「三春ひき逃げ殺人事件」の概要
2020年5月31日、清掃ボランティアをする男女2人をトラックでひき逃げする事件が発生した。現場を立ち去ったトラックは間もなく発見され、警察は運転席にいた盛藤吉高(当時50)を逮捕した。
単なるひき逃げと思われたこの事件は、盛藤の供述により ”殺人事件” であることが判明する。盛藤は2日前に刑務所を出たばかりで、今後の生活に不安を覚えたあげく「刑務所に戻りたい」と故意に事件を起こしたのだった。
事件データ
犯人 | 盛藤吉高(当時50歳) |
犯行種別 | 殺人事件 |
犯行日 | 2020年5月31日 |
犯行場所 | 福島県田村郡三春町 国道288号 |
被害者数 | 2人死亡 |
二審判決 | 無期懲役(一審死刑から減刑) |
動機 | 刑務所に戻りたかった |
キーワード | ひき逃げ |
事件の経緯
2020年5月31日午前7時55分頃、福島県三春町の国道288号で、ボランティアで清掃活動中だった男女がトラックにひき逃げされ、死亡するという事件が起こった。現場は、ほぼ直線の片道一車線だった。亡くなったのは、会社員の橋下茂さん(55)と同じく会社員の三瓶美保さん(52)だった。
この日、地元の清掃活動「桜川をきれいにする会」のメンバー約40人は、午前7時頃から草刈りやゴミ拾いをしていた。2人は町内会の班長になったのを機に初めて清掃活動に参加していた。2人は、ゴミ拾いをしながら路肩を一列で歩いていたところを、車体をガードレールに擦りながら加速してくる準中型トラックにはねられ、搬送された病院で死亡が確認された。
現場にはブレーキ痕もなく、目撃者によると「トラックはむしろ加速してきた」という。2人をはねたトラックは、一度は停止したがすぐに走り去った。
のちの捜査では時速60~70kmに加速させたことが判明している
通報を受けた田村署はただちに緊急配備を敷き、トラックの行方を追った。すると同日午前中、現場から南に約15km離れた須賀川市内で、車体前部が破損したトラックが路肩に停まっているのを発見。
警察は、運転席にいた盛藤(もりとう)吉高(当時50)を、道路交通法違反(ひき逃げ)、中型免許を持っていなかったことから自動車運転死傷行為処罰法違反(無免許過失運転致死)の容疑で緊急逮捕した。
ただのひき逃げではなかった
盛藤は当初、逃げた理由を「怖くなって逃げた」と供述していた。そのため、警察は通常のひき逃げ事件として処理し、翌日には福島地検に送検していた。
ひき逃げ(死亡の場合)は10年以下の懲役又は100万円以下の罰金、無免許過失運転致死は6月以上20年以下の懲役である。重くても20年以下の懲役刑。
しかし、盛藤が事件の2日前に刑務所を出所したばかりで、「出所後の生活に不安があり、刑務所に戻った方がマシだと思った」「(ひき逃げの対象は)誰でもよかった」などと話し始めたことから、警察は捜査に交通部だけでなく、殺人事件を担当する刑事部も投入することとなった。
盛藤が刑務所を出たのは、事件2日前の5月29日。そのまま郡山市の知人宅に滞在し、知人の経営する会社で働くはずだった。しかし、5月31日朝に知人のトラックを盗み、およそ5km離れた現場で国道を歩く2人をひき殺した。はじめに2人を発見した時、盛藤はいったんは通り過ぎたが、Uターンして2人を襲った。
盛藤は「包丁よりも、車を使えば簡単に殺せる」とも供述したことから、6月19日、当初の無免許過失致死での立件は処分保留となった。そして、盛藤をトラックの窃盗容疑で再逮捕したのち、殺意を立証する証拠を集め、6月30日に殺人罪で起訴した。
盛藤吉高について
盛藤吉高(当時50歳)は、事件を起こす2日前まで別の事件で刑務所に入っていた。出所後、知人の会社で働くことになっていたが、今後の生活への不安から「刑務所に戻りたい」と考え、本事件を起こした。
そんな盛藤に関する生い立ちなどの情報は出回ってないが、本人を知る近隣住民の証言がいくつかある。
- 盛藤の父親は実直な人で、後を継いだ兄も地域の活動に熱心で立派な人
- 以前会った時は、「塗装の仕事をしている」と言っていた
- 昔は結婚していたが、カッとなるところがあって妻が出て行った
- 逃げた妻の友人に居場所を聞き出そうと車に連れ込み、監禁で逮捕された
- (あくまで噂だが)パチンコ屋で球が出ないと暴れて、警察の厄介になった
裁判
2021年6月7日、盛藤吉高被告の裁判が福島地裁で始まった。争点は「殺意の程度」で、検察側が明確な殺意を主張する一方、弁護側は「死ぬかもしれない」という未必の故意にとどまると訴えた。
公判2日目の6月8日は、被告人質問が行われた。検察側が「初公判で積極的に殺害するつもりはなかったと述べたが、捜査段階で録音録画が行われている中、『殺すつもりで加速させた。確実に死ぬと思った』と供述したことは覚えているか」と尋ねると、盛藤被告は「言ったかもしれませんが、殺害したかったから加速させたわけではありません」などと述べた。
さらに「刑務所に戻りたかったのはなぜか」と尋ねると、「社会で生活していく自信がなかった。刑務所では衣食住が保証されているから」と答えた。
また、弁護側が「今でも刑務所に長くいたいと思っているか」と尋ねると、盛藤被告は「今はなるべく早く刑務所を出たいと思っています」と答えた。その後、検察側から「2人を殺害した罪に対し、短い刑でいいと思っているのか」と問われると、「だめだと思います」と述べた。
2021年6月24日の一審判決で、福島地裁は求刑通り死刑を言い渡した。
裁判長は、盛藤被告が2人をはねる直前にアクセルを踏んで時速60~70kmに加速させ、トラックの前部が確実に当たるようハンドルを操作していたことなどから、殺意があったと認定。「人が死ぬ可能性が高いと認識しながら実行した点に、人命軽視の度合いの強さが表れている」と述べた。
そして「長く刑務所に入っていたいとの動機は極めて身勝手。人命軽視が甚だしく、死刑はやむを得ない」と指摘した。弁護側は控訴する方針を示した。
二審は無期懲役
控訴審は2021年11月に始まった。
被告人質問で盛藤被告は殺意を否定し、「被害者の方はトラックを避けることもできたのではないか」と述べ、世間をあきれさせた。 弁護人も「盛藤被告に積極的な殺意はなかった」として、傷害致死罪の適用を求め、量刑の不当を主張した。
一方、検察側は盛藤被告はトラックを時速60kmから70kmの速さでガードレールに寄せて運転し、被害者に衝突させたことから「明確な殺意」があったと指摘し、控訴棄却を求めていた。
2023年2月16日、仙台高裁は一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。
裁判員裁判で言い渡された死刑判決が、2審で取り消されたのはこの事件で8件目。東北地方では初めてだった。
裁判長は、「殺意を認定した一審の判断に、不合理な点はない」と指摘。そのうえで、「他人の生命を侵害すること自体から利益を得ようとしたわけではなく、犯行に場当たり的で稚拙な面もあり、過去の裁判例との公平性の観点を踏まえても、極刑がやむを得ないとまではいえない」と判決理由を述べた。
「(仙台高裁は)殺意がなかったとまでは言わない一方で、強固な殺意に基づいた計画的な犯行とは言えないと判断されたことが大きかったと思う。多くの人が想像するような、無差別殺人の多数の人を街頭で切りつけるような事案と今回トラックで2人の方をはねて死なせてしまう対応は悪質さという観点で異なるという判断をしたのだと理解している」