。

左胸の致命傷の他に、首筋にためらい傷が残されていたことから、警察は自殺と判断している。しかし、発見場所は住宅地のなかにあり、見通しもよく人通りも多かった。自殺に適した場所とは言い難い場所だった。

大阪に来て3か月で…

G子は鳥取県米子市出身で、事件のあった年の4月から熊取町内にある大阪体育大学に通い、陸上競技に励んでいた。異性関係はなく、寮での新生活でもトラブルはなかった。

当日の夕方にはスーパーで買い物している姿を友人が目撃している。友人によると、彼女は普段通りで、変わったところはなかったそうで、やはり自殺する動機は見あたらない。

G子は2日前、1000m走の自己新記録を出して大喜びしていた。また、8月には鳥取に帰省する予定で、テレビ番組「北の国から」「大相撲ヨーロッパ巡業」の録画を実家に電話で頼んでいた。

そんな事情から自殺するとは考えづらく、彼女の父親は、「殺されたんじゃないかと思う」と娘の死が自殺であることを否定している。彼女は生前、怯えた様子でしきりに「黒い車に追われている」と友人にもらしていたという。

G子も暴走族メンバーや岸和田市職員・Fなど、他の連続不審死の6人とはまったくかかわりがない。

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連続怪死の真相ー2つの説

熊取町は面積17.24km2、人口4万3千人ほどの町である。この小さな町に連続怪死事件だけでなく、もうひとつ有名な事件がある。
2003年5月20日、世間を騒がせた吉川友梨さん行方不明事件である。友梨さんは家まであと400m地点で失踪しており、こちらも未解決となっている。

連続怪死事件については真相とされる2つの説がある。

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1.原発がらみの陰謀説

京都大学原子炉実験所
京都大学原子炉実験所

熊取町には京都大学原子炉実験所がある。原子力の研究機関でありながら、当時のここの6人の学者たちは通称「熊取六人衆」と呼ばれ、脱原発を唱え続けた。

六人衆の1人は「脱原発を唱える者は出世コースから弾かれるのが常だった」と語る。また別の人は「講演に行けば、電力会社の人間と思しき人達が尾行して電車に乗って来ることも珍しくなかった。」とも語っている。

不審死した数人が「白い車に追われていた」という話となんか似てますね

1991年から1992年の初め、同実験所は ”存続か、廃止か” で揉めていた。そして同時期、愛媛県で伊方原発の誘致を巡って、”賛成か、反対か” で日本初の原発裁判の「伊方原発裁判」があり、その最高裁判決が出る予定だった。この裁判に「熊取六人衆」が反対の立場で関わっていたという。

熊取町の怪死事件は、このタイミングで起きた。裁判は結局、1992年10月に原発賛成派が勝った
京都大学原子炉実験所が存続を決定したのは、何と7人目のG子さんが亡くなった直後だったのである。そしてこれ以降、怪死者は出ていない

もしこの説が正しいのだとしたら、「警察もグル」という可能性も出てくる。

結局どういうことかというと、「熊取六人衆」を含めた原発反対派に対して「よけいなことをするな」「おとなしくしてろ」という”脅し”ですね。最初の2人が連続して事故死したのを利用して、「若者が次々死んでいく」という恐怖を演出したのだとすると大成功です。

 
”若者が何人も連続して死ぬ”という衝撃的なニュースで、「世間の目を原発からそらす効果」があったとも指摘されています。

 

本当だったら怖いですね。原発推進のために無関係の若者5人が死んだのでしょうか?
都市伝説であってほしいです。

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2.「自殺の連鎖」説

有名人が自殺した時に、よく ”後追い自殺” が問題になる。この現象のことをウェルテル効果というが、この熊取町連続怪死事件もこれと似たような現象ではないかという説がある。

ウェルテル効果というのは「著名人の自殺が報道されることにより、連鎖的に自殺者が増える現象」のこと。人気芸能人が自殺したあとによくニュースになりますね。

日本でも1986年、人気絶頂だったアイドルの岡田有希子さんが自殺しました。そしてその報道後、全国で若者を中心に100人以上も後追い自殺しています。この件は、国会で取り上げたほどの社会問題となりました。

 

「ウェルテル効果」という言葉自体、はゲーテの「若きウェルテルの悩み」が群発自殺を引き起こしたことに由来するそうです。

ウェルテル効果の特徴としては、以下の3点がある。

  1. 特に影響を受けるのは、自殺者と類似の属性を持つ人々である
  2. 架空の人物や一般人と比べて実在の有名人物の自殺がより強い影響を持つ
  3. 自殺の方法が情報の受け手に影響を与える

熊取町の事件では「有名人」は出てこないが、事件が大きく報道されたことで ”事件自体が有名” になってしまった。こうなってくると有名人が自殺するのと同じような効果があるかもしれない。

そう考えると上記の3つすべてがあてはまるのだ。

  1. 自殺者と類似の属性 → 20前後の若者ばかり
  2. 実在の有名人物の自殺 → 有名人ではないが、”実在の有名事件”
  3. 自殺の方法 → 5人のうち4人が首吊り

陰謀などではなく、単に心理的な現象という説である。
ごく身近で毎週ひとり自殺する状況。心に多少の闇をかかえた若者なら、影響されるかもしれない。そして警察は、当然こちらの説を主張している。

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