神戸市北区5人殺傷事件
2017年7月16日早朝、神戸市北区の田園地帯で、5人が殺傷される事件が起こった。
犯人は竹島叶実(当時26歳)、彼は自宅で母親に重症を負わせ、祖父母を殺害。その後、外でたまたま出くわした女性2人を刺し、1人を死亡させた。最後は、近所の有間神社の境内に入ろうとしたところを、通報を受けて駆け付けた警察により逮捕された。
「まわりの人は人間ではない、彼らを倒せば結婚できる」との妄想で凶行におよんだ竹島。一審・二審判決は、統合失調症による心神喪失が認められ、無罪が言い渡された。検察側が上告を断念したため、無罪が確定した。
事件データ
犯人 | 竹島叶実(当時26歳) 読み:たけしま かなみ |
犯行種別 | 殺人事件 |
犯行日 | 2017年7月16日 |
犯行場所 | 兵庫県神戸市北区有野町有野 |
被害者数 | 3人死亡、2人重傷 |
判決 | 無罪 |
動機 | 幻聴の声に指示された |
キーワード | 哲学ゾンビ、幻聴 |
事件の経緯
2017年7月16日・午前6時20分頃、兵庫県神戸市北区で散歩中の高齢男性が、血まみれの女性(当時52)をみかけた。彼女は道路わきに停めた車にもたれかかり、運転手に何か訴えていた。
男性が交通事故かと思って近づいてみると、彼女は物騒なことを言っていた。
「息子に金属バットで殴られた」
そして、家にまだ両親がいるから助けてほしい、と続けた。
男性は、すぐに携帯電話で110番通報した。
誰でもよかった
これより少し前の、午前6時頃のこと。
彼女の息子・竹島叶実(当時26歳)は、自宅で寝ている祖母の南部観雪さん(当時83)を金属バットで10回ぐらい殴った。それから台所へ行き、包丁を手にすると祖父の南部達夫さん(当時83)を包丁で刺した。この時、止めに入った彼女(母親の知子さん)を金属バットで殴ったのだ。彼女は裸足のまま外に飛び出し、有馬街道沿いを散歩していた男性に助けを求めた、というわけである。
竹島は、達夫さんの首や胸を包丁で刺したあと、観雪さんの背中を何度も刺し、外に出ていった。達夫さんは午前6時20分頃、自力で110番通報したあと、観雪さんとともに息絶えた。
表に出た竹島は、右手に包丁、左手に金属バットを持って歩いていた。そして、自宅から40mほどの場所で偶然見かけた辻やゑ子さん(当時79)をいきなり包丁で刺し、死に至らしめた。彼はそのまま前に進み、次に出くわした女性(当時65)も刺し、重傷を負わせた。
騒ぎを聞いて外に出てきた住人たちは、両手に凶器を持って無表情に歩く竹島を見て凍り付いた。しかしすぐに我に返り、一目散に逃げたという。
竹島は踏切を渡り、その先の有馬街道を横切った場所にある有間神社に向かった。そして境内に入ろうとした午前6時34分、通報を受けて駆け付けた有馬署員に現行犯逮捕された。達夫さんの110番通報からわずか15分後のことだった。
母親の知子さんは、警官に事情を説明している最中、「被疑者を確保」という無線の声を聞いている。
元同級生女性と結婚できる…?
逮捕時、竹島は「誰でもいいから刺してやろうと思った」と5人の殺傷行為は認めたものの、動機については黙秘した。神社に向かった理由は、「神社に行けば元同級生の女性と結婚できると思っていた」と供述している。また、「学校や職場が思っていたものと違い、面白くなかった」とも話した。
捜査関係者は、祖父に馬乗りになり何度も刺すなど、殺意は明らかとしている。
母親の知子さんは当時の状況について「家の中が急に騒がしくなり、物音のほうへ行くと父親が息子に殴られていた」と説明。助けようとして逆に襲われ、外へ逃げ出したという。知子さんは金属バットで殴られ、腕の骨を折られるなど、全身に打撲の痕があった。
神戸地検は、2017年9月から鑑定留置を実施。結果を受けて5月12日、殺人や殺人未遂罪などで起訴した。その後、2018年1月より再び鑑定留置を行い、専門家が事件当時の刑事責任能力の有無を調べた。
竹島叶実の生い立ち
竹島叶実は通っていた市立中学校で陸上部に所属、短距離の選手だった。当時の顧問は、「練習を休むこともなく真面目。問題を起こしたこともない」と話す。走り方のフォームを指導すると、熱心に取り組むなど、一生懸命なイメージだったという。部活の後輩は「勉強もできて、ゲームの話をよくした」と振り返る。
同級生の父親は、「勉強ができて、他のクラスでも一目置かれるような優等生。問題行動やトラブルもなく、卒業後は理系の名門で知られる県立高校に進学したと思う」と話した。
2006年に中学を卒業すると、神戸市立工業高等専門学校へ進学。高専では電子工学科に在籍したが、4年生の時に中退している。同級生によると、「同じクラスだったのは覚えているが印象がない」「成績は悪くなかったと思う。クラスでいじめなどの問題もなかった」と話す一方、「いつまで学校にいたのか覚えがない」「友人がおらず孤立していたようだった」といった声も聞かれた。
心神喪失により無罪
高専中退後は、物流会社勤めを経て、神戸電子専門学校のコンピューター関連の学科へ進んだ。当時の同級生は「年齢は離れていたけど、みんな特別視してはいなかった」としながらも、あまり印象に残っていないようだった。
ここでも情報処理などの検定試験で優良賞を受けるなど、成績は良かった。その後、IT系の会社に就職するも、「思ったのと違った」として退職している。
その後は本事件を起こすまで、家に引きこもっていた。被害にあった祖父・南部達夫さんは知人らに「孫が家に引きこもって困っている」と相談していた。家をよく訪れていた人たちは「(竹島を)一度も見たことがなく、気配も感じなかった」という。
そして、2017年7月16日早朝、本事件を起こして逮捕。2021年11月4日、心神喪失が認められ、第一審で無罪判決となった。2023年9月25日の控訴審判決でも、大阪高裁は一審判決を支持。検察が上告を断念したため、無罪確定となった。
裁判で無罪が確定
本事件は、公判開始に至るまで、事件から4年余りを要した。
これは、地検の鑑定留置を担当した医師2人のうち1人が海外赴任し、その後、新型コロナウイルス感染拡大で帰国が困難になり、公判前整理手続きが進まなかったためである。
2度の鑑定留置の結果は、精神疾患はあったものの、刑事責任が問えるとみて起訴するに至った。
第一審:神戸地裁
2021年10月13日、神戸地方裁判所で、裁判員裁判にて初公判が開かれた。
竹島叶実被告は起訴内容を認めたが、弁護側は統合失調症により心神喪失の状態だったとして、無罪を主張した。
有間神社に行けば結婚できる
竹島被告は事件の2日前、インターネットで専門学校時代の同級生女性の投稿を解析。これを勝手に「自分へのメッセージ」と受け止めた。前日にはこの女性の声で「神社に来てくれたら結婚する」「この世界の人間は、君と私以外は『哲学的ゾンビ』なんだよ」という幻聴があった。そして、妄想により女性のことを「超常的な存在」と思うようになった。
弁護側は、竹島被告は「有間神社へ行けば、同級生女性と結婚できる」との妄想を抱いていた。そして、この女性の声の幻聴で「家族を殺せ」と指示され、無意識に体が操られていたと主張、妄想型の統合失調症に圧倒的に支配されていたと述べた。
検察側は竹島について「思い込みが激しく、ストレスをため込んで爆発させる性格」と指摘した。そして、精神疾患の影響は認めたうえで、部分的には責任能力があったとして心神耗弱を主張。祖父母を殺害後、「神社に行けば、知人女性と結婚できるという妄想を抱いていた」と動機を説明した。
10月18日の第4回公判で竹島被告は、殺害した祖父母と辻やゑ子さんに対し「取り返しのつかないことをしてしまった」と謝罪した。そして、親族以外の被害者に預金を賠償に充てる意思も示した。
統合失調症の症状については、「事件前は、幻聴がほぼ休みなく聞こえ、事件前日の夜には、まわりの人は哲学的ゾンビで、これを倒すことが ”女性と結婚するための試練” だと考えていた」と説明した。また、「カウントダウンの声が聞こえたから、有間神社に逃げ込んだ」としたが、「すべて幻聴だった」と述べた。現在は投薬治療により、幻聴は数日に1回程度だと述べた。
意見が割れた2度の鑑定留置
10月19日、20日には鑑定留置を行った2人の精神科医がそれぞれ出廷した。
19日の第5回公判では、最初の鑑定医が証言、竹島被告との11回の面会などから統合失調症と診断し、「犯行と元々の性格に直接の関係はなく、症状の中で行われた」と判断した。
20日の第6回公判では、2度目の鑑定医が検察側証人として証言。面会は被告側の拒否で1回しか実現しなかったが、「統合失調症はあくまで ”疑い” で、症状は中等度。竹島被告には、思いとどまる判断がある程度可能だった」と話した。
これに対し、弁護側証人として出廷した3人目の精神科医は「最初の鑑定は優れている。2回目の鑑定は不十分」と主張。「周りの人は人間ではない」という事件時の妄想は、かなり荒唐無稽で、本人の性格からも飛躍があり、「統合失調症の影響は圧倒的」との意見を述べた。
25日の論告求刑公判で、検察側は竹島被告が当時、意思決定が全くできない状態ではなく、自分の行為が悪いことだと認識できていたと指摘。 その上で、責任能力が完全なら死刑を選択すべきところを、心神耗弱のため無期懲役を求刑した。
一方、弁護側は「妄想に支配された心神喪失の状態だった」 として、無罪を主張した。
心神喪失により無罪確定
2021年11月4日、判決公判が開かれ、神戸地裁は竹島被告に無罪を言い渡した。
裁判長は、「被告は心神喪失状態だった疑いが残る」と述べ、刑事責任能力を認めなかった。そして「無罪にはなったが取り返しのつかないことをしてしまったことに変わりはない。そのことを忘れずに病気の治療にあたってほしい」と説諭した。竹島被告は前を向いて座ったまま、しばらく動かなかった。
2021年11月16日、神戸地検は、重大な事実誤認があるとして大阪高裁に控訴した。
二審も無罪判決、そのまま確定
2023年9月25日、大阪高裁は検察側の控訴を棄却し、竹島被告に無罪の判決を下した。
裁判長は、竹島被告が「自分と女性以外が『哲学的ゾンビ』だと確信し、その妄想の圧倒的な影響下で犯行に及んだ疑いを払拭できない」と改めて結論づけ、心神喪失だったことを容易に否定することができないと指摘した。
遺族の1人は控訴審の無罪判決について「私たちの心をもう一度殺すに等しい」とコメントしている。
その後、検察側が上告を断念したため、一審・二審の無罪判決が確定した。
まだあった!幻聴がきっかけの殺人事件
幻聴の声に殺害を指示された事件は、ほかにもある。
2009年に大阪で起きた大阪此花区パチンコ店放火殺人事件では、犯人の高見素直死刑囚が幻聴の女「みひ」のせいで事件を起こしたと主張している。彼は、パチンコ店に放火して5人を死亡させた罪で死刑が確定している。