「福岡母子殺害事件」の概要
2017年6月6日、福岡県小郡市で、福岡県警・中田充巡査部長の妻と子ども2人の遺体が発見された。
当初、妻の育児疲れによる無理心中とみられたが、司法解剖により死因は絞殺と判明。一転して殺人事件として捜査されることになった。
ところが数々の証拠が物語るのは、「犯人は夫以外ありえない」という疑惑。裁判では一審、二審とも死刑判決が下され、2023年12月8日、最高裁で死刑が確定した。
事件データ
犯人 | 中田充(当時38歳) |
犯行種別 | 殺人事件 |
犯行日 | 2017年6月6日 |
犯行場所 | 福岡県小郡市小板井 |
被害者数 | 死亡3人(家族) |
判決 | 死刑 |
動機 | 否認のため不明 |
キーワード | 現職警察官 |
事件の経緯
2017年6月6日午前8時40分頃、福岡県警の巡査部長・中田充(当時41歳)に1本の電話が入った。電話の相手は子どもの通う小学校の担任で、子ども2人ともが「登校してきていない」との内容だった。
これを受け、中田は近所に住む妻の姉に連絡し、家の様子を見に行くように依頼した。
そして、自身も妻・由紀子さん(38歳)の携帯に何度か電話を入れ、4度目でやっとつながった時、応答したのは妻の姉だった。本人が電話にでなかったのには理由があった。由紀子さんは死んでいたのだ。妻の姉からそのことを伝えられた中田はすぐに上司に連絡、そのまま事件として処理されることとなった。
亡くなっていたのは由紀子さんだけではなく、子ども2人もすでに息がなかった。
被疑者は夫の中田充
警察は当初、無理心中の可能性が強いと見て捜査を開始した。
駆けつけた捜査員によると、1階台所に頭髪が半分ほど焼け焦げた状態の由紀子さんが、仰向けで倒れていた。そばには燃えかけの練炭が置かれ、周囲には油がまかれていた。室内には燻った煙が充満していたという。
一方、夫婦の2人の子ども、涼介くん(9歳)と実優さん(6歳)は2階の寝室でうつ伏せになり息絶えていた。中田は「午前6時45分頃、家を出たときは、3人とも2階の寝室で寝ていた」と説明。また「妻は、育児で悩んでいた」とも話した。
母子3人の死因は、いずれも窒息死だった。だが、それは練炭によるものではなかったのだ。
司法解剖の結果、3人の死因は「首を絞められたことによる窒息死」と判明。由紀子さんは首の骨にヒビが入るほど強く圧迫され、子ども2人はトレーニング用のゴムチューブで首を絞められたことがわかった。
また検視では、妻の由紀子さんの手の爪から皮膚片が検出された。それは驚いたことに、夫である中田のDNAの型と一致した。これを受け、6月8日午後5時31分、現役警察官である中田は、母子殺害容疑で逮捕された。
2017年7月13日には、中田は懲戒免職処分となっている。
すべての証拠が中田を指していた
その後の調べで、中田の腕にはひっかき傷が見つかった。
また、由紀子さんの遺体の周囲にまかれた油は、中田の職場のロッカーから見つかったジッポーライターのオイルと同じものだった。中田は普段はターボライターを使用しており、ジッポーは使っていなかった。さらに、現場の油には複数の足跡が残されており、それは中田が当日履いていた靴底と一致した。
すべての証拠は、中田の犯行を示唆していた。
ところが、中田は容疑を否認した。腕のひっかき傷は、「前夜、ケンカした時に妻に付けられた」といい、由紀子さんの爪から自分の皮膚片が検出されるのは当然だと供述した。
現役警官・中田充を起訴
中田は状況的にも不利だった。死亡推定時刻は、子ども2人が午前0時~午前5時、由紀子さんは午前0時~午前6時。近所の防犯カメラ映像などから、その時間帯に家族4人は誰も家を出入りしていない。
中田が出勤した午前6時45分頃までは、”中田を含めた家族4人全員が家にいた”ことになるのだ。
第三者が自宅に侵入した形跡もなかった。さらに、由紀子さんが子どもを殺害する動機も見当たらなかった。
夫婦は不仲で、ケンカも絶えなかった。昇任試験が不合格になるたび、由紀子さんは中田に詰め寄り、夫婦喧嘩の原因になっていたという。そして、犯行日の前日にも合格発表があり、中田は不合格だった。
中田は同僚に「子どもが成人したら離婚する」「妻に死んでほしい」などと打ち明けていたこともわかった。残業と偽ってパチスロをしていたことが妻にバレて、ケンカになり離婚話になったこともあった。
このような状況証拠から、福岡県警は「中田が家族3人とも殺害した疑いが強い」と判断。2018年2月21日に子ども2人に対する殺人容疑で再逮捕した。
犯人・中田充について
中田充は1978年生まれ。
福岡県立の進学高校に通い、水泳部に所属していた。当時の担当教師によると「誰とでも仲良くする性格で、特に問題を起こすタイプではなかった」という。
高校卒業後は私立の福岡大学に進学するも、パチスロにはまり留年している。
その後、警察学校を経て2002年10月頃より、福岡県警管内の警察暑の地域部門に配属され、9年間勤めている。その後、交番勤務や筑後警察署自動車警ら隊を経て、千葉県警の成田空港警備隊に出向した。
配属先では人間関係でトラブルを起こし、そのたびに転勤願いを出すので「転勤願い魔」と噂されていたという。願い出は10年ほどの間に5回、その度に家族も引っ越しを余儀なくされた。
2016年8月からは、福岡県警本部に転勤。本来ならこれは栄転であるが、彼の場合は「トラブルメーカーを、県警本部の監視下に置く」という意味合いが強かったようだ。
配属された通信指令課は、110番通報を受けつける部署で、県警関係者によると「可もなく不可もない普通の勤務ぶりだった」という。
”引っ越し疲れ”した妻の由紀子さんは、次第に定住願望が強くなる。事件の2年前、実家に近い現在の家を、ローンを組み2100万円で購入した。
パチスロで身を滅ぼした
中田はパチスロにハマり過ぎていて、大学を留年したのもそのせいだった。
裁判でも検察官が「家に帰らなかったのは、パチスロで遊びたかっただけではないか」「あなたが休みの日に、子どもを遊びに連れ行くなどしていれば、由紀子さんは怒らなかったのではないか」と追及すると、中田は答えに窮する場面もあったという。
実際、中田は妻にも残業と嘘をついてまで通うほどだった。非番の日には開店から夕方までパチンコ店に入り浸ることも多かった。
それが原因のケンカも多く、中田は妻からの叱責を逃れるため、外泊することもあったという。
”パチスロ狂い” が家庭だけでなく、仕事や昇任試験にも影響が出た可能性は、十分にあるだろう。
裁判
2019年11月5日、福岡地裁で開かれた裁判員裁判初公判で、中田被告は「一切身に覚えはなく、事実無根」と無罪を主張した。
検察側は冒頭陳述で、中田被告が妻と不仲になり、同僚に「妻に死んでほしい」と打ち明けていたと指摘。残業と偽ってパチスロをしていたことが妻にばれ、離婚話になったことを明らかにした。
11月18日の公判で、検察側は「中田夫婦は不仲で、殺害の動機があった」と主張。また、周辺の防犯カメラの映像から第三者の侵入を否定し、「犯人であることは明らか」と指摘した。
一方、弁護側は、「殺すほどの不仲でなく、痕跡がなくても第三者が侵入した可能性を否定できない」と反論し、無罪を訴えた。
スマホの怪しい行動記録
第3回公判で検察側は証拠として、中田夫婦のスマホが自動記録していた「不可解な行動の記録」を提出した。
中田は、「自分は子供たち2人と午後10時から11時の間に眠りについて、そこから朝まで起きていない」と供述していた。しかし、就寝したはずの中田のスマホに歩行記録が2回あるのだ。
このことについて、弁護側から質問されると「一度、妻に無断でパチンコに行ってバレた時、『スマホのGPSを使って監視する』と言われ、妻にパスワードを教えていた」と説明。そして、「過去にも寝ている間に、妻にスマホを操作されたような形跡を何度か確認したことがある」と話した。
由紀子さんのスマホについては、もっと怪しい動きがあった。午前4時40分以降、4回もロック解除しようとしてそのうち2回は失敗しているのだ。
最高裁で死刑確定
2019年12月13日、判決公判が開かれ、福岡地裁は求刑通り死刑判決を言い渡した。
判決理由で裁判長は「現職警察官が妻子3人を殺害した衝撃的な事件で、結果は誠に重大。社会的影響も甚大で、死刑を選択することはやむを得ない」と説明した。逮捕段階から一貫して無罪を主張していた中田被告は、これを不服として控訴した。
しかし2021年9月15日、福岡高裁は中田被告の控訴を棄却し、一審判決を支持した。そのため、二審でも死刑判決という結果となった。裁判長は「3人を殺害したという重大性を考慮した」と述べた。
中田被告はこの判決を不服として、9月17日に上告。だが、2023年12月8日、最高裁はこれを棄却したため、中田被告の死刑が確定した。裁判官5人全員一致の決定だった。
弁護側は、遺体の死後硬直の状態などから、「妻子3人は中田被告が自宅に不在の時間帯に第三者に殺害された可能性がある」と主張したが、最高裁は「上告理由に当たらず、中田被告が3人の首を絞めるか、圧迫するかして殺害した」と退けた。
裁判長は、中田被告が犯行を否認していることから「動機は不明」としたが、幼い兄妹を殺害することに酌むべき事情はないと指摘。夫婦関係であつれきがあったことを考慮するのにも限度があるとし、「罪と向き合う姿勢を示さず、反省、悔悟の情はうかがえない」と結論付けた。そして、「強固な殺意に基づき、生命を軽視する態度が甚だしい」と指弾した。