「堺・父弟殺害事件」の概要
練炭自殺した男性は、実は実姉に殺されていた…。そんな事件が2018年の大阪府堺市で発生した。
男性の妻が警察に訴えたことがきっかけで、自殺が偽装であることが判明。さらに、父親が低血糖で2ヶ月前に意識不明になった件も、インスリンの過剰投与である疑惑が噴出した。こうして逮捕されたのは、2人の家族である足立朱美(当時44歳)だった。逮捕の8日後には、意識不明の父親も死亡した。
実の父親と弟を殺害した朱美は、一貫して無実を主張した。はっきりした動機も不明のなか、裁判では無期懲役の判決。死刑を求刑していた検察側は、これを不服として控訴している。
事件データ
犯人 | 足立朱美(当時44歳) |
犯行種別 | 連続殺人事件 |
犯行日 | 2018年1月下旬、3月27日 |
犯行場所 | 大阪府堺市中区 |
被害者数 | 2人死亡 |
判決 | 無期懲役 *検察側、控訴中 |
動機 | 不明 |
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事件の経緯
2018年1月20日、大阪・堺市の水道工事会社「大一水道」元社長の足立富夫さん(当時67)が低血糖状態で倒れ、救急搬送された。富夫さんは糖尿病を患っており、インスリン治療を続けている状態だった。
富夫さんはステージ4の大腸癌も患っており、大腸癌の切除手術を受けていたが、肺や肝臓への転移が見つかり放射線治療を受けていた。
富夫さんが創業した「大一水道」は、長女の足立朱美(当時44)が跡を継いでいた。富夫さんには長男・足立聖光さん(当時40)もいたが、別の建築会社を設立して順調に経営していたため、2015年頃に姉の朱美が継承したのだ。この跡継ぎ問題を巡っては、姉弟間でトラブルになっていたという。「大一水道」は朱美が経営するようになると、売上高は2年間で半減していた。
入院した富夫さんは、数日後に回復したため1月25日に退院となった。しかしその翌日、富夫さんは再び低血糖状態となり病院に運ばれた。それからは意識不明の状態が続いていた。
搬送時の富夫さんの血糖値は20mg/dL。正常値は70-110mg/dLで、70mg/dL 以下になると低血糖症状が現れる。30mg/dL 以下は死に至ることがあるほどの危険値で、富夫さんはまさにその状態だった。
弟・聖光さんが練炭自殺?
その後の3月27日。富夫さんの長男で建築会社を経営する足立聖光さん(当時40)が、練炭による一酸化炭素中毒で倒れているのがみつかった。場所は聖光さんの実家で、1階に水道工事会社の事務所、2階が住居として使われていた。
当日、2階の住居には聖光さん、母親、姉の朱美がいた。聖光さんの妻が朱美から連絡を受けて駆けつけたところ、聖光さんが2階トイレの床に座り込んだ状態で意識を失っていた。また、聖光さんの母親は2階リビングで横たわっており、呂律が回っていなかったという。聖光さんは病院に搬送されたが、死亡が確認された。
一見すると、聖光さんは練炭自殺を図ったように見えた。”遺書” が見つかったこともあり、大阪府警は自殺と判断して司法解剖も見送っていた。
”遺書” は、聖光さんが発見された直後に朱美が聖光さんの妻に手渡したものだった。文面は「父と姉のために金策に走り回ったが、お金を借りられなかった」「自分が(父親の富夫さんに)インスリンを打った」という内容。もし、これが本当なら、”富夫さんを死に追いやったのは聖光さんで、それを苦にした自殺” という見方ができる内容だった。
姉・朱美の疑惑
だが、聖光さんの妻は異議を唱えた。妻は生前の夫に「(朱美に)気をつけろ」と言われていたのだ。
「夫はパソコンで手紙を書かない。文面や言い回しも違う」
妻からこのような度重なる要望を受けて、捜査一課は死亡の状況や遺書の不審点に気づいた。
- 現場のトイレの扉はボンド(接着剤)で目張りがされていたにもかかわらず、ボンドのチューブは別室で見つかった。また、練炭に火を付けたライターがトイレ内になかった。(両方とも、自殺であればトイレ内にあるはず)
- 府警が朱美のパソコンを解析すると、遺書と同様の文言がワードで入力された形跡があり、実家のプリンターで印刷したとみられた。
- 朱美の携帯電話には “練炭自殺” に関連する検索履歴が残っていた。
- 聖光さんの遺体を調べたところ、朱美が処方されたものと同じ睡眠薬成分が検出された。
朱美は自分に疑惑の目が向けられたことに焦ったかのように、4月末には第三者を装って ”怪文書” を近所の車のワイパーに挟み込むなどしてばら撒いた。その内容は「『聖光さんの妻』と『聖光さんの会社の番頭』がグルになって、姉(朱美)を犯人に仕立てようとしている。しかし、逆にこの2人こそ怪しい」というもの。
このほか、義妹(聖光さんの妻)の軽自動車や電動アシスト付き自転車などに塗料を吹きつけたことが、防犯カメラから明らかになった。こうした状況証拠から、2018年6月20日、府警は朱美を『弟・聖光さんを練炭自殺を装って殺害した疑い』で逮捕された。
母親は聖光さんの死亡時は在宅していたが、「朱美が作った抹茶オレを飲んだ直後に意識がもうろうとなり、気付いたら聖光が死んでいた」と話している。
父・富夫さん殺害でも逮捕
朱美の逮捕から8日後、父親の富夫さんが意識不明のまま、誤嚥性肺炎を起こして亡くなった。
富夫さんは1月下旬に低血糖状態を起こして2度も搬送されたが、両日とも前夜から朱美が実家に泊まっていた。最初の搬送時には朱美が作った甘酒を飲んでおり、さらに富夫さんのインスリンも実家から消えていた。
聖光さんは生前、朱美の関与を疑っていて、その口封じで殺されたと見る向きもあった。朱美は聖光さんのカバンにインスリンの注射器をしのばせる偽装工作をしていて、死亡した聖光さんに罪を着せようとしていた。
その後の捜査で、富夫さんの体内から朱美が処方された睡眠薬と同じ成分が検出された。府警は朱美が睡眠薬で意識を失わせ、インスリンを注射したものと考えた。また、スマホで「インスリン 多量 摂取」「低血糖放置で死ぬ?」などと何度も検索していたことも判明した。
2018年10月17日、朱美は父親の富夫さん殺害容疑でも再逮捕となった。そして、検察は父・弟殺害のいずれのケースも「朱美が殺意を持って犯行に及んだ」として起訴した。
足立朱美の生い立ち
足立朱美は1974年5月25日生まれ。小中学校時代は、クラスのマドンナ的な存在だったという。勉強も運動も優秀で、男子から人気があった。小学生時代はバレー部、中学時代は陸上部に所属していた。高校は私立女子高の羽衣学園高校(大阪府高石市)に入学し、卒業後は系列の羽衣学園短期大学の国文学科に進んだ。
朱美は、短大時代に10歳年上の郵便局員の男性と結婚している。2人の息子を儲けたものの、夫のギャンブル狂いに愛想を尽かして別離を決意。この離婚時、朱美は離婚調停を有利にして子供の親権を得るために、夫の定期入れに大麻を入れて通報するという偽装工作をして逮捕されている。
【夫の定期入れに大麻、通報「離婚有利」妻、容疑で書類送検】
夫の定期入れに大麻を隠し、警察に通報して逮捕させようとしたとして、 大阪府警泉北署は19日までに、堺市中区深井中町、自営業・児玉朱美容疑者(32)を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕した。同容疑者は団体職員の夫(42)との間に6歳と8歳の2人の息子がいるが、家庭内別居状態だった。「離婚したいが、夫が警察に逮捕されれば親権が取れると思った」と話しているという。
調べによると、児玉容疑者は8月23日午前4時ごろ、自宅で大麻約0.2グラムを所持した疑い。
(2006年9月20日付、朝日新聞)
何をやってもうまくいかず
羽衣学園短期大学卒業後は、外国産車代理店(BMW)に勤務。当時の同僚男性は、「入社してきた時、化粧のノリがよくて可愛らしい顔の子が入ってきたなと同僚と盛り上がりました。当時、結婚していたと思いますが、色気が漂っていたし、明るくて愛想のいい子でしたよ」と、やはり男性から人気があった。
その後、花屋や個室エステなどさまざまな商売を始めているが、いずれも長続きしていない。1990年代の終わり頃には、ラウンジやホストクラブも経営していたという。2015年に水道工事会社『大一水道』を父親から継承。この会社を経営しながら、2017年5月に大阪府高石市で学習塾を始め、運営を息子に任せていたが年末には廃業している。
2017年9月には堺市内にバー「One Love」を開店した。だが、最寄り駅から車で約10分という不便な立地で、近隣には畑があり住宅も密集していない場所だった。そのため客は少なく、定休日でなくても休業するような状態で、結局は閉店してしまった。
行動力だけは旺盛な朱美は、商売以外にボランティア活動も行っていたという。自身でフレンチブルドッグを6匹も飼いながら、さらに保護犬を預かって面倒を見ていた。
経営不振とガンの摘出手術
事件の2年前に交際していた男性によると、朱美は冷静でサバサバした性格だが、その半面、プライドが高く、自分を追い詰めすぎるところがあったそうである。「大一水道」の経営に悩む彼女を見て「辞めたほうがいいのでは?」と進言すると、従業員の生活を心配する発言をし、「自分には塾講師の仕事が向いていた。できるなら戻りたい」と、水道工事会社の経営にストレスを抱えている様子だったという。
この男性と交際中、朱美はステージ3~4のガンを発症して摘出手術を受けている。もともと痩せ型の朱美は手術後さらにゲッソリしてしまい、「体調が悪い」とこぼすようになった。
バー「OneLove」を始めたのが2017年9月。その約4ヶ月後の2018年1月に、朱美は2度にわたって父親の富夫さんにインスリンを過剰投与した。さらに2か月には、弟の聖光さんを練炭の一酸化中毒で殺害。弟殺害で逮捕された8日後には、意識不明だった父親も病院で死亡した。
2022年11月29日の一審判決では、大阪地裁は無期懲役を言い渡した。死刑を求刑していた検察側は、これを不服として控訴中である。
裁判
2022年8月22日、大阪地裁で足立朱美被告の裁判員裁判が始まった。朱美被告は罪状認否に「特に申し上げることはございません」と述べた以外、黙秘を続けた。
初公判の冒頭陳述で、検察側は朱美被告が「糖尿病の父を事故に見せかけて殺すためにインスリンを打った」、「その犯行を疑った弟を自殺に見せかけて殺すため、遺書や練炭を準備し、睡眠薬を飲ませたうえで練炭を燃焼させ一酸化炭素中毒により殺害した」と主張。さらに、一連の犯行を疑った聖光さんの妻らに対し、朱美被告が「中傷する文書を撒いたり、車などにスプレーを吹きかけ汚損した」と主張した。
一方の弁護側は、検察が死刑を求刑する可能性に言及したうえで「間違いないと考えられる場合でなければ有罪とすることはできない。黒か白か判断する場ではなく、黒まではいかないというときは無罪とするべきだ」と訴えた。
3つの争点
争点1:父親・富夫さんの死因について
検察側の主張:「インスリン投与による低血糖脳症で意識障害に陥ったことがガンの適切な治療を妨げ、適切な栄養摂取を困難にして衰弱させ、誤嚥性肺炎を引き起こした」
弁護側の主張:「末期がんで衰弱していたため、家族が栄養の減量を希望するなどした結果、病死した」
争点2:”富夫さん殺害犯” といえるか
検察側の主張:「朱美被告がスマホで『インスリン 多量 摂取』『低血糖放置で死ぬ?』などと何度も検索していた」「富夫さんはインスリンの投与歴が長く、本人が過って投与することはない」として、朱美被告による犯行だと主張。
弁護側の主張:「スマホでインスリンに関する検索をしていたのは、富夫さんを心配した可能性があり、殺意を示す証拠にはならない」「富夫さんが自ら投与して無自覚性低血糖に陥った可能性もある」などと反論。
争点3:聖光さん死亡をめぐる犯人性
検察側の主張:「朱美被告の名義で練炭がネット注文されていた」「朱美被告のスマホの位置情報が実家を示していた期間に、実家のパソコンで聖光さんの『遺書』が作られた痕跡がある」として、朱美被告が練炭自殺を装い、聖光さんを殺害したと主張。
弁護側の主張:「第三者が被告名義で練炭を注文した可能性がある」「朱美被告のスマホの位置情報が実家を示していない日にも、『遺書』が作られた痕跡があった」とし、朱美被告による犯行だと十分に立証できていないと主張。
検察は死刑を求刑
「富夫さん殺害」の審理では、検察側は朱美被告の母親を証人として法廷に呼んだ。夫と息子を亡くし、その殺人の罪で娘が起訴されたという現実に、母親は複雑な心境を吐露した。
血糖値測定器について尋ねた際、母親は「なぜ急に続けて低血糖になるのか疑問だった。搬送先で測定器を見ると、かなり低い20mg/dLくらいになっていた。聖光に見せると、とてもショックを受けていた。朱美が何らかの形でかかわっているのかと思った」と話した。
富夫さんの主治医や、法医学医、腫瘍内科医らも証人出廷したが、死因についての意見は分かれた。主治医と法医学医は「インスリン投与による低血糖脳症が死因」、腫瘍内科医は「がんが死因」との見解を示した。
検察側は、朱美被告が父・富夫さんの死後に富夫さんの銀行口座から預金が引き出していた事などを挙げて、「犯行動機は金銭目的の可能性が高い」と指摘。また、朱美被告が富夫さんの血糖値を測定し、下限に近付いた時点で ”取り乱すことなく” 119番通報していると主張した。
11月7日の論告で、検察側は「2度にわたって人を殺害しており、生命軽視が甚だしい」として死刑を求刑。一方、弁護側は最終弁論で、”病死の可能性” や ”被告に殺害の動機がない” ことを挙げて無罪を主張した。仮に被告の犯行だったとしても「死刑を言い渡すような執拗さや残虐さはない」と死刑の回避を求めた。
一審は無期懲役
2022年11月29日の判決公判で、大阪地裁は足立朱美被告に無期懲役を言い渡した。弁護側は無罪を主張していたが、裁判長はすべての起訴内容を認定し「一定の計画に基づいて2人の命を奪った悪質な事案で、生涯をかけて罪と向き合うべきだ」と述べた。
続けて裁判長は、「富夫さんが低血糖状態になった際、一緒にいたのは富夫さんの妻と朱美被告だけだった」と指摘。朱美被告は携帯電話で『低血糖死亡』と何度も検索していたことなどから、インスリンを投与したのは朱美被告だと判断した。また、低血糖状態になったあとも長時間放置しており、殺害の意図もあったと認めた。
聖光さんの死亡についても、事件前に『朱美宅に練炭が配送されていた』ことや、『聖光さんの遺体から朱美被告に処方された睡眠薬の成分が検出された』ことなどから、朱美被告による殺害と認定。聖光さん名義の遺書は、朱美被告が実家のパソコンで作成したもので、練炭自殺を装って殺害したとした。
死刑を回避したことについては、聖光さんの殺害は「父親殺害の罪をなすりつける目的で、生命軽視の程度は大きい」とした一方、富夫さんを殺害した動機は不明で「死刑の選択が真にやむを得ないとまでは言えない」と結論づけた。
検察側はこの判決を不服として、2022年12月12日付で控訴した。