太宰府主婦暴行死事件|”すくえた命”を見殺しにした佐賀県警

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山本美幸・岸颯/太宰府主婦暴行死事件 日本の凶悪事件

「太宰府主婦暴行死事件」の概要

2019年10月20日、佐賀県警の怠慢により、ひとりの主婦が死亡した。この主婦は、兄の”いわれのない借金”を無理やり肩代わりさせられ、家族が佐賀県警に11回も相談に訪れていた。しかし、県警は家族が持ち込んだ「脅迫音声」をろくに聞かず、被害届の受理を拒否。その間に、主婦は犯人らと同居を強いられ、連日の暴行により死亡した。

犯人は”中州の女帝”と言われた山本美幸(当時41歳)。美幸はこれまでにも複数の女性をカモにして大金を巻き上げ、ホストクラブで豪遊していた。だが、事件発覚により懲役22年が下され、暴行に加担した岸颯(当時25歳)にも懲役15年が言い渡された。美幸は2022年8月、新型コロナ感染により獄中で死亡している。

事件データ

主犯山本美幸(当時41歳)
判決:懲役22年
2022年8月4日、麓刑務所にて病死
*新型コロナウイルスに感染
共犯岸颯(当時25歳)
判決:懲役15年
共犯田中政樹(当時47歳)
判決:懲役2年(執行猶予4年)
犯行種別殺人事件
犯行日2019年10月20日
犯行場所福岡県太宰府市
被害者数1人死亡
動機金銭を脅し取るため支配下に置き、
暴行を加え続けた
キーワード洗脳、恐喝、ホストクラブ

事件の経緯

太宰府主婦暴行死事件
被害者の兄・亮太さん

本事件は2005年、亮太さん(当時24、25歳)の働く佐賀県基山町の居酒屋に、山本美幸が客として訪れたことから始まる。2人は同じ中学校の出身で、亮太さんは美幸の2年後輩だった。中学当時は顔見知り程度だった2人だが、久しぶりに再会したことで盛り上がり、これを機に親交を深めることとなった。

それから約1年後のこと。居酒屋の同僚が美幸に借金することになり、亮太さんはその保証人になれと迫られた。当初は断っていた亮太さんだが、美幸に押し切られるかたちで保証人にされてしまう。しかし、同僚は失踪してしまい、借金は亮太さんが支払う羽目になった。その額は50万円ほどのはずだったが、さまざまな理由を付けられ、いつしか膨大な金額となった。

恐喝の方程式

田中政樹/太宰府主婦暴行死事件
共犯の田中政樹

亮太さんは返済のため、昼も夜も働かざるを得なくなった。さらに、美幸の知り合いでヤクザの幹部と自称する田中政樹が現れたことで事態は悪化していく。田中に脅されるようになった亮太さんは、言われるがまま広島の造船所などに住み込みで働かされることになった。

給料は美幸の口座に振り込まれ、亮太さんは小遣いとして月1万円~3万円を渡されるのみだった。亮太さんは家族との連絡を禁じられていたが、これは亮太さんが借金を踏み倒して失踪したように見せかけるためだった。美幸らは、亮太さんから法外な金額を取り立てておきながら、亮太さんの家族からも二重取りするつもりだったのだ。

事件後、亮太さんは美幸らに3000万円~4000万円も支払ったと証言している。このような「美幸が仕掛けて田中が脅す」やり方を、田中は ”恐喝の方程式” と呼び、常態化していた。

次の標的は妹の瑠美さん

被害者の高畑瑠美さん/太宰府主婦暴行死事件

2008年頃、美幸は亮太さんの妹である瑠美さん(当時25歳)に接近し、計画通り兄の借金を肩代わりするよう求めた。瑠美さんは兄(亮太さん)と連絡がつかないことから、「借金を踏み倒して失踪した」という美幸の言葉を信じてしまう。瑠美さんは当時交際していた高畑(こうはた)裕さんと結婚するが、瑠美さん夫婦は亮太さん同様、田中に脅されて夫婦で亮太さんの借金を支払うようになった。

借金といっても、それは美幸らのでっちあげ。しかも亮太さんから返済させておきながら、それを知らない妹の瑠美さんからも「払わなければ実家に取り立てに行く」と脅して支払わせるという悪質ぶりだった。

瑠美さん夫婦にはやがて子供も生まれ、金の返済に苦しめられながらも家族はつましく暮らしていた。そんな生活に変化が起こったのは2019年2月~3月頃だった。瑠美さんは美幸に連れられ、ホストクラブに通うようになったのだ。この高額な飲み代は瑠美さんの借金をかさ増しさせていく。

それは瑠美さんの返済能力を超えることとなり、彼女は実家の母親や妹から借金を重ねるようになった。家族思いだった瑠美さんは、”誰かに言わされてるような” これまでとは違う強い口調で母親に金をねだるようになったのだ。

共犯者・岸颯との出会い

共犯の岸颯

一方、美幸は事件の共犯者となる岸颯(つばさ)(当時21歳)と2015年頃に知り合った。その後、岸は太宰府市の美幸のアパートで同居するようになったが、定職に就かずに経済的に美幸に依存する生活を送っていた。そんな岸を、美幸はホストの体験入店などに行かせることもあった。

2人と付き合いのあったバー経営者・Xさんによると、美幸と岸は ”カップル” というよりは、互いを利用し合う間柄に見えたという。岸は生活を美幸に頼っていたが、美幸は美幸でたとえ犯罪であっても意のままに動いてくれる岸を手足のように使っていたのだ。

事件後、岸自身も美幸と恋愛関係にあったことを否定しているが、真偽は定かではない。

佐賀県警は緊急性なしと判断

高畑瑠美さんが同居させられた山本美幸のアパート/太宰府主婦暴行死事件

ある時、瑠美さんは交通事故の示談金として400万円を母親に無心した。母親はこれを支払ったのだが、示談書の住所や名前を調べてみると事故の相手は存在しなかった。また、瑠美さんが仕事を2ヶ月も無断欠勤していることも判明し、家族は瑠美さんの異変を心配するようになる。

そのため、瑠美さんの家族は佐賀県警・鳥栖署に相談に訪れた。しかし、あろうことか担当署員であるA巡査は、家族間のトラブルとして取り合おうとしなかった。家族は、2019年6月から9月にかけて11回も相談に訪れたが、佐賀県警はまったく相手にしなかったという。

そんな瑠美さんを家族から孤立させるべく、美幸は2019年6月頃から実家から離れた市営住宅に家族で引っ越させた。さらに同年8月下旬には、瑠美さんだけ美幸の自宅アパートに同居させ、夫の裕さんとも美幸を介さずには連絡を取れないようにした。ほとんど ”監禁” といっていいこの同居が、瑠美さんにとっては地獄の始まりだった。

瑠美さんの夫・裕さんは長距離トラックのドライバーをしていて、家を空けることが多かったため、美幸に取り込まれやすい環境だった。

瑠美さんは洗脳状態に

無理やり太らされた高畑瑠美さん/大宰府主婦暴行死事件
無理やり太らされた高畑瑠美さん

2019年8月頃、瑠美さんの妹が美幸のアパートを突き止め、瑠美さんに事情を聞こうと待ち伏せた。すると、助手席に美幸を乗せ、美幸の車を運転する瑠美さんが現れた。何が起こっているのか質問する妹に、瑠美さんは「山本(美幸)さんと話して」とうつろな目で答えたという。すっかり洗脳されている瑠美さんは反応も薄く、自分の意志で話せない状態だった。

9月以降、美幸は瑠美さんに高カロリーの食事を強要して体重を急激に増やさせたり、毎日同じ服を着させて風呂にも入らせなかった。また、ホストクラブに行く際にアイシャドウに口紅を使わせるなどの奇抜な化粧をさせたり、ホストに無理やり抱きつかせるという非常識な行動を強いるなどして行動を支配するようになった。

瑠美さんを太らせたのは、肥満した女性に特化した風俗店で働かせて金を巻き上げる目的だったと考えられている。

強要された悪辣な生活のストレスからか、瑠美さんはいびきをかいて熟睡しながら糞尿を漏らすこともあった。だが、美幸らはそれを見て嘲笑していたという。

恐喝の矛先は夫・裕さんに

高畑裕さん・瑠美さん夫妻/太宰府主婦暴行死事件
高畑裕さん・瑠美さん夫妻

瑠美さんを仲間に取り込んだ美幸は、今度は夫の高畑裕さんに圧力をかけていく。田中に暴力団員を名乗らせて脅す手口は従来通りだが、裕さんは美幸らの脅迫に対して恐怖を感じたものの、金を支払うことはなかった。

裕さんは佐賀県警・鳥栖署に出向き、この被害を相談した。だが、担当署員・A巡査は、「家族間のトラブル」として取り合わない。そこで裕さんは田中が電話で脅迫してくる音声を録音し、被害届を提出しようと考えた。しかし、A巡査は録音した音声には「脅迫だと断定する材料がない」として、これを受理しなかったのだ。

録音は約3時間分あったが、A巡査はわずか5分しか聞かず、脅迫とは断定できないと判断。さらに被害届を受理するには「(録音の)どの部分が脅迫でどんな罪か」を文字に起こして持ってくるように求めたという。

瑠美さんに対する虐待

裕さんが支払いに応じないことにイライラしたのか、美幸は2019年9月25日、岸とともに瑠美さんにひどい暴行をしている。この日、美幸は瑠美さんを連れてホストクラブに行ったあと、岸が運転する車で福岡県筑紫野市内の山中に向かった。

美幸は、瑠美さんにホストクラブの飲み代を払わされたことや店内での言動に腹を立てていた。美幸は瑠美さんの髪を引っ張り顔を平手打ちし、岸は付近に落ちていた木の棒をライターであぶり、瑠美さんの足の裏に押し付けた。ほかにも腹を蹴るなどし、暴行は約40分にわたって続けられた。

10月13日には美幸は瑠美さんを脅して65万円、14日には40万円を家族に無心させ、計105万円を脅し取っている。

その後も暴行は続く。10月14日、ホストクラブで強い酒を一気飲みさせられた瑠美さんが ”氷を手づかみで食べた” ことに美幸は腹を立て、「マイクや拳で殴る」「足の甲や太腿を踏み付ける」「腹を蹴る」「割り箸で手の甲を刺す」などの暴行を加えた。その帰りの車内では、折った割り箸の尖った部分を岸が瑠美さんの太ももに服の上から思い切り突き刺した。帰宅してからも瑠美さんは暴行を受けたとされている。

10月16日午前5時半頃には、岸から「瑠美さんの尻を木刀で何度も殴った」という内容のLINEメッセージが美幸の息子に届いたという。

瑠美さん死亡でやっと事件化

太宰府主婦暴行死事件
遺体発見現場となったインターネットカフェの駐車場

10月18日、「ホストクラブにて瑠美さんがホストに抱きついた」ことへの制裁で、美幸(当時41歳)は瑠美さん(当時36歳)の腹を蹴った。このような店内での虐待を目の当たりにしても、ホストやスタッフは、美幸が暴力団と関係があると思っていたので見て見ぬふりをしていた。

帰宅後も、翌19日までの間に岸(当時25歳)は瑠美さんの尻を木刀で何度も殴った。こうした連日の凄惨な暴行により、瑠美さんは生命を維持するのが困難なほどに衰弱していく。

そして10月20日午前3時過ぎ、美幸がホスト3人を引き連れてXさんが経営するバーで飲んでいると、美幸の携帯に岸から着信があった。その内容は「瑠美さんが息していない」というもの。これを聞いた美幸はかなり動揺してしまう。見かねたXさんが電話を代わると、岸は淡々と「話しかけても反応ないから寝てるのかと思ったら、息してないんすよ」と説明した。

この電話のあと、美幸とXさんは店の近くの駐車場で岸と合流。岸の運転する車の後部座先には、すでに息絶えた瑠美さんが乗っていたが、美幸は110番も119番もしようとはしなかった。美幸と10年来の知人であるXさんは、巻き込まれたくはなかったものの、美幸に懇願されて午前5時頃、一緒に車に乗り込んだ。瑠美さんの足は、岸が木刀で叩いたり美幸がバタフライナイフで刺した際のアザのため、黒い斑点だらけだった。

Xさんはこの時、”のちに自身の身の潔白を証明するため” 車内での会話を録音していた。

車を発車させると、美幸は田中に電話をかけ、「死んでいることに気づいていなかったことにしよう」などと口裏合わせを進めていた。遺体を埋める案も出たが、美幸は反対した。結局、太宰府のインターネットカフェの駐車場で口裏合わせをしたのち、その場で119番通報。瑠美さんは、搬送された病院で死亡が確認された。死因は下半身打撲による外傷性ショックであった。

美幸は翌10月21日に、死体遺棄の疑いで岸、田中とともに逮捕された。その後、傷害致死や死体遺棄などの罪でそれぞれ起訴されることとなった。

山本美幸の生い立ち・前歴

山本美幸/大宰府主婦暴行死事件
中学時代の山本美幸

山本美幸は佐賀県基山町出身で、父親はヤクザの幹部をしていたという。気性の荒い人で、悪いことをした時は叩くなど厳しい一面もあったが、美幸を手塩にかけて大事に育てた。そんな父親に美幸もよく甘えていて、かなりのお父さんっ子だった。

美幸は中学時代からいわゆる ”スケバン” だったが、仲間とつるむようなことはなく一匹狼だったという。同級生によると、”ヤクザ” という言葉を多用することで自分を強く見せ、嘘ばかりつく「変な人」だったという。そのせいか友だちはおらず、いつもひとりで校舎の裏でタバコやシンナーを吸っていた。

ある時、美幸が親に黙って家の金を抜き出していたことがあった。理由は同級生数十人から金を巻き上げられていたためだったが、父親はその同級生と親を呼びつけて怒鳴り散らしたという。

中学卒業後は美容系の学校に進学し、一人暮らしを始めるもすぐに退学。たまに地元に帰ってきても、実家に帰って来ることはほとんどなかった。しかしある時、めずらしく実家に顔を出したかと思ったら「お腹に赤ちゃんがいる」という。相手は田中涼二という男で、のちに別の凶悪犯罪で逮捕されている。

その後、無事男の子を出産するが、2カ月もすると美幸は家に帰ってこなくなった。夫の田中涼二も1年ほどは美幸の実家で息子の世話をしていたが、ある日外出したまま帰らなかった。息子は美幸の両親が育てて大人になっている。

母親によると、美幸には両親の誕生日に花束を贈るような優しい一面もあったという。

女帝と呼ばれた中州時代

山本美幸/大宰府主婦暴行死事件
脅し取った金で豪遊する山本美幸

美幸は “女帝” さながらに福岡県・中洲の繁華街で取り巻きを連れて豪遊していた。父親がヤクザであることを武器に周囲を怖がらせ、強い酒をホストにガンガン飲ませて楽しむような遊び方だったという。ホスト達は内心恐れながらも、金を落とす上客である美幸にへつらうしかなかった。

しかし、バー経営者のXさんは、美幸の栄華は ”虚栄” だったことを話す。周りからの称賛を異常なほど求める美幸は、自分の ”すごさ” をSNSに投稿してくれるよう、Xさんに頼むこともあった。また、美幸も岸もシャネルなどの高級ブランド品を身に着けていたが、すべて偽物だったという。

美幸の傍らには、常に訳ありの女性がいたという。彼女らは、”ホスト狂いの借金のため、風俗で働いている” ような女性だった。美幸はそうした弱みを持つ女性を見つけては「家族に風俗のことを言う」などと脅し、恐喝で得た金で豪遊していたのだ。

もうひとりの被害者?

酒井美奈子さん/大宰府主婦暴行死事件
殺されたも同然の酒井美奈子さん

そんな女性たちの中に、2017年に病死したとされる酒井美奈子さんがいる。美奈子さんは病院の受付で働いていたが、美幸が辞めさせた。そして美奈子さんのアパートに転がり込み、生活を支配していった。彼女は奴隷のように扱われ、自由に動いていいのはリビングの一角のみ、風呂・トイレも制限された。

美幸は美奈子さんにヒラヒラのワンピースを着せてホストクラブに連れて行き、料金を立て替えることで “借金” を作らせた。彼女は「親方」と呼ばれるほど異常に太っていたが、それは美幸らに無理やり食べさせられていたからである。美幸には「120kgまで太らせ、デブ専門の風俗店で働かせる」という目的があったのだ。

美奈子さんには不整脈があり、「体重を落とさないと死ぬ」と医者から言われていたにもかかわらず、美幸はなおも大量の炭水化物を食べさせ、美奈子さんは心不全で亡くなった。死亡する2週間ほど前、美奈子さんは岸と婚姻関係を結ばされ、保険もかけられていた。彼女の死後、中州で豪遊する美幸らが見られているが、戸籍上の夫である岸に多額の保険金が入ったためとみられている。

美奈子さんの死後も、美幸が美奈子さんになりすまし、岸が家賃を払い続けてふたりはアパートに住み続けたという。

美幸らは美奈子さんにやっていた虐待を、瑠美さんにもしていた。ただ、瑠美さんが死んだ際、岸が「まだ保険金をかけていなかったのに」と言ったことが判明しており、瑠美さんは彼らの予想より早く亡くなったと思われる。
また、美幸も「美奈子の時はあざがなかったから良かった」と発言している。実際、美奈子さんは病死として処理されていて、事件化していない。

美幸の元夫は凶悪殺人犯・田中涼二

田中涼二/太宰府主婦暴行死事件主犯・山本美幸の元夫
山本美幸の元夫・田中涼二

本事件で美幸が逮捕されたあと、元夫の田中涼二(当時41歳)がテレビのインタビューに応えた。その際、本事件の20年前には美幸と共謀した恐喝事件について話している。

美幸と共謀した恐喝事件

山本美幸/太宰府主婦暴行死事件

美幸と夫婦だった頃、金に困窮した2人は、美幸の元交際相手から金を脅し取ることを思いついた。美幸は「金を貸している」と言いがかりをつけ、借りてないと言う元交際相手にヤクザ役の田中政樹が脅しをかけるのだ。田中涼二も美幸らに言われるがまま暴行を加えた。

美幸もシガーライターを相手の体に押し付けたり、カッターナイフで爪を剥ぎ取るなどの熾烈な暴行を加えている。その際、美幸はヘラヘラ笑いながら被害者に「これ、楽しいもんね。もう1枚取る?まだ払わん?じゃあもう1枚」と言って楽しんでる様子だったという。

結局、半年にわたって元交際相手ら3人を監禁し、数百万円を脅し取った。この事件で2人は有罪判決を受けている。

別の殺人事件で無期懲役

美幸の元夫・田中涼二は、別の殺人事件無期懲役が確定している。彼は2021年1月から2月にかけて飯塚市の団地などで養子で小学3年生の大翔(ひろと)くん(当時9歳)に暴行を加えて死亡させた。さらに10日後、心中するために実子の蓮翔(れんと)ちゃん(当時3歳)と姫奈(ひな)ちゃん(当時2歳)を上鹿児島市のホテルで絞殺した。

田中涼二は美幸と婚姻関係にあった10代に、ヤクザの幹部だった美幸の父親に誘われ、九州の指定暴力団に入った。美幸は息子を産んで2か月後に失踪したことから婚姻関係は解消したが、田中はその後も3度結婚している。殺害した3人のうち、実子の2人は2020年末に結婚(4度目)した女性との間にできた子どもで、もうひとりはこの女性の連れ子である。

女性は田中涼二のDVに耐え兼ねて家を逃げ出し、2020年12月に離婚している。それからというもの、ひとりで子供3人の面倒を見ていた田中涼二だが、育児のストレスから大翔くんを暴行死させてしまい、心中する目的で実子2人の首を絞めた。

裁判では2023年9月12日付の決定で、最高裁が被告側の上告を棄却。一審・二審の無期懲役が確定した。

山本美幸が獄中死

山本美幸/太宰府市主婦暴行死事件

2022年8月4日、山本美幸受刑者は服役していた麓刑務所(佐賀県鳥栖市)で、新型コロナウイルス感染による体調の悪化で死亡した。(43歳没)

8月3日午後7時40分頃、巡回中の職員が単独室で意識もうろうとして横になっている美幸受刑者を発見。外部の医療機関に搬送されたが、8月4日午後8時10分に死亡が確認された。

麓刑務所ではこのころ、40代の女性受刑者3人の新型コロナウイルス感染が確認されており、そのうちの1人が美幸受刑者だった。

息子も同類?

美幸と夫が育児放棄したせいで祖母に育てられた息子だが、いわゆる ”良い子” に育ったとは言い難い。事件当時20代だった息子が、岸と交わしたLINEのやり取りを見ると、瑠美さんの暴行被害を知っていたことがうかがえる。

岸から暴行の様子を知らされた息子は、たしなめたり止めたりするどころか、面白がっているのだ。息子は事件には一切関わっていないが、LINEの文面からはさらなる暴行を望んでいるようにも感じる。

LINEのやり取り
  • 息子「生きとる?」
  • 岸颯「左ひざの皿くだいた」
  • 息子「まじかよ爆笑」
  • 岸颯「うい」
  • 息子「写メないの?笑笑」「どうやってやったの?踏んだの?」
  • 岸颯「そだよ」
  • 息子「相当痛かろ?歩けんのやない?」
  • 岸颯「ぷにぷにしてる、知らん、たぶん無理かもね」
  • 息子「泣き叫んでない?」
  • 岸颯「口にガムテープとタオル巻いて紐で手縛ってたから悶絶してた」「うごーっても言っていた」
  • 息子「会った時叩いてたやろ爆笑」
  • 岸颯「やってみ、左ひざだから叩きやすいよ」
  • 息子「次は肘にしよう」
  • 岸颯「次は肘やけん」
  • 息子「俺、絶対耐えれんわ爆笑」
  • 岸颯「たぶん死ぬよ」「青あざを通りこして血が滲み、汁が出る」
  • 息子「ただれてる笑笑」「生き地獄か」
  • 岸颯「これがまさに、生き地獄」

批判の的となった佐賀県警の対応

佐賀県警・杉内由美子本部長/大宰府主婦暴行死事件
佐賀県警・杉内由美子本部長

2019年6月から11回にわたって、瑠美さんの家族は「瑠美さんの異変」や「山本美幸から金を要求されている」ことを鳥栖警察署に相談していた。しかし、警察は「家族間のトラブル」などとして、具体的な捜査は行わなかったという。

対応したA巡査が作成した報告書には、遺族の訴えている内容がくわしく書かれていなかった。そのため、組織として「緊急性がある事案と判断できなかった」のだという。

高畑裕さん(瑠美さんの夫)が、田中政樹の脅迫電話を録音して被害届を提出しようとした際も、A巡査は3時間ある電話音声のうち5分程度しか聞かなかった。そして「脅迫と断定できない」と言い、被害届を出したいなら「脅迫の文言が(録音の)何分にどういうふうに言ったのか、分かりやすいようにして持ってきてくれ」と ”文字起こし” するように言ったという。

裕さんが「素人にわかるわけがない」と言うと、「インターネットで調べれば、罪の成立要件はわかる」とA巡査に言われたと主張している。だが、A巡査は事件後、「警察が行う業務を説明したつもりで、遺族に文字起こしを要求したつもりはない」と見苦しい言い訳をしている。

福岡県警が恐喝未遂罪で起訴

佐賀県警A巡査/大宰府主婦暴行死事件

佐賀県警のA巡査は脅迫音声をほとんど聞かず、被害届を受理しなかった。しかし、この電話での脅迫については、のちに福岡県警が美幸と田中政樹を恐喝未遂罪で立件し、起訴している。

佐賀県警で事件化できなかったことについて、佐賀県警は「遺族が来署した際、刑事課の人間が出払っていたため、後日出直してくださいという対応になった」と答えている。被害者は緊急性を要しているのにもかかわらずである。

事件後、テレビ局がA巡査にインタビューを試みたところ、A巡査は一切の説明を拒否し「絶対に私は(話を)しません」と言い放って去ったという。

謝罪はするが「不備は認めない」

大宰府主婦暴行死事件

こうした佐賀県警の不誠実な対応には、世間から批判が集中したが、県警の刑事部管理官が「県警が2020年7月、家族に対応の不備を認めて謝罪した」ことを認めている。だが、佐賀県警はそのわずか3か月後の2020年10月に「事件に適切に対応した」とする正反対の内部調査結果を公表した。

遺族は2021年1月、第三者を入れた再調査を佐賀県公安委員会に要望し、2月1日付で意見書も送付した。これに対し、県公安委は2月25日付の回答文書で県警の「第三者的管理機関」としての回答だと前置きし「県警が被害者の女性に危険が及ぶと認識することは難しかった」などと県警の見解を追認した。そして「当時の対応に不備はなく、再調査もしない」という決定を下した。

これに対し、2021年3月10日の佐賀県議会で再び厳しい追及が行われた。この時、佐賀県公安委員会の安永恵子委員長は「一連の対応の中で不備があると、われわれは事実認定していない」と発言。佐賀県警・松下徹本部長に至っては、事件についての所感を聞かれて「私はつまびらかに内容を知っているわけではない。発言は差し控えたい」と逃げ腰だった。

事件当時の佐賀県警本部長は杉内由美子だったが、2021年2月24日付けで「体調不良により業務に支障がある」として退任し、警察庁長官官房付に異動した。そのあとを継いだのが、松下徹本部長である。

さらに佐賀県議会は9月度定例会で、遺族が再調査などを求める請願書を提出したことに対し、反対多数で不採択となった。結局、心情的には不備を認めて謝罪したものの、公的には「不備はなく、再調査もしない」という、誰もが納得できないちぐはぐな結果に終わってしまった。

裁判

2021年2月2日、福岡地裁で始まった裁判員裁判は、山本美幸被告と岸颯被告が互いに罪をなすりつける展開となった。そして、双方とも無罪を主張したことから、争点は ”暴行と共謀の有無” となった。

まさに ”死人に口なし” の状況ではあるが、本事件には詳細がわかる重要な証拠があった。それは事件当日、瑠美さんの死を119番通報する前に車内で交わされた会話の録音である。
岸から瑠美さん死亡の報告を受けた美幸は、パニックになって滞在中のバーの経営者・Xさんに助けを求めた。Xさんは美幸と瑠美さんの遺体を乗せた車に乗り込んだ際、 ”自分が事件に無関係であることの証明” のために録音を開始したのだ。

山本美幸被告の弁護人は、「美幸被告には暴行罪が成立するにとどまる」と主張した。その理由は、美幸被告は瑠美さんに対して「髪を引っ張る」、「バタフライナイフを足に落とす」といった暴行を加えたのみで、死因となった下半身への激しい暴行は行っておらず、岸との共謀もしていないからであると説明した。

一方、岸颯被告の弁護人は、「岸被告は一切暴行をしておらず、美幸と共謀もしていないから無罪である」と主張した。

2021年2月9日の被告人質問で、弁護側の「暴行したのは?」との問いに、岸被告は「当然、山本(美幸)さんです。(美幸が)暴力団とつながりがあると信じていたので報復が怖かった」と答えた。これに対し、2月12日には美幸被告が「岸さんが(瑠美さんを)踏んだり、蹴って殴って、そのあと木刀でお尻を20、30回殴っていた」と話した。

検察側は「美幸被告は瑠美さんをホストクラブに通い続けるように仕向け、総額6000万円以上の借用書を作成した」と説明。さらに、「瑠美さんを服従させるため、岸被告と凄惨な暴行をくり返していた」と指摘した。

検察側が提出した、2019年10月18日(事件2日前)に福岡市の中洲のバーで撮られた『瑠美さんが暴行される動画2本』が法廷で再生され、これを見た裁判員が目を背ける場面もあった。

主張通らず懲役刑

2月19日の論告求刑公判で、検察側は「(瑠美さんは)家族から引き離され、奴隷のように扱われ、人としての尊厳を奪った」、「傷害致死事案の中でも類を見ない悪質さ」として、美幸被告に懲役23年、岸被告に懲役16年を求刑した。

美幸被告は最終意見陳述で、「正直、謝ることしかできない。岸くんを止められなかった。私じゃ止められないんです。謝ることしかできない。申し訳ございませんでした」と涙ながらに話した。

これをあきれた表情で見ていた岸被告は「うーん。とりあえず、山本(美幸)さんには面倒くさい演技はやめてほしいと言いたい」と突き放すように言った。そして、死体遺棄に関しては認めたものの、傷害致死に関しては一切の暴行行為を否定した。ただ、美幸を止められず瑠美さんを死なせたことには責任を感じているとして、その点に関しての罪は償っていきたいと述べた。

3月2日の判決公判で、福岡地裁は美幸被告に懲役22年岸被告に懲役15年を言い渡した。ただし、死体遺棄に関しては無罪とした。

裁判長は「両被告は、瑠美さんを服従させて搾取するという私利私欲のために犯行に及んだ。暴行や虐待行為を楽しんでいた様子も見受けられる。人としての尊厳を踏みにじられた末、生命を奪われた被害者の感じた苦痛は計り知れない」と断罪した。

また、両被告が相手に責任をなすりつけるような虚偽の弁解に終始しており、「反省の態度が見受けられない」と指摘した。

判決文が読み上げられる間、じっと耳を傾けていた岸被告に対し、美幸被告は岸を横目で見ながら、時折笑顔を浮かべていた。だが、懲役刑が言い渡されると、美幸被告は頭を抱えるそぶりを見せたが、岸被告は表情を変えなかった。

懲役刑が確定

2021年12月3日の控訴審判決で、福岡高裁は検察側・被告側双方の控訴を棄却した。
検察側は死体遺棄罪の適用を求めていたが、裁判長はこれを認めなかった。また、美幸被告が ”岸との共謀”、”瑠美さんへの暴行” を否定していた点についても、裁判長は一審判決同様に認めなかった。

美幸・岸両被告は上告せず、12月18日付で美幸被告に懲役22年岸被告に懲役15年が確定した。

田中政樹の判決

田中政樹/太宰府主婦暴行死事件

田中政樹被告は美幸被告らと共謀し、「瑠美さんの遺体を車で運んだ」などとして、死体遺棄罪と恐喝未遂罪で起訴された。2021年2月1日の一審判決では死体遺棄罪について無罪、瑠美さんの夫から現金305万円を脅し取ろうとした恐喝未遂罪については懲役2年(執行猶予4年)を言い渡した。

田中被告は遺体の扱いについて美幸被告から電話で相談を受けたが、裁判長は「遺体を隠す積極的な作為はしていない」と指摘した。

検察側は死体遺棄罪について控訴していた。しかし、2021年6月25日の控訴審判決でも、”最終的な死体の処置は119番通報” となり、遺棄されるに至らなかったことから、「死体遺棄罪の構成要件としての隠匿にあたるとはいえない」と認定。一審同様、死体遺棄罪が成立しないと判断した。

検察側が上告しなかったため、死体遺棄罪について無罪が確定した。

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