「長野・立てこもり殺人事件」の概要
2023年5月25日午後4時25分頃、長野県中野市で立てこもり事件が発生した。犯人の青木政憲(31歳)は女性を刃物で切り付けて殺害、駆け付けた警察官2人にも猟銃を発砲して死亡させた。
その後、青木は自宅に立てこもっていたが、夜になって家から母親と親族女性が逃げ出し、警察が保護。5月26日朝、青木は家から出てきたところを警察に逮捕された。怪我をして救助されていなかった女性も死亡が確認され、この事件の死者は4人になった。
事件データ
犯人 | 青木政憲(31歳) (中野市議会議長・青木正道の息子) |
犯行種別 | 殺人事件 |
犯行日 | 2023年5月25日 |
犯行場所 | 長野県中野市江部1011-1 (中野市議会議長・青木正道の自宅) |
被害者数 | 4人死亡(警官2人、一般女性2人) |
判決 | 2023年11月16日、殺人罪で起訴 |
動機 | 女性らに悪口言われたと思った 警官に射殺されると思って撃った |
キーワード | 立てこもり |
事件の経緯
2023年5月25日午後4時25分頃、長野県中野市江部で「男が女性を刺した」と110番通報があった。
犯行の様子を目撃したという男性(72歳)によると、午後4時過ぎ、妻と2人で畑仕事をしていると村上幸枝さん(66歳)が「助けて」と言いながら走ってきたという。村上さんの後ろからは、刃渡り30cmのサバイバルナイフを持った迷彩服姿の青木政憲(31歳)が追いかけてきて、村上さんに追いつくと背中を刺した。さらに、村上さんがあおむけに倒れると上から胸を刺した。
この男性が「なんでこんなひどいことをするのか?」と聞くと、青木は「殺したいから殺してやった」などと答えたという。青木は息も切れておらず、落ち着いた様子で現場を歩いて離れた。
青木は村上さんを刺す前に、すでにもう1人の女性、竹内靖子さん(70歳)を刺して負傷させていた。村上さんと竹内さんは友人で、この付近を毎日一緒に散歩していたという。
男性が警察に通報をしてパトカーが駆けつけると、再び青木が猟銃のようなものを持って現れた。青木はパトカーの運転席の窓ガラスに銃口をあて、運転席の池内卓夫巡査部長(61歳)に向けて発砲。それからパトカーの後ろから助手席側に回り込み、助手席の玉井良樹警部補(46歳)に向けて撃ち、さらに逃げようとする玉井警部補をナイフで刺した。
その後、青木は北の方角へ逃げた。2人の警察官は、「刃物による犯行」との通報だったことから、防弾チョッキを身につけておらず、拳銃も装備していなかった。
近くにいた男性は、警察官に発砲した時の青木の表情が、笑顔だったように見えたという。
警察官2人と村上さんは病院に搬送されたが、死亡が確認された。玉井警部補は刺された傷が致命傷だった。中野市危機管理課は、午後5時頃に市内全域を対象に防災行政無線で、市民に屋外に出ないよう呼びかけた。
- 中野警察署 警部補・玉井良樹さん(46歳)
- 中野警察署 巡査部長・池内卓夫さん(61歳)
犯人は中野市議会・青木議長の息子
犯人の青木政憲は、中野市議会議長・青木正道氏の息子である。近隣の女性は、パトカーのサイレンの音とともに警察官が走って行くのを見て外に出ると、上下迷彩服で赤いジャケットを着た青木が猟銃を持ち、飼い犬の紀州犬を連れて自宅から出て来たという。
男女の警察官2人が少し離れた場所から「銃を下ろしてください」と説得に当たると、青木は自宅に戻り、その後、大勢の警察官が家を取り囲んだ。この家は中野市議会議長(青木正道氏)の自宅で、息子である青木もこの家に住んでいた。青木は家の中をうろうろと歩き回っていたが、その後カーテンが閉められ、中の様子はわからなくなった。
現場は長野電鉄・信州中野駅から西に約2kmに位置する、田畑の広がる住宅地。青木正道議長はこの地域で代々続く果樹園の経営者で、リンゴや桃、シャインマスカットなどを栽培している。果樹園の近代化にも積極的で、自ら会社を興して地元の農家支援もしていた。地元でとれた果物を使ったジェラート店を軽井沢などで経営するやり手でもある。
自宅に立てこもり
被害に遭った竹内さんはこの家のそばで倒れていたが、青木が銃を撃ってくる恐れがあるため近寄ることもできず、重篤な状態のまま放置せざるを得ない状況だった。猟銃は射程距離が数百メートルで、殺傷能力も高いといわれている。
一方、家の中には青木以外に母親と伯母(60歳)がいたが、拘束されているわけではなかった。母親は、「一緒に警察に行こう」と何度も説得を試みるも、青木は「出頭すれば死刑になる。絞首刑は一気に死ねないから嫌だ」などと拒んだ。
現場付近では午後7時台に1回、8時台にも1回、銃の発砲音が確認されているが、これは青木が銃で自殺しようとして失敗した音だった。午後8時35分頃、母親は「自殺を手伝う」ふりをして青木から猟銃を取り上げた。そしてそのまま、警察に状況を伝えようと家の外へ駆けだし、警察に保護された。
その後、26日午前0時10分頃には、青木に出ていくよう促された伯母も、家から出て無事に保護されている。(2人に目立った外傷はなかった)こうして、家にいるのは青木政憲ひとりとなった。
青木政憲を逮捕
長野県警は警視庁に要請し、現場には捜査一課特殊班「SIT」が派遣されていた。
- SIT(捜査一課特殊班):立てこもり事件や誘拐事件などの現場に急行して犯人を説得し、生きたまま確保したうえ、人質を救出することを目的としている。
明け方頃、途方に暮れた青木は、父親の正道さんに電話をかけた。父親から、「警察に行くしかない」と言われた青木は、通話を終えてすぐの午前4時37分、玄関から出てきたところを長野県警に身柄を確保された。
救助されていなかった竹内さんは、午前4時54分に死亡が確認され、事件の死者は警察官2人と女性2人の4人になった。長野県警は26日朝、殺人容疑で青木を逮捕した。青木は「撃って殺したのは間違いない」と犯行を認めた。
女性2人を殺害した動機については「2人が話をしながら散歩しているときに『独りぼっち』と自分を馬鹿にしていると思った」と供述。その後の取り調べで、前から襲おうと考えていたことも明かした。
警察官2人を撃ったことには、「駆け付けた警察官に射殺されると思って撃った」と話している。
青木政憲の生い立ち
青木政憲は、中野市議会議長の・青木正道氏の長男として出生。地元の中野市立平野小学校に通っていた当時は、やんちゃで活発な少年だったという。野球好きで、卒業文集には『将来の夢は野球選手』と書いている。
中学時代は野球部に所属し、ポジションはキャッチャーだった。レギュラーで試合に出ていた時期もあったが、3年生になってポジション争いに敗れた。レギュラー落ちした青木は、それからは練習に参加しなくなった。当時の仲間は「同じポジションにもう1人うまいやつがいて、しのぎを削ってたんです。もしかしたらプライドが高く、悔しくて部活に来なくなったのかもしれません。キャッチャーに大事なのは肩力と声出しだったり、コミュニケーションなんですが、政憲は練習でも声を出す方じゃなかった」と振り返る。
中学の卒業文集には、青木は皮肉なことに『一番大切なのは命』と書いていた。
この世の中で最も大切なのは「命」だと思います。では二番目は何かと問われたら私は間違いなく「金」と答えるでしょう。なぜなら、貨幣経済(貨幣をなかだちとして生産物の交換が行われる経済。)において金の無い者は生きていけないからであります
活発さが失われ…
高校生までは活発だった青木だが、大学で人間関係のトラブルから中退。実家に戻った青木は、別人のように暗い性格になり、自宅にひきこもるようになった。近所の人は「おとなしい子だった」と口をそろえる。田植えの時期などでも作業が終わるとさっさと帰ってしまい、皆でお茶を飲んで話すこともなかったという。
青木家は13代続く農家で、普段は父親と一緒に農業に従事していた。青木は実家住まいで、両親と伯母の4人で暮らしていた。猟銃や空気銃の所持許可を得て4丁所持しているが、これは仕事のためではなく、趣味のためだったと思われる。青木はサバイバルゲームが趣味だったという。
外で出会ってもあいさつなどはせず、それどころか機嫌が悪いと意味不明なことを言いながら「こら、おい」とか叫んで近所をうろつくので、みんな避けていたという。
ひきこもり状態だった
2019年には、父親と自社生産の完熟果実を加工販売するジェラート店「Gelateria Frutti(ジェラテリア・フルッティ)」を長野と旧軽井沢に開店。青木は店長を務めていたそうだが、店の近所に住む人によると、(店で)見かけることはほとんどなかったとのこと。
青木は、ほかにも農園「マサノリ園」を母親と運営していたともいわれるが、近隣からは「ひきこもり状態」との話も出ていて、親子喧嘩が絶えなかったという。
青木家をよく知る人物によると、以前、青木が何か新しい事業を始めたいと、自宅を担保に300万円ほど借りたことがあった。しかし事業は失敗、家庭内がギクシャクしてしまったそうである。
2022年11月29日付の不動産登記簿で、地元の金融機関から抵当権設定により300万円の融資が確認されている。
裁判
検察は2023年8月9日、逮捕された青木政憲の「鑑定留置」を開始。3ヶ月にわたり、精神鑑定を行った結果、検察は2023年11月16日に「刑事責任は問える」と判断し、青木を殺人の罪で起訴した。