逗子ストーカー殺人事件
2012年11月6日、神奈川県逗子市でストーカー殺人事件が発生。犯人の小堤英統(当時40歳)は、元交際女性に対し、度重なる悪質ストーカー行為の果てに女性を殺害、そして自身も自殺した。
この事件では、ストーカー被害が把握されていたにも関わらず、事件を防止できなかったことや、警察や行政による「被害者の個人情報漏洩」が問題視された。
また、この事件を受けて「ストーカー規制法の不備」が指摘され、同法の改正につながった。
事件データ
犯人 | 小堤英統(当時40歳) 読み:こづつみ ひでと |
事件種別 | ストーカー殺人事件 |
犯行日 | 2012年11月6日(犯人の誕生日) |
場所 | 神奈川県逗子 |
被害者 | 女性1人(元交際相手) |
判決 | 容疑者自殺のため不起訴 |
動機 | ふられた恨み |
キーワード | Yahoo!知恵袋、探偵、個人情報の漏洩 |
事件の経緯
2004年10月、柴田梨絵さん(当時25歳)さんは、世田谷区の体育館で行われていたバトミントンのサークルに参加するようになった。そして、このサークルでコーチを務める小堤英統(当時32歳)と知り合う。
梨絵さんは福岡の大学を卒業後、東京の広告会社に就職していた。一方、小堤は都内の私立女子高の非常勤教師。専門の社会科の授業は熱心でわかりやすく、「バトミントン部の手伝いもする、生徒に慕われる人気者」だったという。
やがてふたりは交際を始めたが、梨絵さんは小堤のことを「優しくて理想の相手」と感じていた。「結婚してほしい」という小堤の言葉にも、「今は無理だけど」と言いつつも前向きな返事を返した。
だがある時期を境に、小堤は別の一面を見せるようになる。数分の遅刻で1日中不機嫌になるのも嫌だったが、それ以上に困るのは彼の本性である ”異常な嫉妬深さ” だった。仕事で男性と車に乗っただけでもヒステリックに怒る小堤の性格に、梨絵さんは次第についていけないと悩むようになった。
こうして2年ほど続いた交際だったが、2006年7月に梨絵さんから別れを切り出し2人の関係は終わった。だが別れて1週間も経つと、小堤から執拗な嫌がらせメールが届くようになった。内容は「お前だけ幸せになるのは許さない」などの恨み言だった。
8月17日、小堤は公園で酒と薬を大量に飲むという自殺未遂を起こした。その後もしつこく連絡してくることに耐え兼ねた梨絵さんは、カウンセリングに通いだし、9月には先生の意見に従って引っ越しもした。
それから約2年後の2008年7月、梨絵さんは職場の先輩と結婚、「三好」姓となった。この男性は小堤との交際の悩みを相談していた相手だった。そして、この結婚を機に神奈川県逗子市に引っ越し、梨絵さんは新事業へのチャレンジを始めた。
彼女は生活や仕事の可能性を広げるため、facebookに投稿するなどSNSを活用していた。しかし、これを見た小堤は梨絵さんが結婚したことを知ってしまう。
小堤のなかで、異常な嫉妬心が渦巻きだした。
ストーカー行為が始まった
このころ小堤は、うつ病を発症。2010年7月、彼はどこかの山岳地帯で自殺未遂を起こし、ヘリコプターで救助される騒動を起こしている。その後、小堤は精神病院に入院。仕事も辞めて自宅に引きこもる生活をしていた。小堤は大学卒業後の就職に失敗して以降、精神的に不安定だったという。
2010年12月頃、小堤からの嫌がらせメールが再び届くようになる。それは2週間で2000通という恐ろしい数だった。梨絵さんは逗子警察署・生活安全課に相談。逗子署はこの時、小堤に対して家族を通じて口頭注意を行った。これにより、小堤の嫌がらせメールは一旦止まった。
この時も小堤は自殺未遂を図って入院している。
嫌がらせメールも来なくなり、安心していた矢先のことだった。2011年4月頃から、再びメールが届くようになったのだ。しかも内容は、嫌がらせを超えて ”脅し” だった。「刺し殺す」などの脅迫メールが、1日に80~100通も送りつけられるようになったのだ。
梨絵さんは再び逗子署に相談、緊急通報装置が自宅に取りつけられた。しかし、小堤は梨絵さんの元の職場や知り合いなど、知り得る限りの住所に架空の出前注文を大量にする嫌がらせもするようになった。
小堤、脅迫容疑で逮捕
これを受けて逗子署は2011年6月、小堤を脅迫の容疑で逮捕。小堤は起訴され、2011年9月に懲役1年(執行猶予3年)の有罪判決が下されたが、その日のうちに釈放となった。そのため、念のために梨絵さんの家に防犯カメラが設置された。
しかし、この逮捕劇で警察は致命的な失敗を犯していた。警察は逮捕や取り調べの際、梨絵さんの現在の苗字や住所の一部「逗子市小坪6丁目」を2度も読み上げてしまったのだ。この大きなミスにより、ストーカー加害者に一番知られてはいけない被害者の住所の大半を教えてしまうこととなった。
小堤は、読み上げられた住所を覚えてしまっていた。番地がなくても、梨絵さんの正確な住所を知るための大きな手がかりとなったのはいうまでもなかった。
恐ろしい執念深さ
有罪判決を受けたことが効いたのか、メールは来なくなった。2012年3月9日、逗子署が梨絵さんに状況確認をした際には、「メールは来ていないので大丈夫」と答えている。警察は「嫌がらせは収まった」と判断して捜査を終了、緊急連絡装置と防犯カメラを取り外した。
ても、小堤はあきらめたわけではなかった。彼はインターネットのYahoo!知恵袋などを使って、執拗に梨絵さんの情報を調査し続けていたのだ。
そして、再び大量の嫌がらせメールが届き出す。3月下旬からのわずか17日間に、小堤は「精神的慰謝料を払え、婚約不履行だ」という内容の嫌がらせメールを計1089通も送りつけている。
しかし、当時の「ストーカー規制法」には電子メールに関する規定がなかったため、警察は動けなかった。また、嫌がらせメールの内容は「婚約不履行」や「慰謝料を支払え」というもので、脅迫に該当するかどうかは微妙だったのだ。
小堤は、過去に逮捕された失敗の経験から、警察に捜査されないやり方を見つけていたのだ。そのため、警察が逮捕などに動く事はなかった。ただ、逗子署は度重なる梨絵さんからの相談を受け、自宅周辺を約半年の間に計146回パトロールし、近所の防犯カメラを増やすなどして警戒を強めていた。
小堤は釈放されたとはいえ、再犯の恐れがあるとして保護観察所から特別遵守事項が課せられていた。その内容は「被害者には一切接触しないこと」というもので、接触には訪問や電話、メールも含まれた。これに違反した場合、執行猶予が取り消される可能性があるというものだが、警察はこのことを把握していなかった。
ついに起こった殺人事件
小堤はYahoo!知恵袋でアドバイスされた方法を試そうと考えた。それは「探偵事務所を使って、梨絵さんの居場所を突き止める」というものだった。
2012年11月5日、小堤は千葉県にある探偵事務所を訪ね、梨絵さんの住所の調査を依頼。探偵は違法な手段で市役所から梨絵さんの個人情報を入手した。こうして小堤は、梨絵さんの正確な住所を手に入れることに成功する。(この探偵はのちに逮捕され、有罪となっている)
事件はその翌日、11月6日に起こった。この日は小堤の40歳の誕生日であった。
住所を手に入れた小堤は梨絵さん宅を訪れ、無施錠の1階窓から侵入。自宅にいた梨絵さんを刺殺した。遺体には切り傷や刺し傷が複数あり、死因は首を刺された事による失血死、死亡推定時刻は午後2時頃だった。
事件直前の付近のコンビニエンスストアの防犯カメラに、「段ボール箱を持って買い物をする小堤」が映っている。梨絵さん宅の玄関にその段ボール箱が放置されていたことから、小堤は宅配業者を装って家に近づいたものと思われた。
殺害後、小堤は2階の手すりに紐をくくりつけて首を吊って自殺した。午後3時10分頃、通行人が死んでいる小堤を発見し、事件が発覚した。
2012年12月28日、事件は容疑者死亡として不起訴処分となった。
犯人・小堤英統の生い立ち
小堤英統は1973年11月6日生まれ、事件当時は東京都世田谷区等々力に母親と住んでいた。
2004年10月、コーチを務めていたバトミントン教室で梨絵さんと知り合い交際を開始。当時は都内の私立女子高で社会科の非常勤教師をしていた。職場では評判も良く人気もあった。
結婚の話もするなど順調に見えた2人だったが、小堤のヒステリックで嫉妬深い性格に梨絵さんは悩まされるようになる。やがて梨絵さんの気持ちは離れ、彼女のほうから別れを切り出したことで2年間の交際は終わった。小堤は振られたことでうつ病を発症し、自殺未遂をしたあと精神病院に入院している。
小堤は大学卒業後の就職に失敗して以降、精神的に不安定になっていた。
その後、梨絵さんの結婚を知った小堤は「お前だけ幸せになるのは許さない」と執拗なストーカー行為を始めた。2011年9月、メールで脅迫を繰り返した小堤は、逮捕され有罪判決(懲役1年、執行猶予3年)を受ける。
このころから小堤は梨絵さん殺害の準備を始めていた。複数アカウントを使いYahoo!知恵袋で情報を集め、最後は探偵を雇って梨絵さんの住所を手に入れた。そして2012年11月6日、梨絵さんを殺害。その後、自分も首吊り自殺した。小堤は、この日が自身の40歳の誕生日だった。
2012年12月28日、容疑者死亡のため小堤は不起訴処分となった。
指摘された警察・行政の問題点
警察のミス
逗子警察署は、大きなミスを犯していた。それは小堤の逮捕の手順の中で、梨絵さんの改姓後の名前と住所の一部を読み上げてしまったこと。法律で要求されるのは ”逮捕状を示す” ことだけで、読み上げる必要はない。だが逗子署はストーカーに1番教えてはいけない情報を小堤に与えてしまったのだ。
逗子署は、取り調べにおいても同じミスをくり返していた。
これにより、小堤は梨絵さんの居場所を突き止めやすくなった。この大ヒントが得られなければ、この事件は防げた可能性が高い。ちなみに警察が読み上げた住所は「逗子市小坪6丁目」。ここまで絞ることができれば、かなり探す手がかりになったことは間違いなかった。
また、逗子署は保護観察所から小堤に課せられていた特別遵守事項を把握していなかった。これは、「訪問・電話・メールなど、いかなる方法でも被害者に接触してはいけない」という内容。これを知っていれば、釈放後に出した嫌がらせメールを理由に執行猶予が取り消され、小堤を刑務所に送り込めた可能性が高かった。
市役所のミス
警察で得た梨絵さんの個人情報をもとに、小堤は探偵事務所に調査を依頼。この探偵事務所はさらに下請けに流したが、この下請けが違法な手口で梨絵さんの居場所を突き止めた。
この下請けの探偵は事件の前日 、梨絵さんの夫になりすまし、逗子市役所納税課の職員から電話で梨絵さんの住所を聞き出している。職員は「開示不可扱い」の梨絵さんの個人情報を探偵に教えたのだ。
梨絵さんの夫は逗子市を相手に訴訟を起こし、横浜地裁は逗子市側の過失を認定して110万円の支払いを命じる判決を言い渡した。さらに違法に個人情報を入手した探偵には、懲役2年6か月(執行猶予5年)の判決が下った。
ストーカー規制法が改正された
本事件を受けてストーカー規制法の改正案が2013年6月26日に衆議院で可決、成立した。主な改正点は以下のとおりである。
- 「電子メールの連続送信」を、つきまとい行為に追加
- 被害者の住所地だけでなく、加害者の住所地などの警察も警告や禁止命令を出せるようにする
- 警察が警告を出したら被害者に知らせ、警告しない場合は理由を書面で通知す
本事件で、被害者は異常な数の「脅迫・嫌がらせメール」を受けたが、改正前の規制法では取り締まることができなかった。この改正では「電子メールの連続送信」がつきまとい行為と認められるようになった。
*ストーカー規制法は時代の変化に対応すべく、2016年、2021年にも改正されている。
コメント
小堤だけに小包を届けに行くとは最後のギャグのつもりでしょうか