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大阪此花区パチンコ店放火殺人事件|犯行は幻聴の女のせい!?

高見素直日本の凶悪事件
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大阪此花区パチンコ店放火殺人事件

2009年7月5日、大阪市此花区のパチンコ店が放火され、5人が死亡する事件が起きた。
翌日になってひとりの男が自首をする。男の名前は高見素直、彼は覚せい剤精神病による幻聴があり、犯行はその幻聴の女「みひ」のせいだと主張した。
しかし裁判では、死刑判決が下されるのだった。

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事件データ

犯人高見素直すなお(当時41歳)
事件種別放火殺人事件
発生日2009年7月5日
場所大阪市此花区四貫島1丁目
被害者数5人死亡
判決死刑(大阪拘置所に収監中)
動機幻聴の女に復讐
キーワード幻聴・覚せい剤
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事件の経緯

大阪パチンコ放火

2009年7月5日午後4時10分頃、大阪市でパチンコ店が放火される事件が発生した。
場所は、阪神千鳥橋駅南側繁華街にある雑居ビル「児島建設ビル」1階パチンコ店「cross-ニコニコ」。

通報を受けた消防隊が到着した時、すでに出入り口から炎と黒煙が噴き出していた。ビルの2階以上には学習塾や診療所が入居。当時は3階と5階に30数人がいた。このうち塾の生徒1人が軽いけがをしている。また、屋上に避難した6人は無事救助された。

懸命の消火作業の結果、火は約25分後にほぼ消し止められたが、店内はほとんど全焼した。焼け跡から、客3人(女性2人、男性1人)、従業員女性1人の計4人が焼死体で発見、19人が重軽傷を負った。
死亡したのは此花区伝法の中間憲一郎さん(69)、此花区梅香の後藤春子さん(72)、此花区春日出南の高巣ヤエノさん(62)の客3人と、店で働いていた福島区福島の派遣社員・延原麻衣さん(20)と発表された。
死亡した4人は店内の別々の場所で発見されており、煙に巻かれて逃げ遅れたらしい。なお、店にスプリンクラーは設置されていなかった。

従業員や客の証言では、30歳ぐらいのやせ形の男が店内でガソリンとみられる液体をまいて放火し、逃走するのを目撃していた。
客のひとりは「男がパチンコをしていた女性客の足元付近に容器の液体をかけ、燃え上がったらしい」と話した。大阪府警捜査1課は現住建造物等放火殺人殺人未遂の疑いで此花署に捜査本部を設置し、男の行方を追った。

店には約140台のパチンコ台と約40台のスロット台が置かれ、出火当時、客と店員約100人がいた。出入り口は3カ所あり、このうち大通りに面した南東側の出入り口付近が激しく燃えていたことから、ここが火元とみられた。ここから男が入ってきてガソリンをまき、火を付けて逃走した。ガソリンを入れていたとみられる青っぽいバケツの一部が現場に焼け残っていた。

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逮捕

事件発生の翌日7月6日に、山口県警岩国警察署にひとりの男が出頭した。この男は高見素直(当時41歳)といい、犯行を自供したため逮捕された。

高見は、大阪を離れた理由について、「救急車や消防車の音が気になり、自宅にいても落ち着かないので、とりあえず西に向かうことにした。防犯カメラに写っているから、いずれ捕まることはわかっていた。そうなれば死刑になり、2度と社会に戻れないので、気持ちを整理する時間がほしかった。翌日、岩国まで行って満足できたので、そこで自首した」と述べている。

そして彼は、「幻聴の声に復讐するため」などという、意味のわからない動機を説明した。高見には、消費者金融からの借入れが数百万円あり、「返済できずに人生に嫌気がさした」とも供述している。

なお、この時点では死亡したのは4人だったが、約1か月後の8月7日、重症者のひとりが死亡して死者は5人になった。

 

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犯人・高見素直について

高見素直

高見素直は小学生の頃、広島市安佐北区の住宅街に引っ越してきた。
広島県三原市の工業高校を卒業したあと、職に就くも短期間で転職をくり返している。

高見は、1991年頃から覚せい剤の使用を始め、半年ほどで覚せい剤取締法違反で逮捕された。逮捕後、拘置所内のシミが揺れたり、人にのぞかれているような感覚を持つようになる。
1992年1月、懲役1年2か月(執行猶予3年)の判決を受け、これ以降覚せい剤を使用していない。裁判後も「誰かに見られている、笑われている」といった感覚や、「暴力団に追われている」という妄想に支配された。高見は、暴力団から逃れようと北海道に行き、指を切り落としたり、自殺を図るなどしている。

1992年2月~4月までH病院に入院し、覚せい剤精神病と診断されて治療を受けた。その結果、暴力団から追われているという感覚はなくなったが、「誰かに見られている、笑われている」といった感覚は残り、それは事件当時まで続いている。

覚せい剤精神病

覚せい剤の使用を2~3か月続けると、統合失調症の幻覚・妄想と区別できない精神病症状が発現する。一度発現してしまうと、その後は再燃の度に発現しやすくなり、治まりにくくなる。

退院後、福岡県に移り住み、溶接工を約1年、ダンプカーの運転手を4年9か月ほど勤めた。この間に結婚し、2人の子どもをもうけた。

1998年頃、妻から収入増加を要望され、長距離トラックの運転手に転職したが、この仕事は厳しい勤務態勢だった。転職して1~2か月たった頃、高速道路を運転中に、突然頭の中で女性の声が聞こえる。
この声の主は「みひ」と名乗り、「マーク」という集団に属しているという。「みひ」は最初の2~3日間は「左手を使うな」と指示してきた。しかし高見が無視していると、10日間ほどでほとんど聞こえなくなった。
このころから高見は、身体の不調や車の不調は「みひ」の嫌がらせ、と思い込むようになった。

2001年5月、高見は、高速道路のサービスエリアで他人の乗用車にドライバーで傷をつけ、器物損壊で罰金5万円の略式命令を受けている。彼は2、3日前から背中が痛かったのを「みひ」の嫌がらせと思い込み、「みひ」や片棒を担いでいる世間の人に復讐したいという気持ちでやったという。
この犯行により、高見は勤務先を解雇され、同年7月に離婚した。

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重なる不運

その後、高見はフォークリフトの運転やタクシーの運転の仕事をしたが、短期間で転職をくりかえしている。最初の会社では勤務した部門が廃止、次の2社では会社が事実上倒産、鹿児島の会社では半年で仕事が減るなど、不運が重なったせいもある。このころから、人生に行き詰まったり限界を感じた時は、大きな事件を起こそうと考えるようになった。そうすれば「みひ」の嫌がらせは終わると思っていた。大きな事件とは、「不特定多数の人を殺す」ということである。

高見は2007年3月末頃、鹿児島から大阪市此花区に移り住み、就職する。しかしこの会社も、給料が遅延するなどの不満から2009年4月末に退職、その後求職活動をしていた。この頃、消費者金融に30万円の融資を申し込んだが、すでに数百万円の多重債務を抱えていることがわかり、断られている。

2009年6月末頃、高見は 仕事に関する相次ぐ不運や再就職できないのは「みひ」のせい、自分にまともな生活をさせないための嫌がらせ、と考えていた。そして世間の人はみんな「みひ」の手助けをしていると思い込み、復讐のための無差別殺人を具体的に考えるようになった。
とはいっても、高見は仕事が決まれば事件を起こさないつもりで、友人に仕事の紹介を頼んでいた。しかし、その電話がかかることはなく、2009年7月5日午後2時頃、犯行を決意した。

高見は犯行の翌日に自首しているが、それは「みひ」への復讐のためで、自分の犯行であることを世間に知らしめることが必要、と考えたのだ。大きな事件を起こしたことが世間に知れ渡れば、もう自分に手出しはできないだろうというわけである。
自首でさえも反省や後悔ではなく、自分のための身勝手な計画の一部だったのだ。

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高見と関わってきた人たちの証言

自動車販売会社の元上司
自動車販売会社の元上司

温厚だが、人付き合いが得意ではなさそうだった。営業担当だったが、相手から声をかけられると愛想のいい笑顔をみせていたものの、自分から積極的に話しかけたりはしなかった

広島実家近くの主婦
広島実家近くの主婦

なおくんと呼ばれてかわいがられ、名前の通り素直で優しい子だった

タンクローリー時代の経営者
タンクローリー時代の経営者

仕事ぶりは非常にまじめで、酒もほとんど飲まない。土日の急な仕事でも嫌がらずに引き受けてくれた

同級生の女性
同級生の女性

(社会人になってグループ交際した時)人生をあきらめたような無気力さを感じた

同級生の男性
同級生の男性

どこか陰のある少年で、進んで行動を起こすようなタイプではなかった

同じマンションの女性
同じマンションの女性

マンション内で一日に何度も会うことがあり、何をしているかわからない人だった

裁判:争点は責任能力の有無

高見素直
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一審・大阪地裁

2011年9月6日、裁判員裁判にて初公判が開かれ、高見被告は起訴内容を認めた。高見被告は精神鑑定の結果、統合失調症と診断されていた。そのため責任能力の有無が争点となった。

弁護側は、責任能力がなかったと主張。さらに「絞首刑」は、公務員による残虐な刑罰を禁じる「日本国憲法第36条」に違反するとして、死刑は違憲だと主張した。

9月23日の第7回公判で、高見被告は「当然死刑でいいと思う」と言い、謝罪を求めた遺族に「今さら謝る気もない」と述べた。

第8~10回公判(10月4~6日)では、起訴前に精神鑑定した医師が「統合失調症による妄想により、善悪の判断能力はかなり失われていた」とし、心神耗弱だったとする弁護側の主張に沿う意見を述べた。
一方、公判前に鑑定した医師2人は「覚醒剤使用の後遺症による妄想があったが、自らの判断で犯行におよんだ」と、完全責任能力があったとする検察側の主張に沿う見解を示した。

これ以降、「死刑制度が憲法違反か否かをめぐる審理」が続いたが、この流れに対しある遺族が「犯罪事実と関係ないことで争わないで。償い、責任を取ってもらうため死刑を望む」と訴えた。(第13回公判:10月13日)そして、遺族や被害者ら11人全員が極刑を求めた。

10月17日の論告で検察側は「高見被告は仕事が見つからず生活が行き詰まり、無差別殺人を考えた。動機に妄想的な考えが加わっているが、本質は現実問題に対する八つ当たり」と指摘。「覚せい剤使用の後遺症による妄想があったが、自らの判断で犯行におよんだ」として、完全責任能力があったと主張。

弁護側は「高見被告は妄想上の女性からさまざまな嫌がらせを受け、それを見て見ぬふりをする不特定多数の人を攻撃することで女性に反撃しようと考えた」と反論、心神耗弱を主張した。
高見被告は最終陳述で「法廷は嘘をつかないのが原則なのに、みんな女性の存在を知っていて隠している」などと語り、事件への言及はなかった。(女性=幻聴の女「みひ」)

大阪地裁は、10月31日に死刑判決を言い渡した。これは裁判員裁判としては10例目だった。

判決では、完全責任能力を認定した上で死刑について合憲と判断した。一方で「絞首刑が最善の執行方法といえるかは議論の余地がある」と指摘した。

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控訴審・上告審

控訴審:大阪高裁

判決を不服とした弁護側は、控訴を申し立てた。

しかし2013年7月31日、大阪高裁は第一審の死刑判決を支持し、控訴を棄却した。
裁判所は「犯行時やその前後を通じて特に異常な言動はなく、周囲の状況を正しく認識しながら合理的な行動を取っていた」「妄想はあったが、物事の善悪を判断して行動する能力は著しく減退していなかった」と、高見の刑事責任能力を認めた。

判決を不服として、弁護側は上告している。

上告審:死刑確定

2016年1月19日、弁護側は「被告には、事件当時から現在まで妄想がある」として死刑回避を求めた。検察側は「妄想はあるが、事件への影響は軽微。極刑はやむを得ない。」と述べた。

2月23日、最高裁は「人出が多い日曜日のパチンコ店を狙った、計画的な無差別殺人で、極めて残酷かつ悪質。遺族の処罰感情も峻烈」と5人の裁判官全員一致で上告を棄却した。
このため、高見の死刑が確定した。

また弁護側は、絞首刑は憲法違反であると主張していたが、法廷は「死刑制度が執行方法を含めて合憲なことは判例から明らか」と、これについても退けた。
大阪拘置所管内で、裁判員裁判による死刑判決が確定するのは初となった。

現在、高見は大阪拘置所に収監されている

被害にあったパチンコ店のその後

本事件で放火の被害に遭い、多くの犠牲者と多大な損害を被ったこのパチンコ店は、2年後の2011年7月に風適法違反逮捕されている。
逮捕容疑は、2009年6月、系列店の1店舗が「CR大海物語スペシャル」など12台に ”大当たり確率を変えるICチップ” を不正に取り付けて営業したというもの。

2009年6月といえば、放火殺人事件(2009年7月5日)の直前であるが、「パチンコ店の逮捕」と「放火殺人事件」の関連については言及されていないため、不明である。

2011年7月20日、大阪府警保安課と此花署が、大阪市此花区四貫島のパチンコ店「Ciao(チャオ)」(旧crossニコニコ)など、系列3店舗を風適法違反(遊技機の無承認変更)容疑で家宅捜索し、経営者ら幹部2人を逮捕したと報じた。 

同店は、2009年7月に放火され、遊技客ら5人が犠牲となった店舗。

報道によると、府警は経営者らが収益を上げるため、客数などに応じて大当たりの確率を変えて営業していたとみて調べているという。
逮捕容疑は、2年前の2009年6月、系列店の1店舗が「CR大海物語スペシャル」など12台に大当たり確率を変えるICチップを不正に取り付けて営業していたことで、府警は3店からパチンコ台など計約60台を押収したという。

改造を請け負った男も同容疑で逮捕されており、府警では不正改造を請け負うグループが存在するとみて調べている。

ニュースサイト「MSN産経ニュース」より
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結局は本人の弱さが原因?

そもそもの始まりは、高見が覚せい剤に手を出したことでした。
そのため覚せい剤精神病を患って、「みひ」の幻聴に悩まされるようになったのです。とはいえ、幻聴が始まった1998年以降、10年以上も支障なく日常生活を送っています。転職しながらも仕事を続け、犯行直前にも熱心に求職活動をしています。無差別殺人を漠然と考え始めてからも、仕事の収入があるうちは、犯行を具体的には考えていません。

 

高見は、妄想と現実世界の折り合いを付けながら、うまく生活できていました。犯行直前に久しぶりに聞こえた「みひ」の幻聴、「かわいそうなことしなさんなよ」という声も無視して、計画どおりに周到に準備し、冷静に犯行におよんでいます。

 

裁判でも、「幻聴妄想の影響は多少あったが、結局は自らの判断で犯行におよんだ」と指摘され、問題は高見自身の性格と判断されています。
 
どちらにしても、幻聴が聞こえる状態というのは、すでに異常です。彼の場合、過去に入院・治療を経験していて、病院に行くことに抵抗はなかったでしょう。専門医に診てもらえばこんなことにはならなかったのではないかと思うと残念な気がします。

逆耐性現象

覚せい剤精神病は、早期治療すれば比較的容易に治るが、長期間放置されると幻覚などが慢性化・固定化してしまい、完全に治すのは非常に困難となる。また、早期治療で治った場合でも、覚せい剤の反復使用による脳内の変化は持続しており、ストレスや飲酒等の少しのきっかけで症状が再燃する。これを逆耐性現象という。 (フラッシュバック現象ともいう)

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