「柏市連続通り魔殺傷事件」の概要
2014年3月3日、千葉県柏市で通り魔事件が発生した。犯人の竹井聖寿(当時24歳)は、会社員男性をナイフで殺害し、別の男性らにも負傷を負わせたり、車を奪うなどした。事件翌日にはテレビのインタビューに無関係を装って応え、逮捕時には「ヤフーチャット万歳!」と叫んだり、報道陣のカメラに中指を立ててみせるなど、その奇行ぶりが話題となった。
裁判で無期懲役が言い渡されると、「これでまた殺人ができる。悔しかったら死刑にしてみろ」と言い放つなど、反省している様子は微塵も感じられなかった。
事件データ
犯人 | 竹井聖寿(当時24歳) 読み:たけい せいじゅ |
犯行種別 | 通り魔殺人事件 |
犯行日 | 2014年3月3日 |
犯行場所 | 千葉県柏市 |
被害者数 | 1人死亡、1人負傷 |
判決 | 無期懲役 |
動機 | 強盗目的 |
キーワード | 「ヤフーチャット万歳!」 「これでまた殺人ができる」 |
事件の経緯
2014年3月3日午後11時34分頃、千葉県柏市あけぼの5丁目の市道で、帰宅途中の女性Aがある男に声をかけられた。この男は無職の竹井聖寿(当時24歳)で、女性に「すいません、ちょっと」と話しかけるも、黒い上着に帽子、サングラスとマスクを着用した竹井を不審に感じた女性は、駆け足でその場から離れた。
この判断により、女性は被害を免れた。実は竹井が声をかけたのは生活費や遊興費のための強盗目的だった。そしてもうひとつ、”奪った金で拳銃を買い、ハイジャックをしてスカイツリーに突っ込む” という荒唐無稽なテロも計画していた。竹井はこれまでの不遇な生い立ちに不満があり、その理不尽さを社会に訴えようと考えていた。
女性に逃げられた2分後、竹井は自転車で通りかかった男性B(当時25歳)にナイフを突き付けて脅した。男性Bは「何ですか?お金ですか?」と聞くと同時に左手でナイフを払いのけ、その際に軽傷を負ったものの難を逃れることができた。
31歳会社員が犠牲に
続けざまに2人に逃げられた竹井は、間髪入れず次のターゲットを探した。そこへ、歩いて帰る途中の会社員の池間博也さん(当時31歳)がこちらに近づいてきた。竹井が立っている場所は、池間さんの住むアパートのすぐそば。そして驚いたことに、竹井も同じアパートの住人だった。
竹井は池間さんにナイフで襲い掛かった。突然のことで抵抗もできない池間さんの首をナイフで刺し、うつぶせに倒れた池間さんの背中を「ハハハ」と高笑いをしながら、さらに何度も刺した。池間さんのまわりには、みるみる血だまりが広がっていった。
竹井の凶行はまだ続く。午後11時40分頃、現場近くに停車中の車に乗っていた男性C(当時44歳)にナイフを突き付け、「もう人を殺している。金を出せ」と脅迫して3500円入りの財布を奪った。さらに車も奪おうとしたが、これは失敗。そこに車で通りかかった別の男性D(当時47歳)が、倒れている池間さんを救助しようと車を降りたところ、竹井がその隙に車に乗り込み逃亡した。
最初に女性Aに声をかけてから車を盗んで逃げるまで、事件に要した時間はわずか10分だった。
車を乗り捨て自宅に
竹井は約1.5km北東の柏市内のコンビニで盗んだ車を乗り捨て、その後ラブホテルに1泊した。
この時の様子は、コンビニの防犯カメラ映像に残されていた。竹井はコンビニ駐車場に3月4日午前0時頃に車で現れ、数分間留まったあと車を捨てて立ち去っていた。車は午前3時頃、千葉県警がコンビニ駐車場でエンジンがかかった状態で発見した。
翌朝、竹井は血の付いた衣類やナイフをラブホテルの枕カバーに入れて隠し、これを持ってタクシーで自宅に戻った。
被害者の池間さんは、首や背中の複数個所を刺されており、病院で死亡が確認された。司法解剖の結果、池間さんの死因は出血性ショックで、抵抗した形跡はなくほぼ即死だったという。
テレビのインタビューに応えた竹井
事件翌日(3月4日)、竹井は事件に関するテレビのインタビューに無関係の近隣住民を装って応えている。
午後8時頃のインタビューでは「救急車の音がすごかったが、外を確認せずに寝てしまった。朝になってニュースで見て、近くで事件があったことを知った」と答え、事件を目撃していないと名言していた。この時、テレビに顔を映さないよう要望した。
しかし、午後9時過ぎに再び話を聞くと、「男の人がもみ合っていた」「牛刀のような刃物が見えた」「ハハハと高笑いする声が聞こえた」など、事件についての詳細を語り出した。「犯人が車で逃げたあと、やじ馬が集まって来た」と事件の一部始終を話すと、さらに「犯行をスマホで録画したものを警察に提出した」と明かしたが、当然ながらその事実はなかった。
竹井は報道陣に訊かれたことに次々と答えていたが、その内容は二転三転する場面もあった。そして最後に「(犯人が)このアパートの住人だったら、自分も住んでいるので怖い」と心配してみせた。竹井は4階、被害者の池間さんは1階の住人だったが、池間さんと面識はなかった。
あるアパートの住人は、竹井に分別せずゴミを捨てることを注意したら怒鳴られたので、以後かかわらないようにしていたという。
あっけなく逮捕
千葉県警柏署は、盗難車がみつかったコンビニの防犯カメラ映像などから、竹井を容疑者として特定していた。そして事件2日後となる3月5日午前7時25分頃、竹井の部屋を訪れ、池間さん殺害容疑で任意同行を求めた。その際、竹井は「チェックメイト」と呟いたという。
同日午後5時50分頃、柏署捜査本部は竹井を立ち合わせて自宅を家宅捜査し、凶器とみられる刃物を押収。夜になって柏署は殺人容疑で竹井を逮捕した。連行される際、竹井は「ヤフーチャット万歳!」などと報道陣に向かって叫んだ。さらに親指を地面に向けたり、中指を立てたりする仕草も見せた。
かつてYahoo! JAPANが運営していたチャットサイト。2007年4月3日、Yahoo!メッセンジャーへ機能を統合したが、これも2014年3月26日にサービスを終了した。
逮捕時の捜索では、竹井の自宅から大麻0.197gが発見され、大麻取締法違反でも起訴されている。4月11日、千葉地方検察庁は竹井の精神鑑定留置を千葉地方裁判所に請求して認められた。
竹井聖寿の生い立ち
竹井聖寿は千葉県流山市の出身。祖父母と両親、それに兄と妹の7人家族だった。
竹井は子供の頃から周囲に異常性を発揮していて、当時の同級生は竹井がその頃からスタンガンやナイフを持ち歩いていたことを話した。ある時、いきなり竹井が同級生の家に上がってきてみんなにスタンガンを見せつけたことがあり、「ヤバい、逃げろ」と大騒ぎになったという。
ほかにも腹を立ててコンパスで同級生の腹を刺したり、学校で飼っていたウサギを絞め殺すなどしたことが原因で、何度か転校を余儀なくされた。
中学生になると、竹井はスタンガンを学校に持参して「これを使って通り魔をやって金を作ろう」と友人を誘うなど、悪さに磨きがかかっていった。
2度の少年院送り
14歳で「Yahoo!チャット」を始めるが、友人とケンカになり、友人とその弟をバタフライナイフで刺して少年院送りになった。その後、仮退院で保護観察中となった18歳の時、知的障害を持つチャット仲間に対し「2ちゃんねる上で殺人予告をさせた」として再び少年院に入れられた。
2009年頃に少年院で同室だった人物は、竹井について「普段は大人しく、どちらかといえばイジメられるタイプ。でも、キレると何をしでかすかわからないので、みんなから厄介者扱いされていた」と話す。何かの拍子でいきなりキレると、所構わず大暴れしたそうである。問題児だらけの少年院の中でも、ひときわ危険人物として扱われていた。
少年院での竹井のあだ名は “レッドマン”。普段は色白だが、キレると顔を真っ赤にして怒るからだという。
2度目の少年院は20歳の時に仮退院となった。その後、事件の1年ほど前に千葉県柏市のアパートに住むようになり、そのアパート前で本殺人事件を起こした。
事件当時の竹井は無職で、生活保護を受給していた。事件の半月ほど前には、親しくしていたチャット仲間に嘘の儲け話を持ちかけ、65万円を騙し取っている。この金は両腕の刺青代などに次々と使い果たし、さらに2月末に生活保護費11万円が支給されるも、事件当時には所持金が1万数千円になっていた。
外部交流はチャットのみ
竹井は毎朝必ず決まった時間に近くのコンビニを訪れ、弁当とスナック菓子、タバコ、ワインを購入していた。これらを買って帰ると「JoAKU 除悪」というハンドルネームを使い、複数人で同時に会話ができる ”チャット” をするのが日課だった。
チャット仲間によると、「とにかく自己主張の激しさは並じゃない感じがした」「基本的に居場所がなくて、ものすごくコンプレックスが強い」「省かれることに対して敏感だった。(チャットに)入れてくれとか、無視しないでくれとか」など、ここでも浮いた存在だった。
チャットではさまざまな異常性をみせていたという。
- ペットショップで買ったハムスターを、ライター用のオイルで焼いた映像を公開していた
- 「神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗に憧れている」、「附属池田小事件の宅間守元死刑囚を尊敬している」と話していた
- 「覚醒剤をやっている」といって注射器をネット上で見せていた
- 隣人のドアの鍵穴に接着剤をつめ何人もの人を引越しさせようとした
竹井は犯行の30分後、チャット仲間の女性に「明日でいいから会おう」と誘っていたが、女性が翌日指定場所に行くと、竹井から連絡があり「『遊べなくなった』とキョドったように言っていた」という。
(※ キョドった = 挙動不審)
竹井は事件当時、「ニコニコ生放送」をやっていて、自身のプロフィール欄に、「学生時代はいじめたり、いじめられたり、家族の暴力・学校の先生の体罰など、理不尽な環境の中で生きてきました」と、事件の動機を思わせる内容を記述をしていた。
近所の公園で猫殺し
竹井は2013年12月頃から、千葉県柏市の河川敷にある公園で、野良猫を次々と殺していた。公園で猫の餌づけを続けている男性(当時73歳)によると、竹井が2013年10月頃に公園にやってきて「おじさん、猫かわいいね」などと声をかけてきたという。
その後、12月頃に1匹の猫が殺され、さらに2014年1月下旬までに計5匹が次々に殺された。男性が犯人を捕まえようと深夜の公園で監視を始めると、懐中電灯を持った竹井が現れ、声をかけると逃げたという。
猫の殺害現場を見たわけではないが、深夜の公園で竹井を見たのは1度ではなかった。男性が竹井を猫殺しと疑っていたところ、柏市連続通り魔殺人事件が発生。犯人が竹井であることをテレビで知って、猫殺しの犯人だと確信したという。公園は竹井のアパートから約1kmの距離だった。
裁判
2014年7月17日、千葉地方検察庁は刑事責任能力が問えるとして、竹井聖寿被告を強盗殺人容疑で起訴した。
2015年5月27日、千葉地裁で初公判が開かれ、竹井被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。そのため、竹井被告に精神疾患があったかどうかの判断が争点になった
6月3日の第5回公判で、竹井被告は「ハイジャックをしてスカイツリーに突っ込むテロを実現させるため、けん銃を買おうと思った。その金が欲しかった」と逮捕直後と同じ内容の供述を繰り返した。テロを計画した理由については「自分がこれまでに受けたいじめや親からの暴力、差別などの理不尽さを社会に訴えたかった」と述べた。
被害者や遺族に対しては、「誠実な人たちなら心から謝りたい」とした上で、「いじめをするような人だったら謝罪できない」とも話した。また、第4回公判(5月2日)の開廷前に、歌を歌うなど挑発的な言動を繰り返した理由を問われると、「死刑になりたくてわざとやった」と述べた。
精神科医2人の見解
6月4日の第6回公判で、竹井被告を診察した精神科の男性医師2人が出廷。2人は「事件当時、判断能力が減退していた」という点で一致したが、精神疾患の有無などで意見が分かれた。
検察側証人の医師は、事件後に竹井被告の精神鑑定を実施。「事件当時、判断能力は減退していたが、飲酒などによるもの。著しく低下していたわけではない」と証言し、犯行の動機を「生活に困った末の金銭目的」と指摘した。
医師は、竹井被告が以前から動物虐待や暴力行為を繰り返していたとして「人格障害によるもの。同障害は病気ではなく、性格の種類のひとつ。反社会的で犯罪を肯定する傾向がある」と言及。「犯罪を楽しむ竹井被告本来の性格が、飲酒などによって際立った」とした。
弁護側証人の医師は「判断能力の低下には、少なからず統合失調症の影響があった」と述べた。医師は事件直前までの約1年間、柏市内の精神科クリニックで竹井被告を診察。「竹井被告は人間関係が苦手でチャットに依存し、スカイツリーに突っ込むという荒唐無稽な話を信じこんでいた」と指摘。そのうえで、「引きこもったり、荒唐無稽な妄想を抱いたりするなど、統合失調症の多くの症状に当てはまる」と証言した。
「これでまた殺人ができる」
6月5日の論告求刑で、検察側は竹井被告に対し「金銭目的の犯行」と指摘した上で、「再犯の可能性も高い」として無期懲役を求刑した。弁護側は最終弁論で「犯行は統合失調症の影響によるものだ」と主張した。
竹井被告は最終意見陳述で「社会に出たらまた殺人を犯す。死刑にしてほしい」と主張。「遺族にも被害者にも謝らない」と言い放ち、退廷していった。
6月12日の判決公判では、竹井被告は両腕の入れ墨を誇示するように白いタンクトップ姿で入廷した。そして、裁判長が判決を読み上げる間も、両手を頭の後ろで組んで尾崎豊の「卒業」を歌い続けた。
そんな竹井被告に、千葉地裁は求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。裁判長は「強固な殺意が認められる。動機は生活費を得るためで、身勝手極まりない。厳しい処罰が求められる」と指弾した。すると、竹井被告は拍手して、さらに検察官に中指を立てると、「これでまた殺人ができる。悔しかったら死刑にしてみろ」と叫び、刑務官に退廷させられた。
竹井被告は公判中も、「死刑にしろ」「(有期刑で)出てきたらまた殺してやる」などと口走るなど、反省している様子は微塵もなかった。
竹井被告側は判決を不服として、6月12日付けで東京高裁に控訴した。
無期懲役が確定
2016年2月26日、東京高等裁判所で控訴審が開かれ、弁護側は「間違って処方された抗うつ剤の副作用で攻撃性が高まっていた。本人の意思ではない」と主張。検察側は控訴棄却を求め結審した。
3月30日、東京高等裁判所は「強盗目的を果たすために合理的な判断をしている。完全責任能力はあった」と述べ千葉地方裁判所の一審判決を支持し控訴を棄却した。
2016年10月11日、最高裁は竹井被告側の上告を棄却し、一審・二審の無期懲役の判決が確定した。