「大阪ドラム缶遺体事件」概要
2004年12月3日、”過去に自宅の工事を担当した作業員” に高齢夫婦が殺害される事件が発生した。
建設作業員の鈴木勝明(当時37歳)は、工事中から夫婦の高級腕時計や現金を盗むなどしていた。これについて本人は否定していたが、会社から追及を受けて解雇されている。その半年後に事件は起きた。
高齢夫婦の失踪に、捜査した大阪府警は事件性を認めず、証拠品も紛失していた。しかし事件から5年後、夫婦の遺体が発見されたことから捜査は動き出す。鈴木は殺害は「第三者の犯行」と主張するも、裁判では殺害犯と認定、死刑が確定する。
事件データ
犯人 | 鈴木勝明(当時37歳) |
事件種別 | 強盗殺人事件 |
発生日 | 2004年12月3日 |
犯行場所 | 大阪府和泉市、阪南市 |
被害者数 | 2人死亡 |
判決 | 死刑:大阪拘置所に収監中 |
動機 | 金品の強取 |
「大阪ドラム缶遺体事件」の経緯
2004年12月3日、大阪府堺市の建設作業員・鈴木勝明(当時37歳)は、和泉市府中町の浅井健治さん(74歳)宅の敷地内にある会社事務所で、浅井さんと妻・きよさん(73歳)を鈍器で頭部を殴って殺害した。
鈴木は当時、消費者金融などに数百万円の借金があった。
その後、鈴木は浅井さんの高級腕時計ロレックス2個(計約140万円相当)と、きよさん名義の乗用車(約100万円相当)を奪った。浅井さんは元カーペット製造販売会社社長だった。
鈴木と浅井さん夫婦は、過去に面識があった。鈴木は2003年9月、大阪府泉南市の建設会社に入社したが、この会社は浅井さん宅の新築工事を手がけていて、鈴木も工事を担当していたのだ。
鈴木は集金した工事代金を会社に振り込まなかったり、浅井さん宅から、妻・きよさんの高級腕時計(約30万円相当)や多額の現金がなくなることが頻発したため、建設会社の社長が鈴木を問い詰めたことがあった。その際、鈴木は完全否定したが、こうした金銭トラブルを理由に、鈴木は2004年6月に解雇されていた。
警察の見込み違い
事件翌日の12月4日、夫婦宅の敷地内にある会計事務所2階の床に、数か所の血痕があるのを、夫婦の長男が発見する。長男は両親(浅井夫婦)と連絡が取れなくなっていることから、大阪府警・和泉警察署に家出人捜索願を出した。これを受け、和泉警察署は捜査を開始。会社事務所から、血痕・毛髪を採取した。
それらの一部を鑑定した結果、いずれも浅井夫婦のものだった。また、失踪に第三者が関与した形跡もないことから、残りは鑑定しないまま「事件性は低い」と判断、捜査を中断した。
一方、鈴木は事件当日の昼頃、泉佐野市内の質屋に奪った高級腕時計を持ち込み、現金50万円を受け取った。その後、鈴木はホームセンターでドラム缶2個を購入したり、過去に利用した質屋に利息を支払うなどして、事件で得た50万円のうち、数日間で約40万円を使った。
12月5日には、大阪府泉南市で警察官が夫婦の車を目撃している。警官はパトカーで追跡したが見失い、運転者は確認できなかった。
偽装工作
事件から4日後の12月7日、鈴木は阪南市新町の「シャッター付き貸ガレージ」を借りる契約を結び、賃料1か月分・保証金合計6万2千円を支払った。鈴木はここに夫婦の車を駐車して、2人の遺体をドラム缶に入れてガレージ内に放置した。
この貸ガレージは、浅井夫婦宅から直線距離で約20kmの場所だった。
鈴木は夫婦の失踪当日(12月3日)から、ガレージを借りた12月7日までに、浅井さんの携帯電話から「温泉でゆっくりする。心配しないで」「会社事務所の血痕は妻の鼻血だ」など、数通のメールを親族に送信している。
親族は浅井さんに電話をかけ直したが、ドライブモードに設定された状態で、連絡は取れなかった。
メールを受信した親族は、「朝日新聞」の取材に対し、「事件の数日後、しばらくしたら帰るという内容のメールが届いていた。警察からの連絡で、車があちこち移動していることもわかったので、最初は安心していた」と語った。
事件の発覚
鈴木は貸ガレージの賃料を1ヶ月分だけ支払い、あとは鍵も返さず連絡を絶っていた。貸ガレージ側も、その後の借り手がつかなかったとこから、そのまま放置して中を確認することもなかった。
夫婦の失踪から5年後の2009年11月21日、ガレージの管理者が、ある契約者から「もう1台分借りたい」という申し出を受ける。そのため、空いていたガレージのシャッターを開けたところ、中に車が1台と水色のドラム缶2個が放置されているのを発見した。
ガレージ管理者は11月23日午前11時15分頃、大阪府警・泉南警察署に「不審な車とドラム缶2個がある」と通報した。
これを受け、11月25日午後1時半頃、泉南署員がドラム缶を開けたところ、中から成人の男女とみられる遺体を発見。遺体は腐敗が激しく、死後数カ月から数年経過していると推測された。
車のナンバープレートを照会した結果、捜索願が出されていた浅井夫婦のものと判明。このことから大阪府警は、遺体はこの夫婦の可能性が高いとみて、死体遺棄事件として捜査を開始した。
窃盗容疑で逮捕
11月26日、大阪府警の捜査で、夫婦が失踪した直後の2004年12月4日と6日、夫婦の所有していた車が国道26号を走行し、和泉市付近から阪南市方面に向かう複数の地点を走行していたことが判明した。
大阪府警は、夫婦が何らかのトラブルにあったか、連れ去られた可能性があるとみて捜査。そして、遺体が浅井さん夫婦であることを確認。死亡推定時期は、失踪時期の2004年12月頃だった。
発見された車のそばには、使いかけの砂袋が開封された状態でガレージ内部に放置されていた。ガレージは屋根やシャッターがあり、密室状態だったためかドラム缶は錆などの劣化がなく、新品に近い状態だった。これらのことから、ドラム缶・砂袋ともに、購入直後に使用された可能性が高いとみられた。
大阪府警は「最後の借り主」である鈴木が、何らかの事情を知っている可能性が高いとみて11月26日午後、重要参考人として事情聴取した。その結果、以下のことが判明した。
- 鈴木が過去に夫婦宅のリフォーム工事を手掛けていた
- 夫婦の失踪直後の12月7日、鈴木は駐車場を契約した後、シャッターの鍵を返却しないまま管理者との連絡を絶っていた
- 夫婦が失踪した後、会社事務所から預金通帳などがなくなっていた
死体遺棄罪は、公訴時効の3年が既に成立していたため、大阪府警は窃盗容疑で鈴木を逮捕。夫婦が死亡した経緯について、厳しく追及した。
取り調べで殺害否認
夫婦の遺体はいずれもパジャマ姿で、失踪当時、寝室の掛け布団はめくれあがっていた。このことから、「夫婦が異変を感じ、夜中に目を覚まし事務所に様子を見に行ったところ、何者かに殺害された」と、大阪府警は推測した。
取り調べで鈴木は、「腕時計を質入れした」「12月7日にガレージを借りた」「夫婦の車をガレージに駐車した」という3点については認めたが、いずれもその動機を「知人に頼まれたため」と供述した。
そしてドラム缶については「ガレージを借りたときはなかった」と説明し、逮捕容疑である窃盗・殺害・死体遺棄への関与は、いずれも否定した。
車を検証した結果、車内から「ガレージの賃貸契約書」、「浅井さんの腕時計の保証書」が発見されたほか、血痕も検出された。また、大阪府警は鈴木宅を家宅捜索し、「ガレージのシャッターの鍵」「浅井さんの腕時計を質入れした際の預かり証」「浅井夫婦のクレジットカード」を押収していた。
大阪府警は12月17日、「2003年11月22日頃、妻の高級腕時計(約30万円相当)を盗んだ窃盗容疑」で鈴木を再逮捕した。
2010年1月6日までに、車のトランクから検出された血痕は、夫婦のものであることが判明。これを受け、大阪府警が鈴木を再度追及したところ、一転して「ある人物に頼まれ、夫婦の遺体をガレージに車で運び、自分で買ったドラム缶に移した」と死体遺棄容疑を認める供述をした。
依頼者とされる人物に関しては「連絡先は知らない」など、曖昧な供述を続けており、その存在は確認できなかった。
失踪当時に採取して和泉署に保管していた証拠品を、大阪府警が再度確認したところ、未鑑定の毛髪・血痕の一部、計約10点が見当たらないことが判明した。
これらの紛失された証拠品の中に、夫婦失踪に関与した者の毛髪などが含まれていた可能性があったため、大阪府警は「紛失は誠に遺憾だ。今後、指導を徹底する」という、刑事総務課長名義の声明を発表した上で、関係者の処分を検討した。
強盗殺人容疑でも逮捕
鈴木は、”殺害” については否認を続けていた。しかし事件発生から丸6年となる2010年12月3日、大阪府警は鈴木が夫婦を殺害したとして、強盗殺人容疑で再逮捕した。
自供や凶器などの物的証拠は得られなかったが、大阪府警は1年余りの捜査で、状況証拠を積み重ね、強盗殺人容疑での逮捕に踏み切った。
「浅井さんの高級腕時計」を質入れして入手した約50万円の大半は、鈴木が1人で使い切っていた。現金を他人に分配した形跡はなかったことから、大阪府警は鈴木が主張する”第三者” が存在しないことを裏付ける事実とみた。
12月5日までに、鈴木は浅井さんの携帯電話から「親族に生存を装うメールを送信した」ことを認める供述をした。鈴木は「闇金業者から偽装を指示された」と供述したが、大阪府警は鈴木による偽装工作とみて追及した。
また、ドラム缶付近で発見されたタオルに、鈴木の血痕が付着していたことも判明。これは夫婦を殺害した際、抵抗を受けて負傷した際の血液を拭き取ったものとみられた。
2010年12月24日、大阪地検は、鈴木を強盗殺人罪で大阪地裁に起訴した。この時点でも鈴木は黙秘を続けており、物的証拠などの直接証拠も乏しいが、状況証拠から有罪の立証が可能と判断した。
2011年1月15日、大阪府警は、「2008年7月14日、堺市西区の元同僚男性宅に合鍵で侵入し、高級腕時計・ネックレス(計約25万円相当)を盗んだ」として、窃盗・住居侵入の容疑で鈴木を再逮捕した。鈴木はこれらを質入れし、計30万円を受け取っていた。
犯人・鈴木勝明の生い立ち
鈴木勝明は1967年5月13日生まれ。
1984年に高校を中退後、2005年8月までの間に、大阪府内の電気会社や建設会社など計4社で入退社を繰り返した。
2003年9月、大阪府泉南市の建設会社に入社。この会社は、本事件の被害者で大阪府和泉市府中町の浅井健治さん(事件当時74歳)宅の新築工事を手がけていた。鈴木も2004年1月から2月にかけ、この工事に作業員として給水工事の手伝い・土の埋め戻しなど、力仕事を担当した。
浅井さんは、織物製造・販売会社の元社長だった。鈴木は浅井さん夫婦と面識はあったが、親しく話す間柄ではなかった。
2003年11月22日頃、鈴木は浅井さんの妻・きよさんの高級腕時計(約30万円相当)を盗んだ。ほかにも「集金した工事代金を会社に振り込まない」「浅井さん宅から多額の現金がなくなる」などのことが頻発したため、建設会社の社長が鈴木を問い詰めたが、彼は「絶対に知りません」と否定した。
こうした数々の金銭トラブルを理由に、社長は2004年6月、鈴木を解雇している。
そして半年後(2004年12月)、本事件を起こした。
その後、2005年12月に堺市の建設会社に入社、会社の借り上げマンションでひとり暮らしをしていた。この会社には逮捕まで勤務していた。入社の際、前述の「解雇された建設会社」にいたことを履歴書の職歴欄に書かず、代わりに1992年に数カ月間だけ在籍した大阪府内の「別の建設会社名」を記入していた。
鈴木は ”浅井さん夫婦との接点” を示す経歴を、意図的に隠そうとしたと考えられる。
逮捕時まで勤めた建設会社の経営者は、「読売新聞」の取材に対し「ギャンブルや他の従業員とのトラブル、無断欠勤などはなく、真面目な印象だった」と語った。
本事件が発覚したのは、犯行から5年後の2009年11月21日だった。
裁判で鈴木は、遺体の損壊・遺棄は認めたものの殺害に関しては否認、「別の2人の男がやった」と主張した。だが警察が捜査を尽くしてもそのような男の影は確認されず、鈴木は2017年12月8日、最高裁で死刑が確定する。
現在は大阪拘置所に収監され、死刑の執行を待つ身である。
鈴木勝明死刑囚の描いた絵
「極限芸術 ー死刑囚は描くー」より
裁判
公判前整理手続で検察側は、状況証拠を積み重ねた結果「鈴木被告以外に犯人はいない」と立証する構えを見せた反面、弁護側は、強盗殺人事件について無罪を主張する方針を決めた。
公判は裁判員裁判で行われた。裁判員の負担を軽減するため区分審理を採用し、3件の窃盗事件については裁判官だけで審理を行った。
2013年5月7日、3件の窃盗事件に対する初公判があり、弁護側は無罪や、時効が成立しているとして免訴の判決を求めた。15日、畑山靖裁判長は「鈴木被告の犯行と推認できる」などとして、有罪を言い渡した。
第一審:大阪地裁
2013年5月20日、大阪地裁で「強盗殺人罪」についての初公判が開かれた。
冒頭陳述で、検察側は「鈴木勝明被告は、遺体の見つかったガレージを借りており、犯行直後には夫婦の高級腕時計を質入れした」などの状況証拠を挙げ、「犯人は鈴木被告で間違いない」と主張した。
一方、弁護側は「真犯人は、鈴木被告とは別の2人の男と思われる」と主張、事件後に大阪府警が採取した血痕などを、鑑定せずに紛失し、取り調べ時に警察官が鈴木被告を怒鳴りつけるなど、違法な捜査が行われていたとして、公訴棄却を求めた。
罪状認否で、鈴木被告は夫婦殺害についての起訴事実を否認し、無罪を主張した。
2013年6月10日、論告求刑公判が開かれ、検察側は鈴木被告に対し、死刑を求刑した。
- 事件前年の2003年、鈴木被告は夫婦宅に新築工事で出入りしていた
- 遺体が発見されたガレージを借りていた
- 事件直後、奪われた浅井さんの腕時計を質入れした
上記の状況証拠を挙げたうえで、「鈴木被告が犯人であることは明らかで、残虐・冷酷な犯行だ。鈴木被告は反省しておらず、矯正は不可能」と主張した。
弁護側は最終弁論で、「鈴木被告は殺害に関与していない。検察側は、状況証拠だけで鈴木被告を犯人視しているが、直接的な証拠はなく、憶測にすぎない」として、検察側の死刑求刑に反論し、無罪を主張した。
最終意見陳述で、鈴木被告は「遺体の損壊・遺棄に関与したのは事実で、本当に申し訳ない」と謝罪したが、「殺害は絶対にやっていない」と述べ、この日で公判は結審した。
第一審は死刑判決
2013年6月26日、判決公判が開かれ、大阪地裁は求刑通り死刑判決を言い渡した。
裁判長は、鈴木被告が「遺体をガレージに運搬・遺棄した」「事件直後、被害品の腕時計を質入れして得た50万円をすぐに使った」ことを認定し、「いずれも鈴木被告が犯人である証拠」と指摘。そのうえで、「鈴木被告が犯人でないとすれば、合理的な説明がつかない」と述べた。
また、弁護側の「真犯人は別の男2人」との主張に対しては、「徹底した裏付け捜査を尽くしたにもかかわらず、そうした男らの存在は確認されていない。鈴木被告が架空の人物を作り上げているとしか考えられない」と退けた。
そして、「2人の命を奪った非人間的で冷酷な犯行だ。鈴木被告には反省・悔悟の気持ちが全くなく、改善・矯正の可能性はない」と述べた。
弁護側は判決を不服として、大阪高等裁判所に即日控訴した。
控訴・上告
控訴審:大阪高裁
2014年7月30日、大阪高等裁判所で、控訴審初公判が開かれた。
弁護側は「鈴木被告は殺害には関与していない。捜査機関のストーリーに沿い、鈴木被告を犯人と認定した第一審判決は、疑問が残る」と主張し、改めて無罪を主張した。
一方、検察側は、鈴木被告の控訴を棄却するよう求めた。
2014年12月19日、控訴審判決公判が開かれ、大阪高裁は、第一審の死刑判決を支持し、控訴を棄却する判決を言い渡した。
判決理由で裁判長は「鈴木被告が遺体を遺棄したこと、被害者の腕時計を質入れして得た50万円の大半をすぐに使っていたことから、鈴木被告が犯人であることは明らか。別の人物が殺害したとうかがわせる証拠もなく、死刑とした第一審の判断は妥当」と認定した上で、「非人間的で冷酷な犯行であり、極刑をもって臨むしかない」と結論付けた。
弁護側は判決を不服として、最高裁判所に即日上告した。
上告審:最高裁
2017年11月7日、最高裁で、上告審口頭弁論公判が開かれ、結審した。
弁護側は、鈴木被告の犯行を裏付ける物的証拠などがないことを根拠に、「犯行状況などから、真犯人が別にいる可能性がある」として、改めて無罪を主張した。
検察側は「第三者の関与を示す証拠はなく、鈴木被告の主張は、刑事責任を免れるための虚偽の弁解だ」と反論し、上告棄却を求めた。
2017年12月8日、上告審判決公判が開かれ、最高裁は一審・二審の死刑判決を支持して上告を棄却。これにより、鈴木勝明被告の死刑が確定することとなった。