前橋市連続強盗殺人事件
仕事せずにスマホの課金ゲームばかりしていた土屋和也。やがて生活費が底をついた土屋は、強盗することを思いつく。彼は高齢者なら狙いやすく金を持っていると考え、2軒の民家に侵入する。
しかし住人を2人も殺害してまで奪ったのは現金7000円と林檎2個。そして食べた後の林檎のDNAが決め手となり、土屋は逮捕された。
4歳から施設で育ち、壮絶なイジメを受けるなど同情できる点はあったものの、裁判で土屋は死刑が確定する。
事件データ
犯人 | 土屋和也(逮捕時26歳) |
事件種別 | 連続強盗殺人事件 |
発生日 | 2014年11月10日、12月16日 |
犯行場所 | 群馬県前橋市 |
被害者数 | 2人死亡 |
判決 | 死刑:東京拘置所に収監中 |
動機 | 金銭 |
キーワード | パーソナリティー障害 |
「前橋市連続強盗殺人事件」の経緯
群馬県前橋市に住む土屋和也(当時25歳)は、少年時代に親の愛情を受けられず、施設や学校では壮絶なイジメを受ける不遇な成育環境だった。その影響で人とうまく付き合うことができず、どの職場も長続きしなかった。
土屋は2014年9月に警備会社を辞めて以降、スマホの課金ゲームばかりする生活だった。ゲーム世界の中の彼は誰からも認められ、自分の居場所はゲームだけと感じていたのだ。
だがそのような暮らしが続けられるはずもなく、生活費は底をつき空腹に耐える毎日となる。そんな彼の頭に浮かんだ解決策は、”強盗”をすることだった。
2014年11月10日未明、土屋は前橋市日吉町に住む小島由枝さん(93歳)宅に侵入する。「高齢者なら、そこそこのお金を持っている」と考えての行動だった。
土屋は小島さんをバールで殴って殺害、現金7000円とリュックサック、パンと菓子などを奪った。
小島さん宅は、土屋のアパートから約1kmの距離だった。
その約1か月後の12月16日午前3時30分頃、前橋市三俣町に住む老夫婦宅に出窓を破って侵入する。
土屋はトイレに潜伏し、侵入から約8時間20分後、鉢合わせした妻・川浦二美江さん(当時80歳)の首を包丁で刺して2~3か月の重傷を負わせた。
妻は逃げ出したが、騒ぎに気付いた夫・川浦種吉さん(81歳)の胸や首を包丁で刺して殺害。川浦さん宅は、土屋のアパートから約1.6kmの距離だった。土屋はここで林檎2個を盗み、食べたあとの芯を残して逃走している。
働いていたラーメン店に侵入、そして逮捕
土屋は12月21日、6月まで働いていた前橋市のラーメン店に侵入し、チャーシューとメンマ、ひき肉、バター(約7900円相当)を盗んだ。だがこの様子は防犯カメラに残っており、23日、建造物侵入容疑で逮捕される。
この時の足跡が、川浦夫婦宅に残された足跡と一致したことが判明。さらに夫婦宅で盗んで食べた林檎の芯に付着していたDNAも土屋と一致した。
群馬県警は12月26日、妻・川浦二美江さんへの殺人未遂容疑で土屋を逮捕。2015年1月15日、夫・川浦種吉さんの殺人容疑で再逮捕した。
2月5日には、最初の事件の小島由枝さんの強盗殺人容疑でも再逮捕された。
所持金は100円程度
土屋は携帯電話の課金ゲームが原因で消費者金融に約120万円の借金があり、10月末には料金滞納でスマホが停止していた。最初の頃は月2万円を課金する程度だったが、それが次第に増えていき多い時には月20万円も使うことがあったという。
11月上旬にはガスを止められ、12月中旬には電気も止められた。逮捕時の所持金は100円程度。それでも無料公衆無線LANを使用して、ネット接続してゲームをしていた。
動機については「金と食べ物が欲しかったので、高齢者が住んでいそうな平屋建てを狙った。高齢者は抵抗できず、そこそこの金も持っている。見つかったら刺そうと思った」と供述した。
土屋和也の生い立ち
土屋和也は1988年11月17日、栃木県の山間部で生まれた。家族は両親と姉、そして父親の連れ子。父親は、この連れ子の世話も21歳の妻にさせていた。
父親は定職にもつかずにパチンコ三昧で、妻から金をせびっていた。妻が成人式で着るはずだった晴れ着も、遊ぶ金欲しさに無断で質屋に売ったという。
しかし土屋が2歳頃、父親の浮気と暴力のせいで両親は離婚。母親は姉と和也を連れて水商売の寮に逃げ込んだ。その後、母親は ”優しくて面倒見がいい” 男性と再婚。普通の幸せな家族としての生活を手に入れた。
しかしその2年後、母親が訪問販売でミシンや布団など1000万円の買い物を無断でしたため、夫に愛想をつかされて離婚。4歳の土屋は施設に入れられることになった。
学校や施設でイジメ
施設で土屋は壮絶なイジメにあう。小学校でもイジメられ、このころ土屋に安息の場はなかった。中学では野球部に所属するも、部内のイジメが原因で休部。中学時代の同級生によると、土屋の印象は「もの静かな子」だったそうだ。
群馬県太田市の小中学校に通った土屋だったが、その後、施設を出たくて県外の福島の高校に入学、卓球部に所属した。勉強はできたようで、教室でよく漫画や新聞を読んで過ごした。同級生は「おとなしく、自分から話しかけてくることはなかった。何を考えているかわからず、いつもひとりでいた」と話す。友達はいなかったが、イジメられることはなかった。
このころは祖父母と伯母との4人暮らしだったが、伯母から食事を抜かれるなどの嫌がらせを受ける。
小学校時代のイジメ
- 机に花瓶を置かれる「葬式ごっこ」の標的にされた
- 机に「ばい菌」などと落書きされた
中学校時代のイジメ
- 野球部内で持ち物を隠された
- ボールをぶつけられたりした
土屋は児童養護施設の職員や学校の教員に相談したが、何も変わらなかったという。
こうしたイジメや嫌がらせの原因を、土屋はすべて周囲の人間の責任にしているが、原因を掘り下げていくと、本人が発端のトラブルも少なからずあり、土屋本人にも非はあるようだった。
高校卒業後、就職するも…
高校を卒業後は、福島県会津で塗装業の仕事に就いた。しかし仕事の覚えが悪く、人付き合いもできなかったことから職場で孤立してしまい、わずか7ヶ月でクビになる。
この会社の社長は、「職場のつきあいがうまくいかなかった。まじめに働くが覚えが悪く、長期出張先で食器を片付けられないなど共同生活も苦手だった」と振り返る。
その後、自動車部品工場を経て2008年頃、群馬県前橋市で暮らす母親を頼って行く。だが母親の同棲相手と折り合いが悪く、1週間ほどで出ていく。そして生活保護を受けるようになった後、部屋を借りて2010年10月、母親の近所のラーメン店でアルバイトを始めた。月給は16万円と多くはないが、母親とも交流することができ、この時期の生活が一番充実していた。
だが母親は、親の介護を理由に土屋の元を去り、福島の実家で暮らすようになる。これを機に母子の絆は断絶していく。
ラーメン店では、約3年8か月働いた。辞める時、理由を「福島に戻ってこいと言われた」と話し、菓子折りを持って「お世話になりました」とあいさつに来たという。
バーチャル世界でしか生きられなかった
土屋は高校を卒業したころから、携帯電話の課金ゲームにはまっていった。ネットのゲームの世界なら、自分の強さを発揮でき、自分の力を認めてもらえた。この「現実世界では得られない優越感」を求め、彼はゲームをやり続けた。バーチャルな世界では自分は受け入れられ、存在意義を感じられたのだ。
土屋はラーメン店を2014年6月頃に辞めたあと、勤務した警備会社も9月に辞めていた。その後は引きこもり、生活費を削って借金してでもゲーム課金を続けた。借金は70万円にも膨らみ、ついには生活費に窮するようになる。
やがてガスや電気、携帯電話も止められ、食べる物も底をつくという事態に直面。これがお金欲しさの強盗殺人への引き金となった。
そして11月10日に最初の強盗殺人、12月16日にも再度強盗殺人に手を染める。その5日後の12月21日に勤めていたラーメン店に侵入、チャーシューとメンマを盗んだ。ラーメン店では8月と9月にも盗難被害に遭い、現金計40万円が盗まれていたという。
この件で土屋は23日に逮捕となり、殺傷事件への関与を自ら話した。その時、所持金は100円程度だったという。
その後の裁判では死刑が確定となり、東京拘置所に収監されている。
裁判
主な争点は、「殺害の計画性の有無」だった。
弁護側は土屋和也被告が4~15歳まで児童福祉施設に入っていたことなどから、生育環境が事件に影響した可能性もあるとして、影響を調べる情状鑑定の実施を要請した。
土屋被告は事件後、相続した父の遺産から150万円を贖罪寄付している。
第一審
裁判員裁判で行われた裁判は、2016年6月30日に初公判を迎えた。
検察官が起訴状を読み上げ、裁判長が認否を問うたが、土屋和也被告は体の芯を失ったかのように崩れ落ちた。そのため、認否は弁護人が代わりに応じた。
2人の殺害については「強固な殺意はなかった」とした。
川浦二美江さんに重傷を負わせた強盗殺人未遂罪には「殺意はなく、切りつけて逃げる目的だった」として、事後強盗傷害罪にとどまると主張した。
冒頭陳述で検察側は「土屋被告が課金ゲームのために借金を重ね、金品を奪う目的で侵入した」と指摘。事前に凶器を準備し、侵入の練習を重ねていたことなどから、「殺害も想定した強盗計画だった。高齢で小柄な被害者に一方的に攻撃を加えたことは執拗かつ残虐」と述べた。そしてバールや包丁で何回も首や胸を刺した点などから「強固な殺意があった」と指摘した。
また川浦種吉さんを殺害後、大金を奪えなかったことから再び犯行を計画し、侵入の手口を調べて練習したり、自分の携帯電話に「覚悟を決めろ」と記し、気持ちを奮い立たせていたとした。
弁護側は土屋被告が侵入後、逃げ出すことを考えていた点などを挙げ、「犯行前に殺意はなく逃げようと夢中で、殺意は弱かった」として ”未必の故意” によるものと主張。さらに土屋被告が適応力に欠ける「パーソナリティー障害」や「軽度の発達障害」と診断され、犯行に影響したと主張した。
情状鑑定の結果
5日の公判では、情状鑑定した医師が出廷。土屋被告は軽度の「広汎性発達障害」と、ものの考え方や対人関係機能などが著しく偏っている「パーソナリティー障害」と診断された。
医師は、これらの障害が2人を殺傷したことに影響を与えたと証言。土屋被告が家の中で長時間待機し、「どう行動したらいいのか葛藤する中、川浦二美江さんが起きるなどの突発的状況の変化に感情が大きく動揺。衝動性が表われ、犯行に及んだ」と指摘した。
そのうえで、土屋被告のパーソナリティー障害は「元々粗暴なものではなかった」と説明、「環境をうまく作ってあげられれば、事件には至らなかったのではないか」と支援体制の必要性を指摘した。
一方、川浦種吉さん殺害については障害の影響を否定。「顔を見られたことで、保身の気持ちが強く作用した」と説明した。検察側から「凶器を持って侵入した点や2度目の犯行を計画・練習し、侵入したことは障害と関係あるのか」と問われ、「ないと思う」と答えた。
医師によると、広汎性発達障害は「対人関係がうまくいかず、物事を全体でとらえ予想するのが困難」といった点が特徴。パーソナリティー障害は「教育や環境などによる後天的な症状」で、感情が不安定で衝動的な行動に走るという。土屋被告は周囲になじめず、相談できないまま職を転々とし、ゲームにはまり借金を重ねたとしている。
検察側から「広汎性発達障害を持つ人が、必ず刑事事件を起こすか」と問われると、「それはありません」と答えた。
土屋被告は検察側の被告人質問に対し、「覚えていません」などといった曖昧な答弁をくり返した。そのため、取り調べの録音・録画記録を証拠として採用するよう裁判所に求め、これは認められた。
そして7日の公判において、取り調べの様子が約70分間再生され、公判とは違って「通常の応答」をする土屋被告の姿が映し出された。
この日、被害者参加制度を利用した遺族が意見陳述を行った。
最初の事件の被害者・小島由枝さんの長女は、「まじめな母が、なぜ残虐に殺されなければいけなかったのか。身勝手な犯行で、極刑を望む」と語った。
川浦夫婦の長男は、「家族の大切な多くのものを奪ったことや、私たちの苦しみを深く考えてほしい」と述べた。重傷を負った妻・二美江さんは「自分が夫を呼んだことで、(土屋被告が)気付いて刺したと思うと、罪悪感がある。重い罪を犯した者は、重い罰を受けるのは当然」と訴えた。
求刑は死刑
11日の論告で検察側は、死刑を求刑。その理由について以下のように説明した。
- 被害者を何度も殴打し、包丁で刺すなどした犯行の残虐性
- 強固な殺意や、(見つかった場合には)殺害を想定していたことは明らか
- 「パーソナリティー障害」や「広汎性発達障害」は、殺害とは関係ない
最終弁論で弁護側は、被害者への攻撃行為は「障害の影響」と主張。そして土屋被告は元々、凶悪な犯罪傾向を持っておらず、自身の障害をすでに把握した今、「更生の可能性が残されている」と無期懲役を求めた。
裁判長から「何か言いたいことはありますか」と問われた土屋被告は、突然ふらふらと立ち上がり、「すいませんでした」と遺族らに向かって約10秒間、頭を下げて謝罪した。
第一審判決は死刑
判決で裁判長は、「障害は不遇な成育歴等の影響で同情を禁じ得ないが、犯行に影響はしていない。パーソナリティー障害は性格の偏りであって、土屋被告に対する非難を大きく低下させるとはいえない」と指摘し、弁護側の主張を退けた。
そして動機について「仕事を辞め、借金返済に窮して大金を得ようとした」と指摘。争点となった計画性については、取り調べ時の録画映像によって供述調書の信用性が十分と判断。残虐な殺害方法から「強固な殺意」を認定したうえで、「自分よりもはるかに小柄で非力な高齢者に対する一方的な凶行で、卑劣かつ冷酷」と非難した。
さらに「稚拙だが計画的で、強固な殺意に基づく執拗で残虐な殺害方法」と厳しく非難。土屋被告が150万円を贖罪寄付したことや、更生の可能性がわずかに残されている点を考慮しても「死刑をもって臨むことがやむを得ない」と結論付けた。
裁判長は判決の言い渡し後、土屋被告に向かって、「悩みに悩んでこの選択をしました」と述べた。
控訴審・上告審ともに棄却
上訴審は、検察側・弁護側ともに特に新たな展開もなく、一審同様の主張をくり返した。
2018年2月14日、東京高裁で弁護側の控訴が棄却された。
裁判長は、「被害者を殺害する意思で、攻撃を加えたことは明らか」と判断し、計画性がないという弁護側の主張を退けた。
そして2020年9月8日に最高裁は上告を棄却、土屋被告の死刑が確定する。
裁判長は、「土屋被告は職場に適応できずに仕事を辞め、課金ゲームで借金を作り、強盗を決意した」と指摘。
生活苦に陥ったのは不遇な成育歴によって形成されたパーソナリティー障害の影響と認定したが、「殺害を実行したのは被告自身の意思によるもので、障害の特性ではない」とした。
そして、1件目の事件からわずか1カ月後に再び強盗殺人におよんだ点を重視し、「人命軽視の態度は強い非難を免れない」と述べた。
土屋和也死刑囚は現在、東京拘置所に収監中である。