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【怖い】猟奇的!バラバラ殺人事件|日本でもけっこう起きている!【7選】

バラバラ殺人事件まとめ

猟奇的なバラバラ殺人なんて海外の話では?という気がしますが、そんなことはありません。
日本でもけっこう発生しています。

 

こんなおぞましい行為をするのは、「完全犯罪」をめざした証拠隠滅のためですが、そんなに甘くはありません。殺人の痕跡というのは、そう簡単に消せるものではないのです。
そういう意味では、日本の警察はやはり優秀です。

!注意!本記事は凶悪犯罪の詳細を説明するもので、その性質上「過激な表現」が含まれている場合があります。苦手な方はこちらから退出できます。

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1.江東マンション神隠し殺人事件

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2008年4月18日、東京都江東区のマンションで、23歳の女性が神隠しのように消えた。

異変に気付いたのは、一緒に住んでいた姉だった。帰っているはずの妹は部屋におらず、玄関には血痕らしきものがあったのだ。姉はすぐに110番通報。まもなく警察がやってきた。

防犯カメラには帰宅する女性の姿は写っていたが、マンションから出るところは記録されていなかった。このことから女性はマンションの ”どこか” にいるはずだった。
警察はマンションの部屋すべてを調べたが、女性は発見できなかった。翌日には事件をかぎつけたマスコミが大挙してやってくる。それに応えるひとりの住民男性がいた。

彼は星島貴徳(当時33歳)。失踪した女性の部屋と同じフロアに住む独身男性だった。部屋は2軒隣だったが、このフロアで契約して人が住んでいるはこの2部屋だけ。これだけでも十分怪しいのだが、彼はテレビのインタビューに雄弁に応えていた。

星島はマンションの管理会社に防犯カメラを増やせ、などと苦情を言ったそうだが、この男こそが犯人だったのだ。

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性奴隷にしたかった

星島は猟奇的な趣味があり、女性の四肢切断に異常な興味を持っていた。そして彼はなんでもいいなりになる「性奴隷」を欲しがっており、23歳女性をそのターゲットにしようとしたのだった。

犯行日は金曜日で、「土日で性奴隷にする予定だった」と彼は供述している。優秀なITエンジニアだった彼には、そんなことが不可能なことさえ理解できていなかった。
「警察に部屋を調べられる」という事態を想定していなかった星島は、女性の処置に困り殺害してしまう。そして次には遺体の処理に困り、バラバラにしてトイレに流すなどしていた。

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結局、拉致する時についた玄関先の指紋が決め手となり、星島は逮捕される。裁判では無期懲役となり、現在は服役中である。

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2.お台場フィリピン女性殺人事件

お台場フィリピン女性殺人事件

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六本木のフィリピンパブのホステス、カミオオサワ・ハニーフィット・ラティリアさん(22歳)。かなり美人な彼女に入れ込んでいたのが野崎浩(当時40歳)、独身の中年男だった。

ラティリアさんは同じ店で働く従姉とお台場のマンションに住んでいたが、野崎もまた「家賃の一部を負担する」という条件で同居していた。

ある日、ラティリアさんは連絡もなしに出勤してこなかった。心配した従姉が様子を見に帰ったところ、部屋には両手いっぱいに”何か”を抱えて立つ野崎がいた。従姉の突然に帰宅に、焦った様子の野崎は、手に抱えたものを落とした。従姉が目にしたそれは、「ラティリアさんの腕」だった。

部屋に入った時から感じていた生臭さと相まって、身の危険を感じた従姉はとっさに逃げ出す。そして警察に通報した。

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フィリピンパブのホステスを殺害

野崎は家賃を滞納するなど、ラティリアさんとの間に金銭的なトラブルがあり、口論が絶えなかった。犯行日は、それが乗じてラティリアさんを絞殺、そしてバラバラにして川に捨てるつもりだった。しかし、従妹に見られたことで遺体の一部をスーツケースに入れて逃走していた。

犯行から3日後の2008年4月6日、野崎は埼玉県川口市の路上で手首を切って自殺を図るも失敗。軽傷だったため、自ら119番通報して逮捕となった。

実は野崎には、同様の殺人事件で服役した過去があった。9年前、家に泊めたフィリピンパブのホステスを殺した容疑で逮捕されたが、証拠不十分で立件できず、死体損壊遺棄罪懲役3年6ヶ月の実刑判決に留まっていた。

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だが今回は証拠もあり、9年前の殺害についても自白したため、2012年12月14日、最高裁で死刑が確定する。そして確定死刑囚となってちょうど8年後の2020年12月13日、野崎は慢性腎不全のため収監先の東京拘置所内で病死した。(61歳没)

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3.岡山元同僚女性バラバラ殺人事件

岡山元同僚女性バラバラ殺人事件
犯人・住田紘一

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住田紘一(当時29歳)は、交際女性が別の男と結婚したことに、むしゃくしゃしていた。その欲求不満を晴らそうと、まったく無関係の女性を強姦する計画を立てる。
勤めていた会社を退社した住田は、社内で好みのタイプだった女性3人を候補に選んだ。その中の誰か1人を襲う計画だった。

2011年9月30日、社員証の返却のため会社を訪れた際、住田は計画を実行する。候補に選んだ3人のうち、住田は最初に出てきた派遣社員の加藤みささん(当時27歳)を標的に決めた。加藤さんとは勤務する課も違っていたため、顔見知り程度の関係だった。

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控訴取り下げで死刑確定

住田は、加藤さんを社内の倉庫に連れて行くことに成功。倉庫に入ると、住田は鍵を掛けるなり加藤さんに襲い掛かった。住田は彼女を強姦し、「誰にも言わないから助けて」と命乞いをする加藤さんの胸を刺して殺害する。

その後、遺体は車で大阪市住吉区の実家に運び、近所に借りたガレージ内で解体して、大和川やゴミ捨て場などに遺棄した。

しかし、会社の防犯カメラの映像から、住田は容疑者となり逮捕。ガレージからの物証もあり、起訴となった。裁判では「前科前歴がなく、殺害者数が1人」の事件に対して異例の死刑判決。その後の控訴も自ら取り下げて死刑が確定した。

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そして2017年7月13日、死刑が執行された。(34歳没)

4.埼玉愛犬家連続殺人事件

埼玉愛犬家殺人事件・関根元
シベリアンハスキーのブームを作った関根元

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関根元は判明しているだけで3件の事件で4人殺害している。そして遺体の処理方法がなんともおぞましいのだ。

犬の繁殖・販売業をしていた関根は、バブル期はかなり儲かっていたものの、バブル崩壊とともに経営は傾き、多額の借金を抱えてしまう。そのため、あくどい商売に手を染めるようになった。子犬が産まれたら高額で買い取るという約束で、つがいの犬を約1000万円という法外な値段で売り、生まれた子犬には病気だと難癖をつけて引き取りを拒否するのだ。

こんなやり方では、当然トラブルになる。トラブルになった相手をどうするか?
関根は ”ボディーを透明に” してしまうのだ。彼は金銭トラブルになった相手を躊躇なく殺害し、遺体は限りなく細かく切断、骨も焼いて粉にしてしまい、文字通り”見えなく”してしまっていた。関根はこれを「ボディーを透明にする」と呼んでいたのだ。

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犬の安楽死の薬で人間を殺害

殺害方法は、犬の安楽死に使用する”硝酸ストリキニーネ”を、栄養ドリンクに混ぜるなどして飲ませる手口だった。この薬の作用は、中枢神経をマヒさせ、呼吸困難に陥って死亡に至らせる。

関根は、ほかにも過去に3人を殺害したと自供しているが、これは証拠もなく立件できなかった。起訴された3件に関しても、最大の証拠である ”遺体” はなく、捜査は困難を極めた。そのため、裁判は遺体の処理を手伝った共犯者・山崎永幸の証言をもとに行われた。
その結果、関根と妻の風間博子はともに死刑、共犯の山崎には懲役3年が言い渡されている。

犯行日被害者動機
1993年4月20日産廃処理会社役員の川崎昭男さん(39歳)犬の売買をめぐる金銭トラブル
1993年7月21日暴力団組長代行の遠藤安亘(51歳)
遠藤の運転手・和久井奨(21歳)
川崎さん殺害を気付かれ、脅迫された
1993年8月26日従業員の母親・関口光江さん(54歳)犬の売買をめぐる金銭トラブル

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関根は、日本でシベリアンハスキー犬を流行らせた人物として、業界では有名だった。

5.井の頭公園バラバラ殺人事件

遺体が見つかったゴミ箱

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1994年4月23日午前、東京都三鷹市にある井の頭恩賜公園のゴミ箱から、遺体の一部が27個発見された。それらは同じ大きさに切断され、完璧に血抜きされていた。
遺体は両手足と右胸部のみで、指紋は削られていたが、わずかに残っていた掌紋とDNA鑑定などから、被害者は公園の近くに住む一級建築士の川村誠一さん(35歳)と判明。奇異な状態の遺体からは死因や死亡時刻は特定できなかった

川村さんは21日の夜に同僚と別れてから、行方がわからなくなっている。捜査本部は当初、その猟奇的な手口から怨恨による犯行とみていた。しかし、川村さんの周辺にトラブルはなく、怨恨の線は消える。その後、犯人に結びつく物証や情報も見つからず、 2009年4月23日公訴時効が成立した。

時効から6年後の2015年、川村さんは人違いで殺されたかもしれないという話が出てきた。当時この地域に、川村さんと「顔」も「背格好」も「年齢」も瓜二つの男性がいた。彼は、露天商の元締め的存在の男性で、トラブルの多かった外国人露店商を追い出そうとして、逆に命を狙われていた。この外国人露店商たちは、実は某国の工作員だったというのだ。

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ある夜、身を隠すため都内のビジネスホテルに潜伏していた男性は、ニュースでこの事件を知る。そして被害者の川村さんの顔を見たとき「この人は私と間違われて殺されたと確信した」と語っている。

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6.姫路2女性殺害事件

犯人・高柳和也

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2005年1月9日、姫路市の女性会社員・畠藤未佳さん(当時23)の行方がわからなくなった。未佳さんの両親は単なる家出ではないと感じて、姫路警察署に相談する。しかし、担当の刑事は「年間1200人もの捜索願が出ているので、相手できない」と捜査をしてくれなかった。

そのため両親は1月22日、知人のつてを頼り兵庫県警刑事の飛松五男さんの助けを借りることになった。両親は、前に未佳さんが家に連れてきた男の情報を飛松さんに伝え、調査してもらう。

「資産家の息子」を名乗っていたその男は高柳和也(当時39)であることがわかり、飛松さんはあとの捜査を姫路警察署に託す。

1月29日、未佳さん両親と姫路警察署員2人は高柳の自宅へ向かった。任意のため、生活安全課の課長がひとりで家の中に入ったが、室内に”未佳さんがいない”として帰ろうとする。「何とかしなければ」という思いにかられた未佳さんの母親は、許可をもらい高柳の部屋に入った。

中はただならぬ状態で、異臭がただよい、スタンガンや拘束器具、血痕のついたカーペットが見えた。さらに、部屋には意識が混濁した若い女性がいたので、再度係長に確認してもらったが、異常が無いとして帰ってしまう。

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役に立たない姫路警察

そこで、両親は再び飛松さんに助けを求めた。彼が高柳と話してみると、覚せい剤の使用が疑われる状態だったため、相生警察署へ通報、およそ1時間半後に署員が駆けつけた。
翌日、覚せい剤取締法違反により高柳は逮捕。高柳の部屋からは、血のついた美佳さんのネックレスが見つかった

にもかかわらず、姫路署生活安全課は「未佳さんは風俗で働いていて生きている」と根拠もなく両親に説明し、マスコミはそれを報道した。

実際は、未佳さんは友人の谷川悦実さん(23)とともに殺害されていた。2人は1月9日に高柳の家に行っており、資産家という嘘がバレたために口論となり、高柳は未佳さんをハンマーで撲殺していた。友人の悦実さんも、目撃されたという理由で同様に撲殺されていた。

兵庫県警は、高柳の自宅から出た血痕が女性2人のDNAと一致することを確認、高柳を追及した結果、4月12日に犯行を自供した。
そして4月17日、飾磨港から若い女性のが複数見つかった。こちらも、2人のものと確認できたため、高柳は5月10日に死体遺棄容疑で逮捕、5月20日に殺人容疑で逮捕された。

この事件では、多忙を理由に捜査をしなかったばかりか、現場を調査した際にも異常を見落とし帰ってしまった姫路警察に批判が集中した。

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2013年11月25日、犯人の高柳和也の死刑が確定した。

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7.大阪連続女性バラバラ殺人事件

犯人・鎌田安利

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鎌田安利(当時54歳)は、大阪市西成区盗んだ服や装飾品を地元の飲食関係の女性達に売り歩き、生計を立てていた。鎌田は金に細かく、飲食代の支払いに文句をつけて怒鳴るような、トラブルメーカーだった。

最初の被害者は、大阪市東住吉区に住む主婦・東富佐枝さん(46歳)。
鎌田は1985年5月28日、東さんが働く立ち飲み店で飲んでいて意気投合、彼女を食事に誘い2人で店外に出た。自宅アパートで事におよび、その後東さんに酒の飲みすぎを注意したところ、反抗されたためカッとなり絞殺した。遺体はバラバラにし、兵庫県神戸市西区平野町の雑木林に遺棄した。

第2の被害者は、知的障害者施設の寮生・知念みどりさん(19歳)だった。最初の事件から約1か月後、鎌田は彼女に声をかけ、寿司屋に入ったあとアパートに連れんだ。ここで”関係”を持ち、小遣い1万円を渡したところ「少ない」と言われ、カッとなり殺害
そして、前回のように遺体をバラバラに切断し、段ボール箱に入れてレンタカーで運び、奈良県広陵町の竹薮に遺棄した。

この時、鎌田は「グリコ・森永事件」を真似て「怪人22面相」の署名入りの挑戦状を、奈良県警高田署の署長宛てに送っている。 内容は、犯人しか知り得ない情報が含まれていたため、警察はこれを犯人からのものと断定。 そしてこの挑戦状は、のちに自らを追い詰めることになる。

3つ目の事件は、1987年1月22日。夕方頃、大阪市住吉区で道を尋ねるふりをして、そろばん塾から帰宅途中の小学校3年生・辻角公美子さん(9歳)をアパートに連れ込んだ。しかし、いたずらしようとしたところ泣き叫ばれたため、犯行の発覚を恐れ絞殺
遺体は大阪府豊能町の山林に遺棄した。さらに彼女の自宅や彼女の通う墨江小学校に、計5回にわたり身代金3000万円を要求する電話をかけた。

4番目の事件は1993年7月に起こった。鎌田は、西成区のスナックホステス・須田和枝さん(45)を自宅に連れこんだ。和枝さんにとって鎌田はいつも”札束を持って現れる客”であり、誘いに乗って彼のアパートにやって来た。鎌田が和枝さんを押し倒そうとすると、金のことを持ち出してきたので、カッとなり首を絞めて殺害遺体は解体したあと、レンタカーで運んで箕面市に捨てた。

最後の犠牲者は、鎌田が盗品の洋服を売りさばくのに利用していた、中央区の居酒屋の店員・中野喜美子さん(38歳)だった。彼女はいわば鎌田のお得意さんで、いつも破格の値段で服を購入していた。
1994年3月、鎌田は喜美子さんを誘ってアパートに連れこみ”関係”を持ったが、金を要求されたため口論になり絞殺遺体は箕面市の山林に捨てた。

1995年4月10日、鎌田は紳士用スラックス78本入り段ボールの窃盗容疑逮捕された。この取り調べで、鎌田の指紋が以前警察に届いた「挑戦状」に付いていたものと一致。これは2番目の犠牲者・知念みどりさん殺害犯から「怪人22面相」として警察に送られてきたものだった。捜査本部は鎌田を厳しく追及したところ、5月12日になって知念さん殺害を自供した。
その後、ほかの4人についても殺害を自供した。

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2005年7月8日、鎌田安利は死刑が確定、2016年3月25日に執行となった。(75歳没)

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